ウクライナのIT人材流出が「安価な労働力」の前提を崩壊させる:ウクライナIT企業の「経済的存続」を懸けた戦い【中編】
ウクライナのIT企業DataArt Solutionsは「戦渦の影響で、ウクライナではIT人材の大規模な流出が起きている」と説明する。避難のためにウクライナのIT人材が諸外国に移住した後、起こり得る「労働市場の変化」は。
前編「戦渦のウクライナで事業を継続するIT企業、それぞれの『信念』」に続き、中編となる本稿は、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻が、ウクライナおよびロシアにおけるIT人材の流動性や人件費に及ぼした影響を紹介する。
常にIT人材不足に見舞われている米国企業は、質の高さと人件費の低さを理由に、ウクライナをはじめとする東欧諸国のIT人材を積極的に採用してきた。この状況はロシアのウクライナ侵攻と人道的危機、世界各国からのロシアへの経済制裁強化により、大きな変化を見せている。
ウクライナ戦渦で「安価な労働力」の前提が崩れる
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ソフトウェア開発企業DataArt Solutionsの共同創業者兼マネージングディレクターのアレクセイ・ミラー氏は「IT人材の大規模な流出が起きている」と説明する。同社は米国、英国、アルゼンチン、北欧の他、ウクライナを含む東欧諸国で事業を展開している。同社はロシアにも拠点を持っていたが、ロシアでの事業は清算した。
かつてのような働き方や価値の意味、金銭の対価として顧客が得るものが「完全に消えてなくなった」というのがミラー氏の見方だ。働く場所、支払うべきもの、生産性を高めるための働き方といった「従来の概念の大部分をITエンジニアは失ってしまった」と同氏は語る。DataArt Solutionsは全ての仕事の進め方について、大掛かりな再構築を始めているところだという。
こうした破壊的な状況の中で「顧客は今までと同じような品質、人件費、顧客との関係水準を備えたIT人材を見つけられるのだろうか」とミラー氏は疑問を呈する。ウクライナを離れたIT人材は主に女性で、モルドバ、ポーランド、ルーマニアなどに移動した。そこからさらに、スペイン、ポルトガル、ドイツなどの西欧諸国に移動している人もいる。
IT人材が移転した国が多岐にわたるようになると、「顧客は『今までと同じサービスを使うために支払う額が増える』という考え方に慣れなければならなくなる」とミラー氏は説明する。西欧に移住した人の人件費水準はいずれ上昇する。「懸命な顧客はそのことについて戦略的に考えている」と同氏は語る。
DataArt Solutionsは2022年3月時点では値上げを一切しておらず、真のコストを認識した時点で顧客と共に解決策を考えるよう務めるという。「残念ながらこの戦渦に伴う人材移転は、顧客にとって無料では済まない」(ミラー氏)
ロシアの拠点を清算したDataArt Solutionsの考え
IT人材の移転はロシアでも起きている。DataArt Solutionsは、ロシアでの事業を慎重に清算しているという。「従業員を支援し、助けるためにも、段階的に進めることが重要だ」とミラー氏は語る。
ロシア拠点の従業員が他国拠点への転勤を希望する場合、DataArt Solutionsは金銭面や移動面の支援をするが、出国を促すことはしていないという。ミラー氏によると、DataArt Solutionsのロシア人従業員は既に数百人がアルメニアに移動し、さらにロシアのIT業界全体で数千人が(少なくとも一時的に)アルメニアに移動する可能性がある。アルメニアの首都エレバンには技術センターが集積しており、ロシアのIT企業が進出先として検討し始めている。
ミラー氏は「アルメニアが終着駅にはならない」と言い添える。アルメニアの国土はそれほど広くないからだ。「インフラは整っていて、非常に親切に歓迎してくれる人はいる。だが1万人規模のIT人材とその家族をエレバンに住まわせるのは簡単ではない」(ミラー氏)
後編は、ウクライナのIT企業が立案、実行する「事業継続計画」を紹介する。
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