SSDやHDDとは別物「DNAストレージ」は普通じゃない 桁外れな能力とは?:記録媒体はDNA、いつまでも使えるストレージ【前編】
SSDやHDD、テープといった既存のストレージ技術では、データを保管し切れなくなる日が近づいている。革新的なストレージとして期待を集め、実用化が近づいているのがDNAストレージだ。その桁外れな能力に迫る。
データ保存の需要増は、幾つか重大な課題を人々に突き付ける。爆発的に増えるデータを賄うだけのストレージを用意できるのか――これが最初の問題だ。「HDD」の技術開発は続くものの、記録密度の向上は緩やかになった。「SSD」はHDDより容量増大の余地があると見込まれているが、今後のデータ量増大の勢いに負けてしまう可能性がある。
HDDやSSDとは根本的に異なる次世代ストレージの開発に光が当たっているのは、こうした事情からだ。斬新な発想でさまざまな開発が進む中、特に期待を集めるストレージがある。「DNA」(デオキシリボ核酸)を記録媒体に用いる「DNAストレージ」だ。
既にさまざまな企業がDNAストレージの取り組みを活発化させており、その中には数年以内の商用化を計画した企業もある。SSDやHDD、テープにはない利点が期待できるという、その仕組みと桁外れな能力のすごさを探る。
SSDやHDDの常識を覆す「DNAストレージ」の“桁外れ”な能力
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開発段階にある革新的ストレージの可能性
DNAストレージは、一定の規則に従ってデータをDNAの塩基配列に変換する。DNAとは周知の通り、生物の遺伝情報を担う物質であり、塩基配列とはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基(水酸基を有する化合物)の並びを指す。これがデータを従来の方法よりも高密度で記録し、長期にわたって保存を持続させるストレージ技術の基になる。
2016年設立のIridiaは、カリフォルニア州カールズバッドに本社を置くスタートアップであり、DNAストレージを手掛ける企業の一社だ。2026年に、DNAストレージサービスの市場投入を計画している。これは主に、データを長期保存するアーカイブや、コールドデータ(利用頻度が極めて低いデータ)のためのストレージサービスとなる。
IridiaのCEOムラリ・プラハラド氏によると、Iridiaが開発中のDNAストレージサービスは、テープやHDDと比較してTCO(総所有コスト)が小さくなる。二酸化炭素排出量もより抑制できるという。DNAストレージについて、プラハラド氏に詳しく聞いた。
―― まずはDNAストレージとは何かを教えてください。
ムラリ・プラハラド氏 HDDやテープなど、データの長期保存に使われてきた従来のストレージは、記録媒体に磁性粒子を使っている。DNAストレージはそうした磁性粒子を使うことなく、あらゆる種類の情報を書き込み、保存できる能力を持つストレージだ。情報は合成されたDNAの構造そのものに埋め込まれ、物理的な形で保存される。DNAストレージにはさまざまな利点が見込める。例えば記録密度がより高密度になることや、データ保管のコスト効率が上がることなどだ。
DNAストレージが機能する仕組み
―― DNAストレージにおけるデータの書き込みや読み出しなどの基本機能について教えてください。
プラハラド氏 DNAストレージの概念は、ハーバード大学(Harvard University)のジョージ・チャーチ教授らが2012年に発表した論文「Next-Generation Digital Information Storage in DNA」に基づいている。その基本的は発想は、構造化データや非構造化データといった任意のデータを、バイナリコード(2進数で表現されるコード)に変換するというものだ。それをA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の文字に変換する。DNAを人工的に作り出すDNA合成は、分子生物学の分野ではずっと以前から使われてきたものだ。
変換の過程ではまず、ファイルを一連のバイナリコードに分解し、それをDNAの形で化学的に合成する。そうすることで、DNAの鎖をさまざまな条件下で保存できるようになる。特定の情報を読み取りたい場合は、目的のファイルを取り出し、その内容を解析することで、バイナリコードを再構築して読み出すことが可能になる。
DNAストレージの利点
―― DNAストレージには記録密度が高まる以外の利点がありますか。
プラハラド氏 記録密度は、DNAストレージの主要な利点の一つだ。それに加えて3つの利点を知ってもらいたい。まずはエネルギー消費量を抑制できる点だ。データ保管の電力消費に関しては、ストレージが稼働している状態の電力消費だけではなく、記録媒体を製造する段階も考慮に入れる必要がある。ストレージ稼働時の消費電力量を算出するのでは、環境への真の影響を見誤ってしまうことになる。この観点で、一般的に“低エネルギー”で稼働すると考えられているシステムと比較しても、DNAストレージは優れている。DNAの合成では、磁性体を製造するときに必要になるエネルギー量やレアメタルを必要としない。
2つ目の利点は、寿命だ。自然界にあるDNAは、結合の半分が壊れるまでにかかる時間を指す半減期が521年であることが分かっている。厳密に比べることはできないが、HDDが5年程度、テープが10年程度で入れ替えなければならないとする。その作業に手間がかかるだけではなく、新たに磁性体を製造することにエネルギーを消費することになる。
DNAの場合、水や酸素、オゾンのない空間で保管すれば、何百万年も維持できる可能性がある。アーカイブの用途にDNAストレージを使うのだとすれば、ストレージの交換をそれだけの期間しなくて済むということだ。
3つ目の利点は、簡単にコピーが作れることだ。DNAを増幅するためには「ポリメラーゼ連鎖反応」(PCR)という手法を使う。これは単純なプロセスかつ比較的短時間でDNAを増やせる方法だ。テープを使う場合、EB(エクサバイト)単位のデータを複製にするには、大量のテープのデータをコピーして、それを保管場所に運搬する必要がある。コピーに時間がかかるし、運搬には手間がかかる。PCRを使用すれば、同じだけのデータを靴箱程度のサイズに収めて、世界中に冗長コピーを作ることが可能だ。
次回は、HDDやテープといった既存のストレージ技術と比較しながらDNAストレージの用途を探る。
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