膨らむ「技術的負債」をどう削減する? 今すぐ始める自己診断と解消策:企業の成長を止めかねない技術的負債【後編】
放置すれば企業にとって問題を生み続ける「技術的負債」には、どう対処法すればよいのか。まず手を付けるべき「負債の診断」と、戦略的に実行すべき削減計画を、具体的な指標と手順を交えて説明する。
技術的に最適とは言い難い近道を選択したり、レガシーな技術を使って事業運営を続けたりした結果、システムの内部に蓄積されていくのが「技術的負債」だ。放置すればするほど「利息」が膨らみ、最終的には企業のイノベーションを妨げ、成長を鈍化させる深刻な経営課題になる。レガシーな技術の保守に人員や工数が奪われ、セキュリティリスクは増大し、顧客満足度も低下しかねない。
このような深刻な課題を生む技術的負債に対し、企業は何をすべきか。以下では自社システムの現状を正確に診断するための3つの指標、7つの削減戦略、その成果をどう測定するかまでを、専門家の知見に基づいて解説する。
技術的負債の現状を診断する3つの指標
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モダナイゼーションの壁
企業が技術的負債を削減する第一歩は、問題を正確に診断することだ。技術監査や企業の成熟度評価を通じて、いつシステムを更新すべきかの判断材料にする。
ツールや指標を用いて、技術的負債の兆候を分析することが有効だ。IT予算を「保守」と「イノベーション」にどう配分しているのかを調べることも手掛かりになる。
システムの監査を通じて非効率な運用、古いシステム、性能上の問題を洗い出す。時代遅れ、あるいは不要になった技術を前提とした設計が残っていないかどうかも確認する。
具体的には以下の3つの要素を評価し、負債を定量化するとよい。
- 影響
- イノベーションやビジネスをどの程度停滞させているか。
- 修正コスト
- 修正にかかる費用(難易度)。
- 拡散度
- その問題がシステム全体にどの程度影響を及ぼしているか。
これらを評価した上で、技術的負債を解消するための推定費用と、新しくシステムを構築する費用を比較検討する。
技術的負債を削減するための戦略
ITリーダーには、新規技術への投資と技術的負債の解消のバランスを取りつつ、技術的負債を削減していくことが求められる。技術的負債を削減するために、ITリーダーが実行すべきステップを以下に示す。
- 戦略的な優先順位付け
- 技術的負債の削減を、市場投入までの時間短縮や保守コストの削減といったビジネス上の成果に結び付ける。
- 削減計画の策定
- 技術的負債の削減計画を可視化、定量化し、進展を追跡できるようにする。
- セキュリティ部門、IT部門などの部門間で連携し、優先順位と人員を調整する。
- 賢い投資戦略の立案
- ソースコードの記述を最小限に抑えた「ローコード」や、ソースコードを記述しない「ノーコード」といった手法でアプリケーションを開発できるツールを活用して、手作業でのコーディングによるバグを最小限に抑え、開発の質と速度を向上させる。
- 「データベースの完全な置き換えは影響が大きいが、AIコーディングツールの段階的な導入であれば影響は少ない」と、データ分析ツールベンダーDataChatの共同創設者兼CTO(最高技術責任者)であるロジャース・ジェフリー・レオ・ジョン氏は述べる。
- ガバナンスの確保
- データガバナンスを監視、確保するための自動化ツールや品質管理の仕組みを導入し、技術的負債を管理、追跡する。
- これらのツールはソースコード品質の監視、バックログ(未処理タスク)の追跡、システム性能のボトルネック特定を通じて、新たな技術的負債の蓄積を防ぐ。
- 変革の主導
- ITリーダーは、技術的負債への対処を単なる「システムの健全化」ではなく、「AI技術のような新技術に適応し、事業のイノベーションや成長を促進するための変革」として位置付け、率先して推進する必要がある。
- 従業員のトレーニング
- チームメンバーのトレーニングやスキル開発に投資する。複数の従業員がシステムを扱えるようにすることで「知識の負債」を解消し、技術的負債に対処する。
- テストの自動化
- テストを自動化する仕組みを構築し、開発プロセスの早期段階で問題を特定できるようにする。
企業向けAI(人工知能)ツールを手掛けるUnframeの共同創設者兼CEOシェイ・レビ氏は、AIツールの発展によって、企業は技術的負債への対処に注力しやすくなったと指摘する。「AIツールの使用を前提としない状態から、AIツールの使用を前提とした『AIネイティブ』な状態に移行することには、単に技術的負債をなくす以上に多くのメリットがある」と同氏は語る。
AIツールは企業の技術的負債からの迅速な脱却を支援できる可能性を秘めている。AIツールは人々の働き方を変革し、企業のイノベーションを加速させる力を持つ。
成果を測定する方法
テクノロジーが変化し続ける限り、技術的負債の発生は避けられない。技術的負債の削減は、一度きりの取り組みではなく、企業が備えておくべき戦略的な能力だ。確立された戦略(プレイブック)を採用することで、ITリーダーはリスクを低減しつつ、企業の将来を見据えた着実なペースでイノベーションを継続できる。
ITリーダーは、以下をはじめとするKPI(重要業績評価指標)を設定し、システムを評価する必要がある。
- 欠陥率
- ソースコード内のバグや不具合の割合を測定する。技術的負債が多いほど欠陥が潜みやすく、欠陥率が高まる傾向がある。欠陥率の低下は、技術的負債の削減によるソースコード品質の改善を示す。
- システムの稼働率
- システムが正常に動作している時間の割合を測定する。技術的負債は予期しないシステム障害の原因になるため、稼働率の向上は技術的負債の削減によるシステム安定化の指標になる。
- 技術的負債比率
- 新規システムの開発にかかる総工数に対して、技術的負債の解消にかかる将来的な工数がどれだけあるかを測定する。この比率が低下すれば、技術的負債が減少していることを示す。
- 変更失敗率
- システム変更が原因で停止や障害が発生した割合を算出する。この率が低いほど、システムの信頼性が高いことを意味する。
- 平均解決時間(MTTR)
- バグや問題の修正にかかる平均時間を指す。この時間が短いほどソースコードが整理されており、技術的負債の削減が進んでいることを示す。
- 顧客からの問題指摘
- 顧客から寄せられる問題も、ソフトウェア、プログラム、コードの欠陥を追跡する手掛かりとなる。
技術的負債の管理に際して、ジョン氏はKPIに加えて「人間の洞察力」も必要だと述べる。同氏はKPIには表れない、対処すべき課題についてチームリーダーから報告を受けており、こうした現場の洞察を吸い上げるための社内の定期的なコミュニケーションが極めて重要だと指摘する。
レビ氏は、「全ての技術的負債を同時に解決しようとするのではなく、まず着手する点を決めることが重要だ」と語る。一度に多くの問題に対処しようとすると、企業は新たなシステムやサービスの開発に着手できなくなり、企業としての競争力を失うからだ。「AIツールを活用して技術的負債の削減を支援するベンダーも続々と登場している」と同氏は付け加える。
ジョン氏は、技術的負債をゼロにすることはほぼ不可能だと指摘する。IT業界は変化の速度が速く、市場の要求に応えるためにベンダーが不完全な製品を素早くリリースすることを選んだ結果、時代遅れな技術が生まれやすいからだ。「企業はシステムを一定期間運用した時点で一度立ち止まり、現状を評価しなければならない」と同氏は解説する。その上で、顧客満足度やセキュリティといった分野において、改善が必要な領域への投資が、費用削減やビジネスでの優位性といったメリットを生み出すと判断できるのであれば、そこに投資すべきだという。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA:University of California, Los Angeles)の経営大学院(Anderson School of Management)のCIOであるハワード・ミラー氏が着任した当初、同大学院にはクラウドサービスの活用に関する明確な戦略が存在しなかった。そのため同氏は、この状況を技術的負債であると同時にイノベーションの機会であると捉え、クラウドファースト戦略を打ち出した。同氏は、技術的負債への対処は、ITリーダーに何を更新し、何に取り組むべきかを示す「革新的な戦略」でもあると考える。
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