「AI投資の95%は成果なし」の衝撃 “バブル崩壊”に備えるためのデータとは:AIバブルは崩壊するのか【前編】
「他社に乗り遅れるな」という圧力の下でAI投資は拡大したものの、企業は成果が見えない問題に陥っている。AIバブル崩壊の懸念に対し、戦略を見直す契機となるデータを紹介する。
ここ数年、AI(人工知能)市場は劇的な成長を遂げてきた。転換点となったのは、2022年11月に登場した生成AIベンダーOpenAIのAIチャットbot「ChatGPT」だ。
このブレークスルーによって、「乗り遅れるな」という強力なトップダウンの下、多くのCIO(最高情報責任者)やITリーダーがPoC(概念実証)やインフラ整備へとかじを切った。その熱狂のフェーズが終わった今、ITリーダーは成果を問われている。莫大な予算を投じたAIプロジェクトは、それに見合うリターンを生み出しているのか。AI技術への投資に見合う収益を上げられていない企業が散見されることから、“AIバブル”の崩壊を危惧する声が上がり始めている。もしバブルが弾ければ、その説明責任を問われるのはIT部門のトップだ。
今、ITリーダーに必要なのは、過熱した期待値を適正化するための「客観的な指標」だ。自社の取り組みが遅れているのではなく、市場全体が構造的な「ROI(投資対効果)の壁」に直面していることを示すデータがある。
過熱するがもうからないAI
ChatGPTはAIブームに火を付け、IT市場と金融市場の双方に広範な影響を与えた。ほとんどのITベンダーは何らかの形でAIアシスタントやAI機能を自社のサービスに組み込むか、その計画を発表している。
AI技術への関心が高まった背景には、医療、金融、製造といった幅広い産業に変革をもたらす技術的ポテンシャルがある。AI技術はタスクの自動化、情報の要約、コンテンツ作成、データ分析による深い洞察の提供を実現すると期待されているためだ。
OpenAIの「DALL-E」、Stability AIの「Stable Diffusion」、Runway AIの「Runway」といったAIモデルを使えば、テキストから画像や動画を生成できる。合成音声やデジタルアバターの生成、さらにはディープフェイク(AI技術を使って合成された、事実と異なる映像や音声、写真)も、プライバシーやセキュリティへの懸念とセットで注目を集めている。生成AIが秘める可能性は巨額の投資を呼び込み、ベンチャーキャピタルはAIスタートアップ(新興企業)に数十億ドルを投じ、大手ITベンダーも研究開発に多大な資金と人員を割いている。
OpenAIは生成AI初期のパイオニアだが、この領域における唯一のプレイヤーではない。OpenAI以外にも、Anthropic、Cohere、Hugging Face、Runway AI、AI21 Labs、Glean Technologies、Jasper AI、Perplexity AI、Mistral AIといったAIベンダーが資金を調達している。
AIブームはスタートアップだけのものではない。既存の大手ITベンダーにも恩恵をもたらしている。このブームの最大の勝者の一社が半導体ベンダーNVIDIAだ。同社のGPU(グラフィックス処理装置)は以前、主にゲーマーやデザイナー向けのツール、あるいは一時的な暗号資産マイニングの道具だと見なされていた。だが生成AIの台頭によって、同社のGPUやAIアクセラレーター(AI関連の処理を高速化するハードウェア)は、肥大化する大規模言語モデル(LLM)のトレーニングに不可欠な土台になった。
2022年11月から2025年10月にかけて、NVIDIAの株価と時価総額は、AI技術の可能性に対する過大な期待に支えられ、驚異的な上昇を記録した。2024年6月には時価総額3兆3000億ドルを突破し、2025年10月までには5兆ドルに到達。米国株式市場で最も価値のある上場企業に上り詰めた。
Alphabet、Amazon.com、Apple、Meta Platforms、Microsoft、NVIDIA、Teslaで構成される「マグニフィセントセブン」(米国主要ITベンダー7社)も、こぞってAI技術に投資している。投資家がAIブームに乗じようと機会を模索する中で、これらのベンダーは株価上昇という形で恩恵を受けてきた。
非公開のAIベンダーは、さらに劇的な成長軌道を描いた。OpenAIの評価額は2025年3月時点で3000億ドルだったが、同年10月には5000億ドルという過熱気味の評価額に達し、ほぼ倍増した。AIモデルの安全性に注力するAnthropicも同様に爆発的な成長を遂げており、2025年9月に評価額は1830億ドルとなり、130億ドルを調達した。
数字で読み解くAIの収益性
だが企業が業務改善のためにAI技術に投資しても、そこから将来的な価値を見いだせるかという点において、ROIへの懸念が生じている。巨額の投資と高い期待にもかかわらず、大半の企業にとってAI技術は依然として大きな利益を生み出せていない。
大手ITベンダーは、LLMのトレーニングと推論に不可欠なGPUやAIアクセラレータといったハードウェアおよびデータセンターに、膨大な資金を費やしてきた。
だがチャットbotやAI検索機能、画像生成技術といった現状のAI関連サービスには、明確なマネタイズ戦略が欠けている。一部では、「AI技術はそれ単体で収益を生む『独立した製品』なのか、それとも既存サービスの価値を高めるための『単なる機能』に過ぎないのか」という疑問が残ったままだ。
例えばAppleは、AI機能「Apple Intelligence」を自社OSに搭載しているが、これは個別の収益源を生む独立した機能ではない。MicrosoftのAIアシスタント「Microsoft Copilot」も、「Windows」やMicrosoftの各種サービスに組み込まれており、基本的な機能であれば別途利用料金を支払わなくても利用できる。これらとは対照的に、OpenAIはAIサービスの利用権を販売しており、それが主な収益源になっている。
「AI技術は収益を生まない」という懸念は、2025年に入って急速に強まった。マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)は、同年8月に公開したレポート「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」において、52件の企業を対象とした詳細なインタビュー調査と、300件以上の事例分析を実施した。その結果、2025年7月時点で調査対象企業の生成AI関連支出は300億〜400億ドルに達したものの、95%がそこからROIを得られていないと見積もった。信用格付け企業S&P Globalの2024年10〜11月における約1000社を対象とした調査では、2025年にAIプロジェクトを断念した企業の割合が42%になり、2024年の17%から急増した。
企業が生成AI関連の投資から利益を得るまでには、予想以上に時間がかかることを示すデータもある。2025年8〜9月に、コンサルティング企業Deloitte Touche TohmatsuはAIツールを運用している企業に所属する1854人のリーダーに対して調査を実施した。この調査結果では、大半の企業が、一般的なAI活用で満足のいくROIを達成するには2〜4年かかると考えている。これはほとんどの技術投資で期待される一般的な回収期間(7〜12カ月)よりも大幅に長い。1年未満で回収できたと回答したのはわずか6%で、最も成功したプロジェクトでさえ、12カ月以内に利益を回収できたのは13%にとどまった。
だが、「AIは金にならない」という懸念は的外れである可能性がある。
調査会社Gartnerのバイスプレジデント兼アナリストであるチラグ・デカテ氏は、「生成AIは市場の進化における初期段階にある」と指摘する。同氏によれば、通常この段階では、インフラや技術を提供するベンダーが選考して収益を上げる傾向があり、ユーザー企業の導入や採用は初期段階にとどまるという。
デカテ氏は、主要な供給者であるNVIDIA、TSMC、Advanced Micro Devices(AMD)などの半導体メーカーや、それに関連する販売チャネル企業が生成AIから突出した収益インパクトを受けていると指摘する。Google、Microsoft、Amazon.comといった主要クラウドサービスを提供するベンダーも同様だ。
「企業における生成AIの取り組みは、まだ開発や実装の初期段階だ。この動きを本格化させ、ユーザー企業が収益やさらなる成果を実感できるようになるには、AI市場を支えるバリューチェーンの全階層が、もう一段階進化する必要がある」(デカテ氏)
次回は、AIバブルが株式市場に与える影響と、それを受けたITリーダーが取るべき戦略を解説する。
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