IDCアナリストに聞くCRMアプリケーション市場の今昔
CRM市場、これからのキーワードは「オンデマンド」と「コミュニティー」
SaaSの台頭で活気づくCRMアプリケーション市場。1990年代後半の登場以来、市場で何が起こり、これから何が起ころうとしているのか。市場調査機関大手IDC Japanのアナリストに取材した。
成熟化社会を迎えて始まった、既存顧客との関係見直し
作れば売れる時代は終わった。よくいわれる言葉である。特に日本は高度成長期を終えて成熟化社会に突入し、わたしたちの生活は既にモノやサービスであふれ返っている。しかし、モノやサービスの提供者である企業としては、その存続をかけて販売を続けていかなければならない。このような環境の中でさらにビジネスを継続しようとすれば、よほど革新的なことを提案し続けていかなければならない。しかし、よほどの天才集団でもないかぎり、それは容易なことではない。ではどうするか。知恵を絞った末の答えが「既存顧客との関係をいま一度見直そう」という発想だった。
マーケティング業界には、既に定説となっている「1:5」という法則がある。これは「新規顧客に販売するコストは既存顧客に販売するコストの5倍かかる」というもの。新規顧客の獲得が重要であることは変わらないが、既存顧客は既に自社の商品やサービスの一部を認知している。企業側もこのカテゴリの顧客に関して、幾ばくかの情報を持っている。それならば、顧客による「認知」と自社が持つ「情報」を利用して、体系的な情報集積、的を射た働きかけを行うことで販売機会を最大化しようということで、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)という経営手法が生まれた。ITを活用してそれをドライブしようというのが、CRMアプリケーションというITフィールドである。日本と同様のビジネス課題を抱えていた米国で提唱された。
IDCによるCRMの定義とカテゴリ分類
市場調査機関大手であるIDCでは、「国内ITソリューション市場 2007年~2011年の予測」内で、CRMアプリケーションというフィールドに属するソフトウェアを以下のように定義している。
「CRMアプリケーションは、営業、マーケティング、顧客サービスなど組織内の顧客対応業務プロセスを自動化するアプリケーションである。これらのアプリケーションを使用することによって、顧客のライフサイクル全体を管理でき、企業は顧客との関係を構築/維持できる。コラボレーション用として分類されるCRMアプリケーションは、2人以上で共通の業務目標を達成するためにコンテンツを共有できる機能を提供する」(原文のまま)
IDCは、CRMアプリケーションセグメントには次の4つが存在するとしている。
| アプリケーションセグメント | 説明 |
|---|---|
| セールスソフトウェア | セールス管理アプリケーションおよびセールスフォースオートメーション(SFA)ソフトウェアの両方が含まれる |
| マーケティングソフトウェア | マーケティングのさまざまなプロセスに関連する、広範囲な個別的および協調的な活動を自動化する |
| カスタマーサービス(※) | 顧客情報管理機能を提供する。各アプリケーションは既存顧客との関係の維持管理を強化する目的で設計されている。顧客サービスソフトウェアは、組織外の顧客のサポートサービスに使用される。顧客サービス機能には、問題追跡、顧客履歴、着信電話管理がある |
| コンタクトセンター(※) | CRMの実現に関連するさまざまな機能を提供する。主にコールセンター機能を専門とするインフラストラクチャベンダーおよびミドルウェアベンダーのアプリケーションを含む |
(※)もともとカスタマーサービスとコンタクトセンターは同じカテゴリに属していたが、今日、前者はどちらかというとフィールドサービスを実現するために必要な機能を提供する。それに対して、後者はよりコールセンター業務支援に特化したソフトウェアになってきている。
3つの世代を経て今日まで進化してきたCRMアプリケーション
IDC Japanのソフトウェア グループマネージャー 赤城 知子氏は、IT市場におけるCRMアプリケーション発展の歴史を、大きく3つの世代および現在という形でとらえている。
第1世代が出現するのは1990年代後半。最前線のセールスマンが利用するSFA(Sales Force Automation)や、コールセンターのためのCTI(Computer Telephony Integration)といった単機能のCRMアプリケーションが登場した。ちょうど電子メールも利用され始めたころだが、まだチャネル化されておらず、インターネットそのものはまだここに介在していなかった。
続く第2世代は、2000年から2003年にかけて登場した。この時代のキーワードは「統合」であったと赤城氏は語る。単機能のCRMアプリケーションが、ERPアプリケーションのようにスイート化されるとともに、電話、FAX、電子メール、インターネットなど、顧客との接点となるさまざまなチャネルで一元化されたデータベースを利用しようという動きが活発になっていった。つまり、あらゆる手段で顧客の全貌をつかもうとしたのである。しかし、一方で、CRM関連のソフトウェアを導入しても売り上げが向上しないという現実に直面する企業が少なからず出てきたのも、このころのことだった。
第3世代に分類されるのは2003年から2006年。米国でのSOX法や日本における個人情報保護法などの制定を受け、あらためて顧客情報管理の重要性が認識されるようになり、真剣に取り組む企業が増加した。また、第2世代で顧客データベースが完全に一元化されたことで、さまざまな角度からの分析が可能になった。情報を収集・分析し、その結果を商品開発やビジネスプロセスの改善に適用するなどといった具合に、いわゆるPDCA(Plan―Do―Check―Action)サイクルを回しながら、CRMアプリケーションをよりマーケティング的に利用していこうという気運が高まったのである。
赤城氏はこの経緯を次のように語る。
「日本で一時期SFAなどCRMアプリケーションの導入が下火になったのは、その機能が主にセールスマンの上司、つまり管理者の仕事を楽にするために作られていたからです。セールスマンにとっては仕事が増えただけで、それで成績が上がるわけではない。だから積極的に使う気になれなかったのです。また、特に日本においては海外ベンダーのソフトウェアで設定している商談プロセスが商習慣になじまず、使いにくかったという理由もあると思います。その反省を踏まえて第3世代では、セールスマンがセールスリード(見込み客)をより迅速に発見できるように、顧客満足度向上が実現できるように改善されたのです。それが法令順守強化傾向などと相まって、企業にこの分野のテコ入れを決断させたように思います」。
進むCRMアプリケーション導入、既に大企業では半数以上が実施
そして舞台は2006年から現在に移る。ここでの大きなトピックスは、何といってもSaaS(Software as a Service:サービスとしてのソフトウェア)の台頭だ。それまでもインターネットを介してCRMアプリケーションをサービスとして提供するベンダーは存在したが、ここにきて以前にも増して果敢な攻勢をかけている。この市場をリードするベンダー大手などは、ユーザー、エンジニアを巻き込む一大コミュニティーを形成し、時には厳しい批判を受けながらもその要望に真摯に耳を傾け、開発プロセスを開示しながら非常に速いスピードでアプリケーションの改善活動を展開している。当然、これがユーザーに好意的に受け止められないはずはなく、CRMアプリケーションの評価と利用を一気に高いレベルへと押し上げているのが現状だ。
企業においてCRMアプリケーション導入が進んでいることは、2006年3月に実施されたIDC Japanの国内市場調査でも裏付けることができる。上図は、約5000社を対象に行った調査結果を基に、従業員規模別にCRMアプリケーションの導入状況をグラフ化したもの。これを見ると、従業員5000人以上の大企業では56.5%が既に何らかのCRMパッケージを導入していると回答している。「2年以内に導入を予定しているあるいは検討する」という回答を含めると、従業員1000人以上の企業で6割、従業員100人以上の企業でも4割近くが導入に前向きな姿勢を示していることが分かる。
日本のCRMアプリケーション導入状況は、米国と比べると大きな違いがあるという。赤城氏はその点について次のように語る。
「米国では、展開がこれからというマーケティングを除いて、セールスソフトウェア、カスタマーサービス、コンタクトセンターの各カテゴリがほぼ均等に導入されているのですが、日本ではコンタクトセンターの比率が高く4割にも達します。これは日本企業が自社内の業務効率向上以上に顧客対応を重視し、満足度の高い顧客ケアを志向するからではないかと思われます」
オンデマンドとコミュニティーを理解するベンダーがシェアを伸ばす時代へ
このように再び上り調子にあるCRMアプリケーション市場だが、かといって課題がないわけではない。その中でも重要なポイントの1つとして、ERPアプリケーション市場と違い、このフィールドの業務に精通したエンジニアが十分に育っていないことがあると赤城氏は指摘する。この分野で実績のあるシステムインテグレーターがあまりおらず、彼らがうまく顧客をリードできないため、導入プロジェクトが長期化したり、袋小路に入り込んだりする案件が少なくないという。CRM市場をさらに活性化させるためには、この分野に特化したエンジニアの育成が火急の課題のようだ。
今後の市場予測についてだが、やはり「SaaS勢力が台風の目になるだろう」と赤城氏。その気になれば直ちに利用でき、自社に合わなかったり事情が変わればいつでも止められるオンデマンド性は、企業にとって大きな魅力だ。加えて、開発者に何でも意見を言えるコミュニティーがあり、それが取り上げられて見る見るアプリケーションが進化していくのを目の当たりにできるとなったら、利用満足度はさらに上がっていくだろう。赤城氏は私見としながらも、この市場を次のように予測して締めくくった。
「これからのCRMアプリケーションベンダーは、オンデマンドとコミュニティーを深く理解することが重要です。今後は、その価値を十分に認識したベンダーだけが市場に存在することを許され、シェアを伸ばせる時代になっていくのではないかと予測しています」
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