ディザスタリカバリ導入事例:EMC Celerra Replicator
東京大学 生研の回答「必要なのは保険としてのディザスタリカバリ」
2006年、東京大学生産技術研究所は災害対策ソリューションを導入した。金融機関などが求める高いサービスレベルは必要とせず、“保険”としての意味合いが強い。ここでは、一般企業にも手の届く災害対策事例をリポートする。
災害対策の検討を始めた2つのきっかけ
東京都目黒区にある東京大学駒場IIキャンパス(以下、駒場IIキャンパス)には、東京大学生産技術研究所(以下、生研)をはじめ工学系の大学院や研究施設が集まっている。生研ではおよそ1700人の学生、研究員、教員が活動しており、それぞれがITシステムのユーザーアカウントを所持している。その大規模なITシステムの管理・運営を手掛ける生研の電子計算機室では、2006年にEMCの災害対策ソリューションの導入を決断した。
以前、生研は東京の六本木に居を構えており、2001年に現在の駒場IIキャンパスへ移転した。移転の前年となる2000年、生研はEMCとストレージ製品の3年間のリース契約を結び、これまで2003年と2006年に契約更新を行った。2003年時点では災害対策を施しておらず、テープ装置による自動バックアップのみが行われていた。
助手 林 周志氏
遠隔地間での非同期レプリケーションを実現する災害対策ソリューション「EMC Celerra Replicator」の導入を決断したのは、2回目の契約更新が行われた2006年のことだ。電子計算機室 助手の林 周志氏は、導入の経緯を次のように説明する。「生研には建築や土木専門の先生が所属しており、災害対策の研究も行っています。ある日、その先生たちから電子計算機室の災害対策について問い合わせを受けたことがきっかけで、対応策の検討を始めました」
さらに、従来のテープ装置によるバックアップで度々問題が発生しており、それらを改善する狙いもあった。「ディスクよりもテープ装置のトラブルが目立っていたため、2006年の契約更新ではテープバックアップを廃止してディスクバックアップへの切り替えを検討していました。また、せっかくディスクへ切り替えるのですから、遠隔地へのバックアップも考えました」(林氏)
これまで生研では、何らかの障害が発生してもバックアップテープによるリカバリを実施した例はないという。発生した障害のほとんどが人為的なミスによるデータ消失などの事故で、データの復旧はストレージのスナップショット機能で行っていた。テープによるバックアップはあくまでも保険であり、その保険を適用したことはなかった中での災害対策だった。
高価でシビアなものではなく手軽な災害対策
導入されたストレージの主たる用途はファイルサーバだ。格納データは各ユーザーのホームディレクトリや計算機室およびそれぞれの研究室が独自に立ち上げたサーバ用のデータが中心で、メールサーバのスプールデータのバックアップも行っている。
運用サイトがある駒場IIキャンパスではEMCのNASソリューション「EMC Celerra NS702」を採用し、RAID構成時の実効容量はファイバチャネル接続で5.6Tバイト、SATA接続が3.5Tバイト。バックアップサイトの柏キャンパスでは「EMC Celerra NS502」を採用し、SATA接続が3.2Tバイトと、どのディスクも大容量だ。
格納されるデータは研究において極めて重要だ。しかし、いわゆる金融機関などのミッションクリティカルな止められないビジネスアプリケーションとは異なり、瞬時にシステムを切り替えて継続運用すべきデータではない。必要とされるシステム復旧時間に比較的余裕がある。そのため、採用された災害対策ソリューションも高価でシビアな要件を満たすものではなく、むしろシンプルともいえるストレージのレプリケーションタイプが採用された。
実際、レプリケーション設定もEMCの初期設定のままだという。600秒ごとあるいは600Mバイトごとの差分データが蓄積された時点でレプリケーションされるよう設定されている。メールのスプールデータについては、メールサーバの仕様上、ファイルサーバにデータを置くことはできない。しかし、IMAPフォルダを含むメールサーバのデータ消失は影響が大きいため、別途バックアップソフトウェアを用意して、駒場IIキャンパスと柏キャンパスのファイルサーバへ週に一度バックアップを行っている。
初期投資の大きさよりも運用負荷の小ささを重視
室長補佐(助手) 福島 瞳氏
電子計算機室 室長補佐の福島 瞳氏は、今回の災害対策で重視したのは運用管理の負荷が軽いことだったという。「導入する仕組みが金額的に安いことよりも、運用管理の手間が掛らないことの方が重要でした。バックアップサイトがある柏キャンパスに生研スタッフが常駐しているわけではないですし、機器のパラメータの調整や監視、チューニングを日常的にリモートで行うといった状況は避けたかったのです」(福島氏)
生研は、FreeBSDなどのオープンソースソフトウェアを用いた廉価なPCサーバを数多く利用している。今回の災害対策においても、バックアップサイトにPCサーバを配置し、UNIXのファイル転送ユーティリティ「rsync」などを用いた自動バックアップも検討したという。しかし、この方法では安価に構成できるものの、バックアップサイトを常に監視する手間が発生してしまう。また、CIFSのアクセスリストの状態が保存されない。
他社の災害対策ソリューションも幾つか検討したが、複数の製品を組み合わせる必要があるため管理の手間が増え、結果的に高価なものとなってしまう可能性があったという。そのため、1つの製品で実施でき、さらにEMCによる遠隔地からの24時間監視サポートという“安心”も付いてくることから、EMC Celerra Replicatorが採用された。
災害対策に有効な距離を考える
生研が迅速に災害対策ソリューションを導入できた背景には、東京大学が所有するキャンパスネットワークシステム「UTnet」の存在が大きかった。1Gbpsのスループットを誇り、遠隔地間での大量データのレプリケーションも難なくこなす。さらに、データセンター機能を持つ大学キャンパスが複数拠点にあったことも有利な条件だった。
災害対策を考えた場合、同じ原因による被害を回避するためにはバックアップサイトをなるべく遠距離に置く必要がある。当初は北海道や沖縄にあるデータセンターの利用も検討したが、回線やラックスペースのコスト確保が困難だった。そのため、学内にある施設の利用を検討した。東京大学は、東京都文京区本郷、目黒区駒場、港区白金、中野区、千葉県柏市など関東一円に施設を持つ。本郷は施設として十分だが、駒場と距離が近過ぎるため災害対策には適さない。そのため、40キロという適度な距離があり施設も確保できた柏キャンパスが選ばれることになった。
同じ東京大学とはいえ柏キャンパスとは組織が異なるため、例えデータセンターにスペースを確保してもらえたとしても、運用に必要な電気代などの会計処理をどうすればいいのか。そういった点にも手間が掛ったという。「機器や施設の選定には、それほど苦労しませんでした。むしろ政治的な体制を整えられるのか、そのためのネゴシエーションには手間と時間がかかりました」(林氏)
データの復旧よりも設備の回復が重要
駒場IIキャンパスは、災害時における地域住民の避難場所に指定されているだけあり耐震性などは問題ない。むしろ、防火設備の破損による漏水などの方がよほど心配だと福島氏は話す。
「柏キャンパスから大急ぎでデータを取り戻すことよりも、建物や周辺装置が回復することの方が重要です。ただその際、バックアップデータが遠隔地できちんと保管されているというのは大きな安心材料ですね」(福島氏)と、生研が災害後に機能回復するステップを想定して必要なサービスレベルを冷静に分析する。
また、レプリケーションを行った際に新たな課題も発生した。例えば、著作権上、データをバックアップサイトへコピーできないものがあったのだ。また、機密レベルの高いデータを取り扱う場合、バックアップサイトのセキュリティレベルも運用サイトに合わせる必要があり、一方でセキュリティ対策を強化すればバックアップの自動化に支障が出たりユーザーの利便性が低下する恐れもある。
さらなる課題として、林氏はファイルサーバの利用促進を挙げる。最近は安価にNASストレージが手に入るため、各研究室が独自にストレージを購入してファイルを共有している。また、研究室のUNIX系マシンが計算機室のファイルサーバを利用するためにはNFSマウントの設定が必要で、UIDやGIDの整合性を保つ必要があり、利用率を低下させる可能性があると指摘する。
「ファイルサーバへのアクセスは、WebDAVなど、使い勝手のよい接続方法での提供も考えています」(林氏)
自由度が必要な環境下での適切な管理の難しさ
研究所ではユーザーのアカウント管理のため、メールシステムにサン・マイクロシステムズのLDAPサーバ、UNIX環境に「NIS」、Windows環境にマイクロソフトの「Active Directory」を採用している。VPNや無線LAN接続についてはシスコシステムズのRADIUSサーバ「Cisco Secure ACS」を導入し、それぞれを同期させる形で一括管理を行っている。
「ユーザーごとに費用が発生する仕組みなので、予算を管理している研究室側は厳密にアカウントの登録や削除の申請を行っています」(福島氏)
しかしながら、電子計算機室所有のサーバ類のユーザーアカウント管理以外の部分、例えば各研究室が運用するシステムの管理方法などは、計算機室側で強制的に規則や制限を設けることは難しいという。これは、大学という研究機関にあって、システムやネットワークの構築、運用管理も研究の対象になっているからだ。そのため、セキュリティ対策などは部分的に各研究室に任されているという。
「ファイルサーバとしてのパフォーマンスは十分にあり、実際に使ってみると快適です。一度経験するとどんどん利用してもらえます」と林氏は胸を張る。とはいえ、安全性などを重視して使い方を制限してしまうとユーザーは離れていく可能性が高い。かといって、自由度を維持したままユーザーを管理するのは難しい作業となる。
ネットワークや設置場所など、災害対策を施すのに必要な物理的な条件は比較的簡単に用意できたが、実際の運用では災害対策だけでなくさまざまな要素が絡んでくる。一般の企業であれば、自社の都合である程度のルールを設け、使い方を強制できるかもしれない。しかし研究という目的の中では、災害対策、ユーザーの利便性、管理の手間など、さまざまな要素を臨機応変にバランスさせて運用する必要がある。それは、なかなか骨が折れる作業となっているようだ。
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