【IFRS】IFRS動向ウォッチ【8】
東京電力、原発廃炉費用は資産除去債務か?
東日本大震災で原子力発電所の事故を起こした東京電力。今後、巨額の賠償金が発生すると見られる同社の財務状況をIFRSの視点で見ると何が分かるだろうか。資産除去債務をキーワードに分析する。
去る2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、筆者がこの記事を書いている時点で既に犠牲者が1万人を超える、有史の中でも世界最大級の壮絶な災害となった。まずは、お亡くなりになった方には心からのお悔やみを申し上げたい。また、いまだ行方不明の人のご無事を切に願うと共に、避難所での生活を強いられている方々にもお見舞いを申し上げたい。さらには、他の地域に移られた被災者の方が移転先でいわれなき差別を受けているという報道を耳目にすると、非常に心が痛む。
今回の地震で特徴的なのは、その被害が被災地にとどまらず、首都圏にまで及んだ点である。無論、被災地の優先的かつ早期の復興を願うべきなのは言うまでもない。しかしながら、地震発生当日の電車の停止による「帰宅難民」の発生、さらには上水道の放射能汚染(特に飲用水が乳児に与えるかもしれない影響)への懸念、およびそれらの恐れに備えるための商品の買占めなどが大きな問題になった。特に「買占め」については、首都圏にとどまらずその傾向が西日本を含む全国に拡大したため、本来被災地に向け優先的に物資を供給すべき物流の機能がほぼマヒしたこともあった。
こうした点は、今後の大規模災害発生の可能性をかんがみつつ、注意すべき事例としてしかるべきところが記録に留めておかねばならないものだろう。
巨額の賠償額か
本稿執筆の時点でいまだ放射能漏れが懸念されている「福島第一原子力発電所」(以下福島第一)の損壊の影響も甚大なものである。福島第一は、もともと東北電力の所轄地域である福島県内に東京電力の発電所として設置されたものである。すなわち、首都圏の電力需要を賄うために福島の人々に今回のような災害のリスクを担っていただいていたという意味になる。
非常に残念なことに、福島第一をいいかげん早く停止しろという趣旨のクレームが首都圏から福島県庁に少なからず寄せられているとも聞いている。そうした行為は、全くもって勘違いも甚だしいとせざるを得ない。
こうしたクレームが出てくる背景には、福島第一および震災後の冷却停止が取りあえずうまくいった「福島第二原子力発電所」が使えなくなったために、電力の深刻な供給不足を招き、そのために東京電力がやむなく実施した地域ごとの「計画停電」によるところもあると思われる。特に東京都心から少し離れた中小企業や町工場、あるいは地域商店などにおいては、電力の供給が止まるのはまさに死活問題なのだ。
福島第一の放射能漏れの懸念のため、地震およびそれに伴い発生した大津波以外の理由で避難所生活を強いられることになった人も数多く存在する。また既に、復旧作業を実施している福島第一の施設内で作業員が被ばくしたという報道もあった。そうした方面にとどまらず、先述の町工場や地域商店などが計画停電によって受けた損失の補償など、東京電力が今後負わねばならないと想定される負債額は天文学的数字になるとの観測がある。
東京電力の引当金
われわれ企業会計に携わる人間としては、それでもなお東京電力にはゴーイング・コンサーンの原則の下、企業活動を継続していってほしいと願うのである。なぜならば、東京電力の存続が危ぶまれるようになると、今後複数年に渡って残るといわれる今回の震災の傷跡への対応もままならなくなると考えられるからだ。
東京電力の2011年3月期の第3四半期短信(PDF)を見ると、原子力発電に関する引当金については、以下のものが前年度末の時点で計上されていることが分かる。
| 引当金の種類 | 金額(百万円) |
|---|---|
| 使用済燃料再処理等引当金 | 1,210,060 |
| 使用済燃料再処理等準備引当金 | 36,312 |
| 原子力発電施設解体引当金 | 510,010 |
| 災害損失引当金 | 92,813 |
これらの引当金の中には、法令(電気事業法)や省令によりその計上を義務付けられているものがある。例えば、原子力発電施設解体引当金は経済産業省「原子力発電施設解体引当金に関する省令」にその規定がある。
今回の震災による原子力発電所の停止や損壊については、原子炉などの施設を解体する際に掛かる費用は原子力発電施設解体引当金の、災害補償については災害損失引当金の取崩しが行われるであろうことは容易に想像できる。
原子力発電施設解体引当金は資産除去債務か
IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)の視点で見た場合、ここで疑問が生じるのではないだろうか。それはすなわち、原子力発電施設解体引当金は資産除去債務としての要件を満たさないのか? という点だ。
先に答を言うなら、これは「否」である。原子力発電施設解体引当金は資産除去債務の要件を満たさない。それはなぜか。資産除去債務は、固定資産の耐用年数に基づき各年度に費用配分することがその目的の1つにある。表現を変えるならば、耐用年数というパラメータがなければ資産除去債務としての計上要件を満たさない。
原子炉などの設備にも、耐用年数は間違いなく存在する。しかしながら、耐用年数を満たすまでに今回のような災害が起きないことを誰が証明できるのか、と考えると良いだろう。そういう不確実性があるために、原子力発電施設解体引当金に関する省令が発布されたのではないか、と。
先に挙げた省令に関するページを見ると、その引当金額は耐用年数ではなく発電電力量から求められることが理解できる。となると、資産除去債務の計上要件には当てはまらない。
仮に費用配分を行うとすれば、通常の固定資産にあるような年度ごとの配分ではなく、発電量という新たなパラメータ、詳しく表現するなら原子力発電ユニットごとの発電量に基づき費用配分を行わねばならないことが理解できる。
通常の固定資産における資産除去債務との大きな違いは、除去時の手続きにもある。資産除去債務の履行時、すなわち資産の除去時は、資産の除去費用額を資産計上した上で後の年度での償却を実施する。対する原子力発電施設解体引当金の場合、省令に基づくなら資産の除去費用は費用計上とともに負債に振り替えられる。
原子力発電における資産除去については、その費用が負債計上され、後の期まで残ることが分かる。原子力発電所における事故は、周辺住民や電力の需要者だけでなく、東京電力のような電力供給事業者の経済的事情=経営を後々まで圧迫することをわれわれは理解しておかねばならない。
注目される今後の引当金
IFRSにおける引当金の要件であるIAS第37号に基づけば(IFRSフォーラムの過去記事)、引当金の判断基準となる「事象」の認識をどのレベルに置くかについての合理的な判断が要求されるようになる。今回の震災と同程度の被害が頻繁に起こると見積もるなら、引当金額が甚大になることが想定される。これを合理的な判断とするのは難しいだろう。
それでは引当金額が少なくても構わないかと言えば、これはまた原子力発電所の周辺住民や電力利用者といったステークホルダーの納得も得づらくなってしまう。これらの判断基準は、先の記事に基づくなら日本基準とIFRSとの間でさほど大きな違いはない。ほぼ間違いなく日本基準で引き続き財務開示を行うであろう東京電力が2011年3月期末においてどれくらいの額の引当金を計上するのか、注視していかねばなるまい。また、原子力発電施設解体引当金の省令(計算基準)が見直されるかもしれないという制度的要因も考慮する必要がある。
こうしたさまざまな事情のため、2012年に金融庁が最終判断を下すとされているIFRSの強制適用の可否、ならびにもしも強制適用が決まれば2015年当たりから適用実施と予測されているロードマップも見直しが迫られるかもしれないと考えになる方がいてもおかしくない。
数週間前、筆者は照明の多くが消灯され薄暗くなってしまった東京・丸の内を歩いていた。筆者は田舎育ちのため、東京という都会には幼いころから強い憧れがあった。しかしながら、薄暗い丸の内は、私のそうした都会への夢をはかないものにさせた。とはいえ、福島で損壊した原子力発電所に今まで頼っていたものだったと考えると、申し訳ない気分で一杯になるのだ。
被災者の皆さんの苦難からの速やかな克服と、電力供給や物流の停滞で懸念されている日本経済の衰退からの力強い復興を、心から願ってやまない。
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