【IFRS】財務経理ビジネストレンド【1】
財務経理部員が15分で読めるクラウドの基本
IFRSプロジェクトを担当する財務経理部員にぜひ知ってもらいたいのがクラウドコンピューティングのメリットとその活用方法だ。クラウドは企業の経理処理、IFRSプロジェクトをどう変えるのか。財務経理に関連するビジネストレンドを紹介する。
世界110カ国以上で採用されており、早ければ2017年ごろには日本での導入が検討されている「IFRS」(国際財務報告基準、国際会計基準)。一方で昨今のITトレンドに外せないキーワードになってきた「クラウドコンピューティング」。これらは相互に関連し、次世代の財務経理業務を設計・運用する際に深い意味を持っています。財務経理に関係するビジネストレンドを解説する本連載の初回では、財務経理部門でのクラウドコンピューティングの利用が現実になりつつある状況を受け、IFRS対応を前提にクラウドコンピューティングを業務システムで利用する場合のポイントを解説します。なお、以下の文中における見解は特定の組織や団体を代表するものではなく、筆者の私見です。
クラウドコンピューティングって何?
まず、会計ソフトなどのソフトウェアを最初に利用するときの使い方をイメージしてみましょう。ユーザーは必要なソフトウェアをPCにインストールし、インストールしたソフトを起動して使うという手順を踏みます。ソフトウェアは手元にあるPCの中で動作するため、ユーザーはインストールの作業をしなければ利用することができません。
一方、クラウドコンピューティングでは、このようにインストールの作業が基本的に不要になります。例えば、Googleの提供するメールサービスに「Gmail」があります。このサービスを使っているユーザーであれば、WebブラウザからログオンすることでどのPCからでもメールサービスを利用できます。ソフトウェアはインターネット上で動作し、ユーザーはPCにインストールする作業を必要とせず、Webブラウザさえあればソフトウェアを利用することができるのです。
ここでいうクラウドとは「雲」のこと。コンピュータやソフトウェアがあたかも「雲」の中にあるようにユーザーはその存在を感じず、インターネット経由でソフトウェアをオンデマンド(必要なときに)利用するという利用形態を総称するものとして「クラウドコンピューティング」と呼ばれます。クラウドコンピューティングの定義には統一的なものはありませんが、一般的には
「インターネット経由で提供されるコンピュータ資源を利用すること」
を指すと考えられています。「総務省スマート・クラウド研究会」の定義を引用すると、クラウドコンピューティングとは
「インターネット等のブロードバンド回線を経由して、データセンターに蓄積されたコンピュータ資源を役務(サービス)として、第三者(利用者)に対して遠隔地から提供するもの」
です。Googleの前CEO エリック・シュミット氏が2006年に使ったのが最初といわれ、用語としての歴史はここ5年ほどの比較的新しいトレンドです。以下では、クラウドコンピューティングを用いた各種の事業サービスを「クラウドサービス」と呼びます。
クラウドコンピューティングの特徴
クラウドコンピューティングは、このように「インターネット経由で提供されるコンピュータ資源を利用すること」の総称ですが、幾つかの特徴があります。ここでも総務省スマート・クラウド研究会で用いられている特徴に基づいて解説します。
拡張性(scalability)
クラウドコンピューティングでは、ユーザーが利用する業務量に応じ、柔軟にコンピュータ資源を従量制課金に基づいて調節できます。通常は、業務用の社内サーバを調達する場合、サーバのスペック(性能)を一度決めたらその範囲内での業務利用が前提となり、利用頻度に応じて拡張するためには追加コストの負担が必要になります。一方クラウドコンピューティングでは、業務での利用量に応じてコンピュータ資源を変動させることができるので、例えば「期間限定での利用」や「検証するための限定的な利用」といった使い方が可能になるのです。ただし利用する場合のコストも変動するため、利用量の決定には注意が必要です。
可用性(availability)
クラウドコンピューティングでは、実際に作動しているコンピュータは1台ではなく、多くの拠点をまたがる多数のコンピュータで構成されます。これにより、一部のコンピュータに不具合があっても他の代替するコンピュータに処理を継続させることができるので、サービス全体が停止する可能性を小さくすることができます。
俊敏性(agility)
前述の「拡張性」に関連しますが、クラウドコンピューティングではコンピュータ資源の拡張はほとんどの場合、管理画面で設定したらすぐに反映されます。そのため事業を継続しながらサービス規模を拡大・縮小するなどが容易になっています。
計測管理性(measured service)
クラウドサービスの提供者側がユーザーのコンピュータ資源利用状況を定量的に把握できることから、ユーザーへの従量課金の理由付けが明確になり、結果としてサービスの透明性を図ることができます。
経済性(economy)
クラウドサービスの利用者にとっては、自社でサーバの調達を行わなくてすむことから初期投資が必要なく、従量制課金による利用が前提となります。この結果、サービスの費用対効果に基づいた柔軟な利用が可能になります。また、クラウドサービスの提供者にとっては、データセンターに収容した多数のコンピュータをユーザーの利用状況に応じて資源を柔軟に割り当てることで資源利用率を高め、利用コストを低下させることができます。多数のサーバを調達するコスト負担は一方で生じるものの、経済性を高めてビジネスのスケールメリットを享受することができます。
| 特徴 | 内容 | |
|---|---|---|
| 拡張性(scalability) | ・ユーザーの利用量に応じてコンピュータ資源を調節できる ・期間限定利用や目的限定利用が可能 |
|
| 可用性(availability) | ・多拠点にまたがる多数のコンピュータ上で動作する ・システムの不具合が起きてもサービス停止が起きにくい |
|
| 俊敏性 (agility) | ・サービスの変更や拡張に必要なリードタイムが短い ・管理画面からの設定結果は直後に反映される |
|
| 計測管理性(measured service) | ・ユーザーのコンピュータ資源利用状況を定量的に把握できる ・ユーザーの従量課金の根拠が明確になる |
|
| 経済性(economy) | ・ユーザーは自前でコンピュータ資源を調達する必要がなくなる ・サービス提供者は資源利用率を高めて利用コストを低下できる |
ここで、クラウドコンピューティングと従来使われていた用語との違いを整理しておきましょう。
「アウトソーシング」との違い
データセンターに配置されたコンピュータ群を社内から利用するという点はクラウドコンピューティングと共通ですが、コンピュータ群が単一・自社専用ではなく多数、多くの会社で共用される点と、従量制課金による利用が可能になる点が異なります。
「シェアードサービス」との違い
自社の情報システムをシェアード(共有)という利用形態で運用することは、これまでも行われていました。この利用形態においてクラウドコンピューティングの特徴である「拡張性」「俊敏性」や、これを持った技術要素が取り入れられていれば、実質的にシェアードサービスとクラウドサービスは同じものを指すと考えることができます。
「ASP(Application Service Provider)」との違い
アプリケーションソフトの従量制・時間貸しのサービスとしてASPは広く利用されてきました。ソフトウェアの共用という点ではクラウドサービスと同等ですが、ASPがSaaS(後述)と呼ばれる範囲にとどまるサービスであるのに対して、クラウドサービスはより広い範囲のサービスを示す概念である点が異なります。
クラウドサービスの分類
クラウドサービスは、提供するサービスの範囲によって下記のように分類できます。
IaaS(Infrastructure as a Service、イアース)
HaaS(Hardware as a Service、ハース)とも呼ばれます。設置場所や電源、ハードウェア、ネットワークが提供され、ユーザーはOS(オペレーティングシステム)、ミドルウェア、データベース、アプリケーションを自由にインストールして利用することができます。「サーバインフラの時間貸し」というイメージです。
PaaS(Platform as a Service、パース)
IaaSに加えて、特定のOS、ミドルウェア、データベースがインストールされた環境が提供されます。ユーザーは業務量を意識せずに各種アプリケーションを自由にインストールして利用することができます。「アプリケーション利用環境の時間貸し」というイメージです。
SaaS(Software as a Service、サース)
PaaSに加え、アプリケーションまで含めて提供する形態です。ユーザーは提供されたアプリケーションのインストールを行うことなく、すぐにサービスを使い始めることができます。「特定のソフトウェアの時間貸し」というイメージです。
また、クラウドサービスは利用者の範囲の違いによって「パブリッククラウド」と「プライベートクラウド」に分類することができます。「パブリッククラウド」とは、クラウドサービスのユーザーが特定の企業や団体内部にとどまらず、不特定多数のユーザーを対象にしています。「プライベートクラウド」とは、特定の企業や団体の内部での利用を想定したクラウドサービスで、イントラネットにクラウドコンピューティングの技術を利用したものをいいます。
代表的なクラウドサービス
代表的なクラウドサービスとして、以下のものがあります。
Amazon Elastic Compute Cloud(Amazon EC2、アマゾン・イーシーツー)
IaaSの代表的なサービス。Amazonが保有するITインフラを仮想的にユーザーに提供し、ユーザーはOSやアプリケーションを自由に使うことができます。2006年からサービス提供されており、多くの企業で利用されています。
Google App Engine(グーグル・アップ・エンジン)
PaaSの代表的なサービス。Googleが保有するITインフラの上で、ユーザーが作成したWebアプリケーションを自由に動作させることができます。2008年よりサービス提供され、急速にユーザー数を伸ばしてきました。
Windows Azure Platform(ウィンドウズ・アジュール・プラットフォーム)
マイクロソフトが提供するPaaSサービス。仮想的に提供されるWindows Server環境の上で、ユーザーは各種アプリケーションやサービスを構築・運用することができます。既存のWindows資産との連携が容易である点が特徴的です。
Force.com(フォース・コム)
Salesforce.comが提供するPaaSサービス。Force.comから提供される開発環境を使って、ユーザーはアプリケーションを自由に構築・運用できることができます。CRM機能に特化したSaaSとしてSalesforce CRMも合わせて提供しています。
Gmail
SaaSとして提供されるメールサービス。ユーザーは大量・高速にメールを処理できるほか、Googleの検索エンジンを用いたメールの検索機能を利用できます。
Office 365
SaaSとして提供されるMicrosoft Officeサービス。ユーザーはPCへのインストール作業をすることなくWeb上でOfficeドキュメントを作成・変更することができ、Outlookでの予定表やタスク管理といった機能を利用することもできます。
このようなクラウドサービスに加え、近年注目されているのが基幹業務システムのクラウドでの利用を想定した「クラウドERP」と呼ばれるサービスです。これはクラウド上でのERPパッケージの利用環境を提供するもので、既に商用利用が進みつつあります。ERPパッケージは社内サーバでの運用が前提となっていた時代から考え方は大きく変化しつつあります。
参考リンク:2011年は「クラウドERP」元年になる
クラウドコンピューティングのメリットとリスク
クラウドコンピューティングを利用することでさまざまなメリットを享受できる半面、クラウド特有のリスクがあります。リスクには以下のものがあります。
情報セキュリティ
クラウドサービスはインターネットを経由して利用するため、ユーザー情報を厳格に管理していないと外部からの不正な利用を許すことになります。またサービス提供者側でも適切なセキュリティ管理を行っていないと、不正アクセスによるリスクが高まります。
海外を含んだ多拠点にまたがる多数のコンピュータに自社のデータが保存されることは、他社のデータと自社のデータが同じ環境に混在して保存されることにつながります。サービス提供者側でデータ管理ポリシーに基づいた管理・運用が行われていなければ、重要なデータが漏えいする可能性があり、多くの場合ユーザーはその管理状況について確認することができません。この結果、データ漏えいのリスクは常に存在します。
サービス提供者への依存
クラウドサービスは特定企業のインフラを利用することから、そのような大規模な投資ができる少数の大企業による寡占的なサービス提供になる傾向があります。その結果、いわゆる「ベンダーロックイン」と呼ばれるような、特定企業の仕様に依存してサービスの切り替えが容易にできなくなるリスクがあります。これらのサービス提供企業が安定的にサービスを提供し続けられなくなった場合のリスクも想定する必要があります。
可用性
クラウドコンピューティングはトラブルに強いというメリットがある半面、膨大なユーザーが同時に利用することでサービスのパフォーマンスが低下するリスクがあります。これに対してユーザー側で対処できる方法は少なく、サービス提供者側のサービスレベルに依存せざるを得ないのが実情です。
クラウドサービスのベストな選び方
クラウドコンピューティングやそれらを用いたクラウドサービスを企業で利用することを検討する場合、どのような視点をもって選択・利用していくべきなのでしょうか?
基幹系システムのクラウドサービス利用は現実的か?
クラウドサービスは今のところ情報系システムでの利用が主流となっています。利用頻度や安全性を考えると、妥当な利用形態といえます。しかし前述の通り、基幹系システムをクラウドで利用する流れが出てきています。本格的に利用されていくかどうかは今のところ未知数ですが、そのような流れがあることを意識しておく必要があります。「基幹系システムの運用はクラウドでは無理」という先入観を持つことなく、どのように利用することが可能なのかを検討しましょう。
何のためにクラウドで使うのか?
社内利用にせよクラウドにせよ、企業情報システムに求められる可用性やセキュリティの要請が大きく変わるわけではありません。まず自社のシステムをなぜクラウドで使う必要があるのかを徹底的に考えましょう。そして利用環境をクラウドに変えていくことで得られるメリットが、それによるリスクを上回るものであるかどうか、慎重に吟味する必要があります。
クラウドでできること、できないことの切り分け
クラウドは万能ではありません。サービスごとに利用できる範囲の制約はありますし、24時間365日まったく停止せずに稼働させることもできません。これらの制約を踏まえたうえで、自社のどの業務に適用していくのか、その場合のリスクや回避策をあらかじめ想定して導入を検討しましょう。
このような視点を持ったうえで、まずは評価検証のための導入を行うことができるのがクラウド特有のメリットです。幸いにして利用量に応じた従量制課金であるため、費用対効果を検証しつつ利用範囲を徐々に拡大していくといった導入が可能です。まずは利用するサービスを決めて最低利用単位からスタートし、運用評価を継続しながらビジネススケールに合わせた拡張を進めていくというアプローチが効果的です。
以上、クラウドコンピューティングの基本概念について概観しました。第2回では日本でのIFRS導入におけるクラウドの活用についてポイントを解説します。
原 幹 (はら かん)
株式会社クレタ・アソシエイツ 代表取締役
公認会計士・公認情報システム監査人(CISA)
大手監査法人にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識と会計/IT領域の豊富な経験を生かしたコンサルティングに多数従事する。著書「IFRSのきほんがわかる本」をはじめ、翻訳書やメディア連載実績多数。
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