【IFRS】経理業務とExcelの深い関係【第3回】
Excelと内部統制、IFRS対応のホント
経理現場でのExcelファイルの利用で問題になるスプレッドシート統制。どのようなことに気を付ければいいのか。またExcelを使ったIFRS対応とは? 現場で気になるExcelのホントを解説する。
財務経理といえばExcel、Excelといえば財務経理。といっても過言ではないぐらいに財務経理業務とMicrosoft Excelに代表される「表計算(スプレッドシート)ソフトウェア」との関係はゆかりが深い。
この深い関係はいつから始まったのか? 財務経理業務へのスプレッドシートの活用はこれからも続くのか? 近い将来に到来するIFRS(国際財務報告基準)への対応も踏まえ、経理業務とExcelの関係について概観する。なお、以下の文中における見解は特定の組織や団体を代表するものではなく、筆者の私見です。
- 第1回記事 私たちがExcelをこれほど使う理由
- 第2回記事 誰も触れないExcelファイルがなぜ生まれるの?
スプレッドシート統制の整備運用と内部統制の関係
連載第2回では、Excelの「ブラックボックス化」とその解決方法について概観しました。
連載最終回の今回は、Excelの特性を踏まえつつ
- スプレッドシート統制の向上と内部統制の関係
- Excelで実現するIFRS対応
を取り上げ、財務経理業務におけるExcelの活用について考えてみましょう。
Excelを業務処理に使うときには、金融商品取引法における「内部統制報告制度」との関連も意識しておく必要があります。「内部統制報告制度」とは、企業におけるリスクとコントロールの観点から「財務報告につながるための業務プロセスが適正であることを保証するための自己チェックと監査」を求める仕組みで、金融商品取引法により2007年から上場企業に対して義務付けられています。その中では、内部統制の基本的要素として「ITへの対応」が特記され、業務処理を支援するITシステムにおいても一定の統制(コントロール)を整備・運用することも求めています。
具体的には
- IT全般統制(IT General Control、ITGC)
- IT業務処理統制(IT Access Control、ITAC)
の2つについて、「経営者自身による評価」と「外部監査人による監査」を実施する必要があります。
IT全般統制とは、財務情報の信頼性に直接関連する業務処理統制を有効に機能させる環境を実現するための統制活動です。「システムの開発、保守に係る管理」「システムの運用・管理」「内外からのアクセス管理等のシステムの安全性の確保」「外部委託に関する契約の管理」からなります。
IT業務処理統制とは、業務を管理するIT において、承認された業務が全て正確に処理、記録されることを確保するために業務プロセスに組み込まれた統制活動です。「入力情報の正確性や完全性の保証」「エラーの修正と再処理」「マスターデータの維持管理」「システム利用時認証などのアクセス管理」などがあります。
ここでは、Excelに代表される表計算(スプレッドシート)ソフトに関連した業務処理統制である「スプレッドシート統制」について解説します。
いわゆるEUC(エンド・ユーザー・コンピューティング、End-User-Computing)の普及によって、ユーザー自身がプログラムや自動化された処理を活用する局面が拡大しました。Excelのようにプログラミングの知識をほとんど要しないツールが広く普及することで、EUCを後押しする風潮が大きく広がりました。
一方で、財務経理業務にスプレッドシートを活用することにより起きる特有のリスクには注意が必要です。経済産業省が2007年3月に公表した「システム管理基準 追補版(財務報告に係るIT統制ガイダンス)」では、
「スプレッドシート等については、開発の手順をふまずに個人が利用している。スプレッドシート等は、手軽な反面リスクを併せ持っている」
とし、財務報告業務においてスプレッドシートを使用することのリスクを以下の5つの点で説明しています。
(1)スプレッドシートで作成した表や数式の作成者と利用者が同一の場合、作成された表計算ソフトやマクロを第三者が検証していないと不正や計算式の誤りなどが見逃される(第三者による検証)
(2)スプレッドシートではプログラムされた内容が文書として記録されず、不明になる(変更管理)
(3)スプレッドシートはアプリケーション・システムに比べるとバックアップが十分でなく、データが失われる(バックアップ)
(4)スプレッドシートは財務経理担当者のPCが利用されることが多く、アプリケーション・システムに比べると、アクセス制御が十分でないことがある。このような環境では、財務報告にデータの改ざん、消失が生じる(アクセス制御)
(5)スプレッドシートの処理結果について、計算結果等の検証が適切になされないと処理結果としての財務報告に誤りや虚偽が発生する(ビジネスロジックの検証)
このようなリスクを軽減するためにスプレッドシートについて整備・運用するべき統制(スプレッドシート統制)として、例えば以下のものがあります。
| リスクの例 | 統制の例 | |
|---|---|---|
| 財務担当者が利用するスプレッドシート等で、財務情報の処理が適正に実施されていないため、結果が信用できない | スプレッドシート等の完全性、正確性、正当性に関する方針と手続が存在し、これに従っている | |
| 承認を受けないスプレッドシート等(PC等のIT基盤を含む)で、財務報告が行われると、虚偽記載の可能性がある | 承認を受けたスプレッドシート等(PC等のIT基盤を含む)を利用する | |
| スプレッドシート等では誤処理や改ざんが起こりやすい | スプレッドシート等についてプログラムの内容が文書化されており、処理の完全性、正確性、正当性がチェックされている | |
| スプレッドシートとデータ等がPCの故障等で損壊し、財務報告を適切に行えない | スプレッドシートやデータ等はバックアップを取り、安全に保管する | |
| スプレッドシートとデータ等が無断で変更され、誤った財務報告が行われる | スプレッドシートやデータ等は、アクセス制御により、不正アクセスによる改ざんや許可のない利用から保護されている |
上記のリスクのうち、特に「バックアップ」「アクセス制御」「変更管理」については特別な対応が必要になります。
バックアップにおいては、いかにローカルデータ(PC内のハードディスクなどに保存されたデータ)を定期的にバックアップできる環境を作るかが課題になります。社内外に散在するPCの全てのデータについてバックアップを確実に行うのは容易ではありません。そこで、ファイルサーバなどで一元管理して定期的なバックアップを取る方法が一般的になりますが、社外からのアクセスがしにくい点やローカルデータに比べてアクセス速度が落ちる点などのデメリットがあります。またExcelファイルをメールで添付する操作は日常的に行われますが、流れてしまったメールの履歴を保全する手段も検討しておく必要があります。
アクセス制御においては、ファイルセキュリティや権限管理の面での検討を行います。ローカルデータの場合、作成したExcelファイル自体にパスワード設定をすることが有効ですが、パスワードの管理が作成者自身に委ねられてしまうことや、全てのファイルにパスワードを設定することで業務効率が下がる点などから、全面的な解決策とはいいがたい面があります。Excelファイルを財務経理部門内のファイルサーバなどで一元管理・運用する場合には、共有フォルダのセキュリティを強化することで有効なアクセス制御を実現できます。
変更管理においては、何らかの方法で作成・更新されるExcelファイルの履歴を保存しておく必要があります。システム開発においては「Concurrent Versions System」 (CVS)や「Apache Subversion」などの変更管理ツールを使うのが一般的ですが、財務経理業務でこのようなツールを導入するのは環境構築が煩雑なことや変更管理ツールがExcelファイルのようなバイナリ情報(テキスト情報のように人が識別できる情報ではなく、コンピュータのみが識別できる情報)の運用に不向きであることから、その利用は限定的になります。
いずれにしても、まずは社内に散在しているExcelファイルのうち財務報告に関連するファイルを棚卸してみましょう。それらに必要なコントロールが設定されているかどうかを検証し、設定されていないものについては上記のバックアップ、アクセス制御、変更管理についての対応を検討してみてはいかがでしょうか。
財務報告に係る内部統制の評価においては、Excelで作成されたファイルで行う計算処理の正確性や運用ルールについて、監査人からもある程度意識されます。監査の観点からは保守性の高い(検証可能性の高い)ワークシートを作成するよう心掛けておくのが肝要です。また、監査人はそもそもスプレッドシートそのものによる業務処理を好まない傾向があるため、スプレッドシートそのものの利用をやめる、社内システムに機能を統合するなども検討してみる余地がありそうです。
財務経理業務におけるクラウドとExcelの位置付け
米マイクロソフトが2012年秋にリリース予定の「Office 2013」では、原則としてクラウド上にデータを保存する同社の方向性が明確になりました。これまでローカルデータ(PC内のHDDなど)にデータを保存していたExcelの考え方は、今後はクラウドにおけるデータ管理へと急速にシフトしていくことが予想されます。そのため、Excel資産を中心とする社内データをどのような環境で維持管理していくかという点も併せて考慮する必要があります。特に前述したバックアップ、アクセス制御、変更管理への対応においては、クラウドにデータを保存することで考え方が大きく変化するため注意が必要です。
また、会計システムを含む基幹業務システムもクラウドコンピューティングへのシフトが進んでいます。基幹業務システムのデータをインターネット上に保存することのリスクがありますが、利便性とセキュリティとのバランスに鑑み、今後はクラウドにデータを保存することを標準として業務プロセスを検討する局面が増えていくものと予想されます。
Excelで実現するIFRS対応
これまで述べたように、Excelは内部統制対応を行う必要も出てきている一方で、非常に便利なため、今後も財務経理部門の主要なツールとして活用されていくことでしょう。その中でも、IFRS(国際財務報告基準)への適用を見据えてExcelの活用範囲を見極めていく必要があります。IFRSは日本では早ければ2017年ごろから全ての上場企業に適用される可能性があるため、いざ強制適用となったときに混乱しないように、Excelの利用においてもその方向性を明確にしておきたいところです。
具体的には
- どの範囲までをExcelで対応し、どこまでを基幹業務システムで対応するのか
- Excelで対応していた業務を会計システムに移管するのはどのタイミングで行うか
- Excelで対応し続ける業務についてどのような統制対応を取るか
を明確にしましょう。
IFRSに対応した財務報告プロセスを検討する際には、手作業による業務プロセスと自動化された業務プロセスを切り分けます。自動化された業務プロセスを検討する中で、Excelを活用する場面と基幹業務システムを活用する場面にさらに切り分けていきます。
システム化範囲を検討するに当たっては、全てを自動化することを前提とはせず、自動化することでメリットが出る局面を切り出してシステム化するかどうかを判断します。例えば固定資産管理業務においては、以下のビジネスロジックの検討が必要になります。
- 目的別の固定資産台帳管理(複数台帳管理)
- 財務報告目的と税務目的の償却計算の使い分け
- 再評価モデルに基づく償却計算
- 減損の戻し入れ
これらの検討の中で、当初はExcelで計算処理を行い、その後順次基幹業務システムに組み込んでいくものとそうでないものを切り分けていきます。
また連結決算業務においては、子会社に配布する決算書情報の入力シート(連結パッケージ)の収集においてもExcelが活用されています。IFRSへの移行に伴う業務プロセスを検討する際も、運用については変更せずに行うことが考えられるでしょう。その場合でも、前述の内部統制の観点からバックアップ、アクセス制御、変更管理について、対応を検討しておく必要があります。
以上、経理業務とExcelの関係について概略を説明しました。財務経理業務におけるExcelの存在感が低くなることは当面はなさそうですが、その使われ方はこれからのITトレンドを受けて大きく変更することになりそうです。自社業務に最適なExcelの使い方を見極め、利便性と安全性を両立できる業務利用を進めていきましょう。
原 幹 (はら かん)
株式会社クレタ・アソシエイツ 代表取締役
公認会計士・公認情報システム監査人(CISA)
大手監査法人にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識と会計/IT領域の豊富な経験を生かしたコンサルティングに多数従事する。著書「IFRSのきほんがわかる本」をはじめ、翻訳書やメディア連載実績多数。
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