社員教育を無効化する最凶の攻撃手法
情シスの死角を突く「閲覧即感染」 Zimbra脆弱性を狙う国家主導のサイバー工作
ロシア系APT「Laundry Bear」が、メール閲覧のみで感染するゼロクリック攻撃を激化させている。AIを活用した巧妙な手口は従来のセキュリティ教育を無効化し、企業の機密情報を執拗に狙う。防御モデルの転換が急務だ。
ロシア政府との関連が強く疑われる新興の脅威アクターが、欧米の組織を標的にしている。彼らは「ゼロクリック」フィッシングという斬新な攻撃手法を使い、メールプラットフォームの侵害とネットワークへの持続的なアクセスの獲得を狙っている。
英国国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)は、ファイブアイズのパートナー諸国や欧州各国の機関と共同で、この新たな脅威を「Laundry Bear」と名付け、警戒を呼びかけている。同グループは既に、防衛、教育、エネルギー、政府、法執行機関、メディア、非政府組織(NGO)など、多岐にわたる分野の組織から機密データを盗み出すことに成功している。
このアドバンスド・パーシステント・スレット(APT:持続的標的型脅威)グループは、2024年ごろから活動を開始したとみられる。彼らが開発した「beehive(ビーハイブ)」または「Ulej(ウレイ)」と呼ばれるゼロクリックの脆弱性悪用手法は、メールソフト「Zimbra Collaboration Suite(ZCS)」を標的にしている。NCSCによれば、この手法はまずウクライナの標的でテストされた後、欧米諸国へと向けられた。これは諜報活動特有の動きであり、Laundry Bearがロシア当局の支援を受けていることはほぼ確実だという。
脆弱な技術を狙う冷酷な適応
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NCSCの最高執行責任者(COO)を務めるベス・ホプキンス氏は、次のように述べている。「今回のキャンペーンは、敵対者が欧米の組織から機密情報を盗むという目的のため、いかに冷酷に手法を適応させ、脆弱な技術を悪用するかを示している」
NCSCは国際的なパートナーとともに、公開されたアドバイザリ(注意喚起)にあるゼロクリック手法を把握するよう、各組織に強く求めている。この手法は他のプラットフォームにも悪用される恐れがあるので緩和策の実施が必要だ。NCSCはロシア国家が支援する悪質な活動の告発を継続する方針で、オンラインアカウントの保護強化など、レジリエンス(回復力)を高めるためのガイダンスに従うよう呼びかけている。
攻撃手法の変遷とAIの関与
Laundry Bearの活動は2025年5月にさかのぼる。当時オランダ当局は、Microsoft Exchangeを狙う一連の悪質な活動について警告を発した。この活動では、正規のAPIを悪用して大量のデータを持ち出していた。当初は欧州の防衛・安全保障サミットの登録サイトを装った偽サイトを利用していた。
しかし、2025年7月ごろから同グループは、より高度な技術によるフィッシング手法へとシフトした。それが独自開発したbeehive手法だ。NCSCの分析によれば、この手法を実現するためのコードベースの作成にはAIツールが使われた可能性がある。
閲覧するだけで侵害される「最悪のシナリオ」
以前のMicrosoft製品を狙った攻撃とは異なり、beehiveはユーザー側の操作を一切必要とせずにメールへの継続的なアクセスを可能にする。通常のフィッシングでは、被害者がリンクをクリックしたりファイルを開いたりする必要があるが、今回は脆弱なバージョンのZCSWebメールで悪意あるメールを「閲覧」するだけで侵害が成立する。
この手法は、ZCSの「クラシックUI」に存在する「CVE-2025-66376」という脆弱性を突くものだ。蓄積型のクロスサイトスクリプティング(XSS)と呼ばれる欠陥で、HTMLメール内にあるCSSの「@import」という命令を悪用する。
Zimbraは2025年11月にこの脆弱性の修正パッチを公開した。NCSCは未適用の全ユーザーに、即座のパッチ適用と緊急のネットワーク監視を求めている。
人的ファイアウォールの限界
NCSCは、CVE-2025-66376自体はZCS固有の欠陥だが、beehiveの手法自体は他の脆弱性にも容易に転用できると警告している。ZCSの修正が進むにつれ、同グループは別のメールシステムに標的を移す可能性が高い。
サイバーセキュリティ企業Huntressのセキュリティ運用シニアマネジャー、ドレイ・アガ氏はこう指摘する。「この悪用手法は防御側にとって最悪のシナリオだ。ゼロクリック、つまりメールを見るだけで侵害が引き起こされるからだ。これは従来の従業員向けセキュリティ教育を完全に無効化する」
国家が支援するハッカーは、被害者が一切ミスを犯さなくても、機密通信への「見えないバックドア」をひそかに設置できる。アガ氏は「多層防御が推奨されるのはこのためだ。人間のセキュリティ層が突破されても、技術的な防御層が食い止められる」と説明する。組織はもはや、スタッフを「人的ファイアウォール」として頼るべきではない。迅速なパッチ適用と技術的な多層防御こそが、現代の国家支援型脅威に対する唯一の安全網となるのだ。
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