「iPad Air」と「iPad mini Retina」、タブレット授業のプロはどちらがお好き?:iTeachersイベント「Teacher's Night」リポート【後編】
授業で役立つのはiPad Airか、それともiPad mini Retinaか。大規模公開オンライン講座(MOOC)や反転授業がもたらすインパクトは。「Teacher's Night」のトークセッションから探る。
前編「iPad授業のプロが選ぶ、学校で使える“神ツール”8選」に続き、教育現場へのIT活用を実践する教育者チーム「iTeachers」が2013年12月、大阪・心斎橋のアップルストア心斎橋で開催した教育関係者向けイベント「Teacher's Night」の様子をリポートする。後編では、イベントの最後を飾ったトークセッションの内容を紹介。「MOOC」「反転授業」といった教育ITを取り巻く最新キーワードについて、登壇者が議論した。
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議論1: 授業で使うならiPad Air? それともiPad mini Retina?
米Appleが2013年11月に発売した2種の最新タブレット、「iPad Air」と「iPad min Retina」。画面サイズはiPad Airが9.7インチ、iPad mini Retinaが7.9インチとiPad Airの方が大きいものの、重さはWi-Fiモデルの場合、iPad Airが469グラム、iPad mini Retinaが331グラムとそれほど変わらない。iPad Airの1世代前に当たる第4世代iPadは652グラムもしたことと比べると、重さはiPad AirとiPad mini retinaの選択を分ける重要な要素ではなくなったといえる。さらに、プロセッサは双方とも64ビットの「A7」を備えるなど、処理能力でもほぼ違いはない。
そこで焦点となるのは、やはり画面サイズだ。トークセッションでは、iPad Airを推す登壇者が多かった。ドイツ語の講義でiPadを活用している大阪大学 全学教育推進機構 教授の岩居弘樹氏は、「画面が大きい方が文字が見やすく、教員にとっても学生にとっても使いやすい」と、iPad Airを評価する。
教育現場へのIT活用に詳しく、小学生2児の母でもあるフリーランスライターの神谷加代氏も、画面が大きいiPad Airの方が学習には適すると評価する。「画面が小さいと、子どもが1人の世界に入り込んでしまう恐れがある。友人や知人が家に遊びに来たときに、皆でのぞき込めるぐらいの画面サイズが必要なのではないか」(神谷氏)
授業用のiPadを生徒自身に購入してもらっているものの、これまでのところiPad miniの利用は認めていないという広尾学園 中学校・高等学校。同校の教務開発部 統括部長である金子 暁氏は、「保護者から『iPad miniではだめなのか?』という意見が出たことがある」と明かす。だが金子氏は、持ち歩きの容易さを考慮しても、「学校で実用的に活用できるのは、iPad miniではなくiPadだ」と強調。iPad AirとiPad mini Retinaの2択でも、iPad Airを選択する。「最初にiPadを見たときにイメージしたのが、机の上にノートとiPadが重ねられたシーンだった」と語る金子氏は、学校で利用シーンが自然にイメージできるタブレットの画面サイズは7.9インチではなく、9.7インチだと考える。
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画面が小さいiPad mini Retinaは、教育現場では役に立たないのか。岩居氏は、当然ながら「持ち歩くことが多いのであれば、より小型なiPad mini Retinaの方がよい」と指摘する。モデレーターを務めた教育ICTコンサルタントの小池幸司氏も、「講師がタブレットの画面をプロジェクターに映写するといった用途では、小さい方が当然軽いし、持ち運びしやすい」と、iPad mini Retinaが役立つシーンはあると説明する。実際、小池氏が務める学習/進学塾の俊英館では、講師がiPad miniを授業で活用している実績がある(参考: iPadで授業を変えた学習塾、「板書時間」から「考える時間」へ)。
議論2: MOOCが加速する「オープンエデュケーション」の可能性は?
教育機関がインターネットなどを利用し、講義や教材を社会へ公開する「オープンエデュケーション」。このオープンエデュケーションの具体例として国内外で動きが活発化しているのが、講義の公開に加えて履修証明も発行する「大規模公開オンライン講座(MOOC: Massive Open Online Course)」である。国内でも2013年10月、MOOCの普及を図る「日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)」が発足するなど、急速に注目度が増しつつある。
「海外の大学の教員の授業を見て、Facebookなどのソーシャルメディアで教員と交流し、いずれは海外の学校に行く――。こうした生徒が増えてくれたら、という期待がある」と、金子氏はMOOCの可能性を評価する。
岩居氏は、「MOOCは試みとしては面白い」と期待を込めつつ、MOOCの普及が大学や教員へ及ぼす影響を指摘する。「学生は、自分の大学の講義よりも、MOOCの講義の方が面白いと思えばMOOCへ向かう。大学の経営者側としても、MOOCを使えば、人材を雇わずに良質の講義を低コストで利用できると考える可能性がある。今すぐ教員がクビになるわけではないが、大学の教育が変わる可能性がある」
インターネットへの接続環境さえあれば自由に学べるMOOCは、部分的に見れば学校の存在を代替する存在だといえる。ただし、学校には授業以外にもさまざまな役割があることも事実だ。「学校は勉強だけではなく、友人や教員との出会いがある場。こうした機能は、MOOCでどう実現できるのかは見えてこない」と、神谷氏は指摘する。
MOOCの普及は、リアルな学校や教育の在り方をあらためて考える好機にすべきというのが、登壇者全員の共通認識だ。「MOOCによって、学校が教育により関心を向けるようになり、教育が変わるきっかけになったらいい」と、岩居氏は期待を込める。小池氏は、「リアルでできることは何かに注目することが、今後の教育をさらに良くすることにつながる」と強調する。
議題3: 「反転授業」の活用の鍵は?
動画教材などを利用して生徒が家庭で予習し、授業では予習内容を踏まえた応用問題を解いたりディスカッションをしたりする「反転授業」。佐賀県武雄市が2013年11月から小学校での試験導入を開始するなど、国内の教育機関でも導入を模索する動きが広がりつつある。
反転授業では、教科書や参考書を使った従来の予習とは異なり、上述したMOOCなどにある動画教材を予習段階で活用し、生徒の理解度を深めて授業に臨むスタイルが一般的だ。こうした学習スタイルは、米国では「非常に身近な存在だ」と神谷氏は指摘する。「米国の中学や高校では、例えば数学の宿題で動画を見てくるのは当たり前になっている」(同氏)
「新しいものがやってきて、何かを変えようとする力が働くのはいい」と、反転授業に一定の期待を示す岩居氏。ただし「小学校から高等学校の主要5教科で、一斉に反転授業をやるのは無理があるのではないか」と語る。「『1本10数分の動画を5教科分見てくるように』とか、『1回見ただけでは分からないから、繰り替えし見てくるように』などといわれても、児童も生徒もしんどいはず。大学でも、予習するのが当たり前にもかかわらず、やってこない学生もいる。これが反転授業になったからといっても、状況はそれほど変わらないのではないか」
採用に向けて真剣に検討を進める動きがある一方で、話題先行の感もある反転授業。金子氏は、「『話題になっている』という理由だけで反転授業を活用するのは避けるべきだ」と警笛を鳴らす。「日本の今までの学校現場では、新しい学習法が登場すると飛びつき、別の学習法が出るとそちらに移るといったことを繰り返してきた。結局、何も根付いていないのが現状なのではないか」と指摘する。
ただし金子氏は、「今までの伝統的な学習スタイルだけでよいとは思わない」とも語り、「従来の学習スタイルを生かしつつ、そこに部分的に反転学習的な要素を取り入れるといった、無理のない形で取り組むべきではないか」と提案する。
反転授業を採用する場合でも、「授業や講義を受ける人のモチベーションに応じて、教え方を変えることも選択肢となる」と、小池氏は提案する。小池氏は、社会人向けの専門スクールであるデジタルハリウッドと、4年生大学であるデジタルハリウッド大学の双方で講師を務める栗谷幸助氏の取り組みを説明。栗谷氏は、学習意欲が高い社会人向けの講義では反転授業を展開し、大学生には講義中に動画を見せるようにしているという。
反転授業の導入に踏み込む際は、家庭での動画閲覧環境の整備など、保護者への影響も大きくなる。神谷氏は、「自分の子どもが『動画を見てくるのが宿題だ』と言われたときに、保護者は何をどこまで変えなければいけないかをイメージしにくい。教員との協力が不可欠だ」と指摘する。
MOOCにしても反転授業にしても、単に話題だから採用するのでは意味がない。ただし、授業や講義の目的を達成するために、こうした新しい手法を取り入れたいと考えるのであれば、既存の授業や講義に部分的に取り入れたり、既存の授業方法と併用したりと、無理なく利点を生かす工夫が求められそうだ。
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