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ERPのモダナイズで製糖会社は「SAPのライセンス問題」とどう折り合いをつけたのかレガシーなERPシステムからの脱却【後編】

製糖会社Florida CrystalsはSAPのERPシステムを最新化するに当たり、「RISE with SAP」か「Bring Your Own License」(BYOL)のどちらを選ぶかという問題に直面した。判断の決め手は何だったのか。

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 製糖会社Florida Crystalsは、老朽化したシステムとビジネスプロセスのモダナイズに取り組んだ。具体的には、1996年ごろから利用しているSAPのERP(統合業務)システムを、Amazon Web Services(AWS)のパブリッククラウドで稼働する「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)に移行する計画を立てた。Florida Crystalsで稼働中のS/4HANAは、同社と契約するコンサルティング会社Lemongrass Consultingが運用管理を請け負っている。Lemongrass Consultingは、パブリックラウドで稼働するSAP製品・サービスの運用を専門とする企業だ。

 Florida Crystalsでバイスプレジデント兼CIO(最高情報責任者)を務めるケビン・グレーリング氏は当初、ERPシステムのクラウドサービス移行を支援するSAPのサービス群「RISE with SAP」の利用を検討していた。しかしLemongrass Consultingが提案したのは、所有済みのSAP製品ライセンスをAWSで利用する「Bring Your Own License」(BYOL)だった。Florida CrystalsがBYOLに目を向けたポイントは何だったのか。

システム移行に付きまとう「ライセンス管理」の問題

 検討時に懸念事項として挙がったのは、RISE with SAPは当時まだ非常に新しい存在だったことだ。SAPのサブスクリプションモデルを契約した場合、将来もライセンスを使い勝手の良い形で利用し続けられるのかどうかという点は、Florida Crystalsにとって定かではなかった。「5年契約を結んだ後に良い結果を得られなかった場合、途中で契約を終了するのは非常に難しい。大抵の場合、ライセンス資産を放棄しなければならなくなる」とグレーリング氏は説明する。

 そこでFlorida Crystalsは、20年以上前に取得したSAPのライセンス資産を維持しながら、AWSのサービス導入と運用、「SAP Basis」(SAPシステムのミドルウェアコンポーネント)の運用をLemongrass Consultingに委ねることにした。一方でFlorida CrystalsはSAP Basisの専門知識を持つ経験者を数人雇用した。「SAPシステムの運用に力を注ぐ必要はないが、運用面での疑問や問題が発生したら、その解決法を知るために専門知識が必要になる。何が起こっているのかを知り、事態を理解し、戦略的な合意を形成しなければならないためだ」とグレーリング氏は語る。

 ERPシステムのインフラをパブリッククラウドに一元化するプロジェクトの開始前、Florida Crystalsは3つの異なるSAP製品・サービス用インフラを抱えていた。1つ目はVirtustreamの仮想プライベートクラウドで運用するS/4HANA(バージョン1709)。2つ目は、Virtustreamのクラウドサービスで稼働するレガシーERP「SAP Business Suite on SAP HANA」。3つ目はベリーズの製糖工場で運用していた「SAP Public Cloud ERP」だ。クラウド統合プロジェクトは、2段階に分けて進行した。まずS/4HANA(バージョン1709)のインスタンスをVirtustreamの仮想プライベートクラウドから、Lemongrass Consultingが管理するAWSインフラに移行し、最新バージョンのS/4HANAにアップグレードした。その次にBusiness Suite on HANAおよびSAPのパブリッククラウドをAWSインフラに移行し、それらのビジネスプロセスをS/4HANAのデータモデルに合うように修正した。

 レガシーなSAP製品・サービスからS/4HANAへの移行に付きまとう大きな課題は「データモデルの違いだ」とグレーリング氏は語る。「財務の統制や一元管理をする機能はそれほど変わらないが、データの移行とデータモデルの違いはプロジェクトにおける最も複雑な部分だった」と同氏は話す。同氏によると、特にパブリッククラウドに移行する場合、例えばパブリッククラウドとERPシステム「SAP ERP Central Component」(SAP ECC)のデータモデルは大きく異なるため、移行作業は複雑になりやすい。

 AWSに移行したことで、Florida CrystalsはVirtustreamの仮想プライベートクラウドと比較して運用コストを最大3倍削減できた。システムをカスタマイズするコストと複雑さも軽減できたという。

 Florida Crystalsのビジネスプロセスは比較的シンプルで、消費者向け製造業の一般的なプロセスと大きな違いがなかった。そのためグレーリング氏は、ソフトウェアのカスタマイズには着手しなかった。「カスタマイズをしなければ、DX(デジタルトランスフォーメーション)の真価である『選択』に集中できる――つまり、ソフトウェアが提供する機能をそのまま使用して、業務の効率と効果を上げることに専念できる」と同氏は語る。

ERPはサステナビリティ向上の要に

 Florida Crystalsはサステナビリティ(持続可能性)の向上と、サトウキビの栽培から精製、製品化までに使用するエネルギー量の削減に力を注いでいる。その一環で同社は「Project Evolution」という取り組みを開始した。これは農産物取引およびリスク管理に関するプロジェクトで、砂糖の原料である粗糖の生産、精製器から精製所への移動、粗糖の現物契約、エネルギー使用に関する契約と責任を明文化する。

 「Project Evolutionは大掛かりなビジネスプロセスの変革で、私にとって最後の大仕事になる」とグレーリング氏は語る。手作業の古い業務プロセスとシステムを多数置き換えることになるためだ。

 Florida Crystalsは製造工程の一本化も計画している。具体的には、製造工程の上流では原材料の購入や配送およびパッケージングと、下流ではサプライチェーン、経理、人事と生産管理システムを連携するという。新しいERPシステムが、高度な機能を備えた最新の運用基盤で稼働するようになったため、IT部門はこうした変革をたやすく進められるようになった。

 グレーリング氏によると、製造技術分野には投資やベンチャーキャピタルが集まってきており、技術革新が進んでいる。Florida Crystalsはそれらの技術を取り入れて、IoT(モノのインターネット)と予知保全の観点から、包装ラインや精製資産(原材料を加工してより純度の高い製品を生産する設備やプロセス)を改良するための取り組みを進めているという。「この取り組みで構築しているものは、すぐにERPシステムと連携できる。当社のERPシステムはそれだけモダンかつシンプルになったと自負している」(同氏)

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