エンジニアにクラウド費用を“わが事化”してもらう「ゲーミフィケーション」:財務部門との「対立」を終わらせる
財務部門とエンジニアの間には、予算を巡る深い溝がある。この対立構造を打破し、エンジニアが費用削減を自分の仕事と捉えて「楽しい挑戦」に変える「ゲーミフィケーション」とはどのようなものか。
IT部門と財務部門、事業部門が連携してクラウドサービスの料金管理に取り組む「FinOps」において、最大の課題はツールではなく「人」にある。エンジニアはクラウドサービスの利用料金を削減する上で鍵となるが、その大半は財務的な結果に関心を払っていない。エンジニアはクラウドサービスの費用削減に関するスキル不足に悩まされつつ、財務部門から厳しい予算制約を課されている。同時に、開発スピードや機能の実装といったビジネスの優先事項を満たすための作業を強いられているのが現状だ。
こうした部門間の摩擦は企業の利益率に大きな影響を及ぼす可能性がある。社内のワークフローと収益性におけるエンジニアの役割に対して、エンジニアの当事者意識を取り戻させることは、健全な職場文化を築き、部門をまたいだ効率的なワークフローを維持し、収益性を保つ上で不可欠だ。
この課題に対処するため、ゲームの仕組みをビジネス戦略に取り入れる「ゲーミフィケーション」が新たなトレンドとして浮上している。
財務部門とエンジニアリング部門が手を取り合うためには
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FinOpsの活用
ゲーミフィケーションは、スコアカード(目標達成度を数値化して評価するシート)、ベンチマーク、チームのリーダーボード(順位表)といったゲームの仕組みをビジネス戦略として応用するアプローチだ。エンジニアのモチベーションを高めてアカウンタビリティー(結果に対する責任感)を促進し、クラウドサービスの費用管理を財務実績改善のための「共有目標」に変えることに貢献する。
財務部門とエンジニアリング部門の間の摩擦は、新しい問題ではない。財務部門は予算通りの運用や支出の管理を優先させる。一方でエンジニアリング部門は、必要に応じてクラウドサービスのCPUやメモリ、ストレージなど(クラウドリソース)を増減させることができる自由度や、開発スピードを求める。クラウドサービスの利用料金に関しては、これらの考え方の違いがしばしば目標の不一致を招いてしまう。エンジニアは財務部門が作業を妨げていると感じ、財務部門はIT関連の無駄な支出を最小限に抑えようとする。
一部のエンジニアは、クラウドサービスの使い過ぎの原因が部門間の「断絶」にあると考えている。無駄なIT関連支出が発生するのは「部門間の協力関係の欠如」にあり、費用最適化を「職務記述書の範囲外の作業」だと見なしている人もいる。
ゲーミフィケーションは、ゲームの楽しい要素を業務に適用することで、部門間の関係性を再構築するのに役立つ。エンジニアに支出データの可視性を提供し、費用最適化をエンジニアリング部門の「挑戦」へと変えることで、財務部門とエンジニアリング部門は対立的な関係から協力的な関係に移行できる。
財務部門がトップダウンで費用削減を命じても、エンジニアは無視しがちだ。ここにゲーミフィケーションを持ち込めば、エンジニアは「自分の決定がどう利益につながるのか」を可視化し、その影響をゲーム感覚で確認できるようになる。これによって、エンジニアは結果に対する当事者意識を持ち、自ら行動を起こすようになる。
企業の文化を変えることは容易ではないし、上層部の支援がなければ優れた取り組みも頓挫しかねない。だがリーダーが後ろ盾になり、小さなインセンティブ(報酬)を一貫してエンジニアに与え続ければ、エンジニアの行動の変革は大きく前進する。エンジニアは本来、継続的な改善によって成果を上げることを得意とする集団だからだ。
ゲーミフィケーションに役立つツール
FinOpsでのゲーミフィケーションには、サービスごとの料金を示すダッシュボード、予算順守状況を可視化する部門単位のスコアカード、費用最適化の成果を比較するためのリアルタイム更新リーダーボードといったツールが活躍する。これらのツールによって、エンジニアは財務指標を直感的に把握できるようになり、ゲームの要素を業務に取り入れられる。
エンジニアリング部門には、単なる金銭の大小ではなく、クラウドリソースの利用効率のスコアを向上させることや、処理性能当たりの費用を改善することを競い合う文化が生まれる。エンジニアリング部門のリーダーは、データに基づいて優秀な成績を収めたメンバーを称賛したり、創造的な最適化を評価したりできる。革新的な費用削減のアイデアを見つけるために、クラウドサービスの利用料金に関するハッカソン(短期集中でアイデアの成果を競い合うイベント)を企画することも可能だ。
こうした活動は、1日あるいは1カ月かけて実施する「ゲームデー」(集中対策期間)へと発展させることもできる。この期間中、エンジニアリング部門は上から強制されるのではなく、自分たちが関心を持てるやり方でFinOpsを業務に組み込むことに専念する。これによってエンジニアは費用削減を、システムの性能チューニングやソースコード品質の向上と同じように捉えるようになる。クラウドサービスの費用削減を、客観的に測定して改善を重ね、自らの技術力で「攻略」すべき対象として捉えるようになるのだ。
重要なのは、ゲーミフィケーションが勝者と敗者を生み出すことではないという点だ。目標は、費用管理を部門横断的な共有責任に変えることにある。チームの一員として歓迎され、成果が報われると感じれば、エンジニアは自ら進んでコストを適正に管理するようになる。
「FinOps as Code」の促進
エンジニアに費用意識を定着させる効果的な方法が、FinOpsをソースコードのように扱うことだ。費用に関するデータが特別な目標ではなく、開発における「1つの指標」として扱われるようになれば、エンジニアはその数値に向き合いやすくなる。
ゲーミフィケーションは、エンジニアの日常的な作業プロセスにクラウドサービスの費用に関する情報を組み込むことで、費用意識の定着を後押しする。予算に上限を設けた「Infrastructure as Code」(IaC:インフラの構築や設定をソースコードとして記述して管理を自動化する手法)のソースコード作成、テスト後に不要になったサーバのクリーンアップといった行動が、自然に促されるようになる。
これらの活用事例を創出することで、企業は「FinOps as Code」(費用管理のルールをソースコードとして記述し、システム的に適用する手法)の考え方を採用できる。社内の他部門と成果を比較する文化が根づけば、エンジニアは競争力を維持しようと自発的に工夫するようになる。その結果、費用対効果が高いシステムを目指す設計が「当たり前の習慣」として定着する。
積極的なライツサイジング(実際の使用量に合わせたサーバの最適化)、古いアプリケーションの削除、非本番環境のアプリケーションを営業時間後にシャットダウンする設定といった施策に対して、実施者に報奨を与えることも可能だ。これらの習慣を開発ライフサイクルに組み込むことで、企業は機敏性を犠牲にすることなく、クラウドサービスの無駄な料金を削減できるのだ。エンジニアにとっても費用最適化が利益になり、FinOpsが加速する。
効率性と妥協のない実現
「われわれの目的はツールを導入することなのか、それともツールを使って行動を変えることなのか」。エンジニアリング部門のリーダーは、こうした問いを自身に投げ掛ける必要がある。
ゲーミフィケーションは万能な解決策ではない。オープンなフィードバックを繰り返し、ゲーミフィケーションが部門の業務を妨げるのではなく、助けていることを確認することが成功の鍵だ。適切なゲーミフィケーションはエンジニアを巻き込み、部門同士を連携させ、費用削減を楽しい仕事に変える強力な手段になり得る。どうせ最適化をしなければならないのであれば、楽しみながら実行できる方がよい。
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