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良かれと思った「IT人材教育」が“現場崩壊”と“離職”を招く残酷な理由企業の実態に見合わぬ教育の代償

IT人材不足で「社内育成」が急務だが、足元の環境を無視した投資は、コストの無駄遣いどころか貴重な人材の「流出」すら招く危険がある。なぜスキルアップが組織の課題になってしまうのか。

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CIO | IT部門 | 人事


 IT部門には今、従来のシステム管理に加え、業務の自動化やAI(人工知能)活用など、かつてないほど高度なスキルが求められている。即戦力となるIT人材を外部から採用できれば理想的だが、獲得競争は激化の一途をたどり、資金力のある企業でなければ採用は困難だ。

 そこで多くの企業が「既存社員の再教育」(アップスキリング)に活路を見い出そうとしている。しかし、ある専門家はこの動きに対し、「先を急ぐあまり、重要なある要素を見落としている企業が多い」と警鐘を鳴らす。その要素を無視して高度なスキルの定着を従業員に求めても、投資が無駄になるだけでなく、最悪の場合は企業にとって「致命的なリスク」になり得るという。

「スキル向上」を“離職”の引き金にするある要素とは

 データ管理ソフトウェアベンダーCohesityのCIO(最高情報責任者)、ブライアン・スパンスウィック氏が指摘する“見落としがちな要素”とは、企業の「IT成熟度」だ。これは、その企業がITインフラやガバナンス、運用プロセスをどれだけ効果的に活用できているかを示す指標だという。

 「企業のIT成熟度が向上する過程では、従業員に求められるITスキルも変化する。しかし、ITインフラの運用体制や運用プロセスが整備されていない段階で従業員に高度なITスキルを身に付けさせようとすると、ITインフラの運用に問題が発生したり、投資の無駄が生じたりするリスクがある」(スパンスウィック氏)。同氏によると、IT成熟度を高める初期の段階にある企業では、以下2つのスキルが重要になる。

  • 戦術的スキル
    • 日々の運用や障害対応といった問題解決に関するスキル
  • 技術的スキル
    • 実際にITサービスを構築・維持するための専門知識

 IT成熟度が低い段階では、運用に向けた標準化されたプロセスや自動化が整っていない場合がある。そのため、現場で柔軟に対応する「戦術的な判断力」と、実際に手を動かしてシステムを動かす「技術力」の両方が不可欠だというのがスパンスウィック氏の指摘だ。

 IT成熟度を高めるためには、組織の文化や従業員の適応度合いを見極めることも重要だと指摘するのは、ソフトウェアベンダーMoviusのCTO、アミット・モディ氏だ。同氏は、「CIOをはじめとしたリーダーが、従業員が学び、失敗し、変化を前向きに受け入れる環境を作り出す必要がある」と述べる。「従業員が安心できる環境を構築することができなければ、変化のプロセスは遅くなり、抵抗が生じるか、その企業は機会を逃すことになる」(同氏)

 「非効率な業務プロセスに執着し、企業全体の文化と折り合いを付けず、従業員の変化するニーズや新しいツールに目を向けることができないIT部門が、従業員のスキル向上を図っても期待するような効果を得ることは難しい」。こう、スパンスウィック氏は指摘する。「IT基盤や運用プロセスの最適化ができていない状態で従業員が高度なスキルを身に付けても、問題が起こる可能性がある」(同氏)

 具体的な問題として、スパンスウィック氏は以下を挙げる。

  • 学んだスキルを活用する場がない。
    • スキル向上の取り組みと、業務、企業のビジネス目標が一致しない、企業の中に、スキルを育成するための基盤が欠けている。
  • 時間や費用を浪費する。
    • スキル向上の取り組みに中身がない場合、従業員の時間や労力が無駄になる。スキル向上の取り組みに費用を負担する企業としても費用を浪費することになる。
  • 従業員が退職する。
    • スキル向上の取り組みが無秩序で非効率な場合、従業員がやる気を失ったり燃え尽きを感じたりする。最悪の場合、離職や競合他社による引き抜きが発生する可能性がある。

CIOが今優先すべきスキル

 スキル向上の取り組みから効果を得られるようにするためには、以下に着目することが大切だ。

  • そのスキルは、今企業が本当に必要としているか。
  • 企業の競争力を維持するために将来的に必要となるスキルかどうか。

 「CIOは、特定のプログラミング言語の学習やツールの導入に囚われなくてもよい。企業が運用しているITインフラやシステムの仕組みや構造を俯瞰して考える力、運用や自動化をAIに任せきりにせず、人間が最終判断を下したり監視したりする体制を構築することに注力すべきだ」。ソフトウェアベンダーGlobantのアグスティン・ウエルタ氏(エンタープライズコアスタジオ部門デジタルイノベーション担当シニアバイスプレジデント)はこう述べる。「ITの未来は、IT部門がAIを効果的に活用できるスケーラブルで安全なシステムを設計できるかどうかにかかっている。PythonやJavaScriptでコードを書けるかどうかは重要ではない」(同氏)

 では、CIOが今優先すべきスキルは何か。ウエルタ氏は以下を挙げる。

  • AIと自動化
    • IT運用のためのAI、プロンプトエンジニアリング、ワークフロー自動化などは、ますます重要になっている。
  • サイバーセキュリティのレジリエンス向上
    • クラウドセキュリティ、アクセス管理、脅威インテリジェンスなどのセキュリティ対策は常に注力すべき分野だ。サイバー攻撃がより一般的かつ高度化する中で、その重要性はさらに高まっている。
  • ハイブリッドクラウド環境に対する理解
    • より俊敏でスケーラブルなITインフラを構築しようとしている企業では、クラウドサービスやハイブリッドクラウド環境に対する理解を持つ従業員が不可欠だ。従業員は、マイクロサービスやサーバレスコンピューティングを含むマルチクラウド管理、クラウドネイティブアーキテクチャ、FinOps(クラウドの財務運用)などのスキルを習得する必要がある。
  • データと分析のリテラシー
    • データと分析に関するリテラシーを基に、データドリブンな意思決定が可能になる。組データの可視化、データガバナンス、意思決定支援などでスキルを活用できる。
  • ソフトスキル
    • ソフトスキルは技術スキルと同様に重要だ。しかし、スキル向上の取り組みでは見落とされがちだ。チェンジマネジメント、部門横断的な協働、リーダーシップの俊敏性などのソフトスキルを学ぶことで、変化するニーズに適応できるようになる。

 スパンスウィック氏は、批判的思考も重要だと指摘する。「仮説を立て、それを現実のシナリオで検証し、結果を評価し、仮説を更新する能力は、ITサービスを効果的かつ効率的に成熟させるために不可欠だ」

スキル向上戦略を構築するには

 以下は、企業のビジネス目標にも寄与するスキル向上に向けた研修戦略を構築するための5つのステップだ。

1.IT成熟度を評価する

 IT成熟度モデルを評価するツールを使って、企業のIT成熟度を正確に把握する。誤解やスキルギャップ、課題を目の当たりにすることが、スキル向上戦略の第一歩だ。

2.研修内容をITロードマップとひも付ける

 IT成熟度を評価し、課題やギャップを特定した後、将来企業にとって必要となるスキルを予測するのがCIOの次のタスクだ。「その企業がいつまでにどのようなスキルを必要とするかを明確にし、期待値を設定しながら、IT部門が役割に応じて学習をパーソナライズできる余地を与える」。従業員スキル評価プラットフォームを提供するWorkeraのCEO兼創設者であるキアン・カタンフォルーシュ氏はこう述べる。

3.人事部門と事業部門の連携を図る

 事業部門からスキル向上戦略への賛同を得られることが重要だ。戦略を実施する前に必要なステークホルダーの賛同を得ることで、万が一の懸念事項に対応できる。

4.研修の成果を測定する

 研修の参加率や修了率、研修を受けた従業員が関わるITプロジェクトの効率向上の程度、外部ベンダーの依存率や社内の人材活用率を基に結果を示すことができる。研修の成果は、製品やサービス、顧客の行動やビジネスパフォーマンス、従業員の価値創出能力からも測定することが可能だ。

5.戦略を改善する

 研修の成果と課題を明示することができたら、次はその洞察を活用して戦略を最適化、改善する。

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