CRM活用、成功の秘訣を探る【第1回】
CRM運用はマーケティング部門が先導しなければ成功しない
過去にCRM導入を阻んだ3つの問題。そのうち2つはSaaSの登場で解決できそうだ。しかし、最大の課題である「運用」のための解決方法はあるのか? マーケティングのエキスパートが、CRM導入の失敗の理由を説く。
2008年を迎えようとしている今、ようやく日本企業でもCRMを本当に活用できる環境になりました。過去10年間、この国のCRMの導入を阻んでいたのは以下の3つの問題だったとわたしは考えています。
- 導入トータルコストが高額で踏み切れなかった
- アプリケーション、カスタマイズインタフェース、サーバ、回線など、自社で管理しなければならない資産が多過ぎた
- 運用ノウハウがなく、データを活用できなかった
この中の1と2が「SaaS型」という選択肢によって解決されました。今後は急速にCRM導入企業が増え、それを活用して営業やマーケティングの手法を根底から変えようとする企業がどんどん出てくるでしょう。そこで今回はCRM導入がなぜ失敗し、どうしたら活用できるかをわたしの経験から書いてみます。
CRMが期待された理由
- 営業をプル型に変えたい
- 社員を増やさずに売り上げをアップしたい
- 顧客を囲い込みたい
- 四半期ごとの受注・納品の予測をぶれずにコントロールしたい
こうした思いは経営者なら誰でも考えることです。電話帳を片手にアポ取り電話をかけまくり、飛び込み訪問を美徳とする「プッシュ型セールス」が活躍できる製品やサービスはどんどん減っています。セキュリティの厳しくなった今では、アポイントなしではビルに入ることすらできません。顧客との関係も営業案件の進ちょくも、まったく予測できません。
こうした問題を解決すると期待されたのがCRMで、企業のマーケティングの進化を一気に加速させる夢のソリューションのはずでした。サイベース出身者からブロードビジョンが生まれ、オラクルからシーベル、ピープルソフト、セールスフォース・ドットコムが、マイクロソフトからクラリファイが生まれました。これらCRMベンダーが提供する製品はどれも素晴らしい機能を備え、魅力的で、それを導入すれば昨日までの悩みがすべて解決するような幻想を抱かせてくれました。これらのCRMが日本に入ってくれば、「先進国の米国と同じプラットフォームでマーケティングができる」「日本企業のマーケティングも一気に米国に肩を並べることができる」と考えたものです。しかし、米国やヨーロッパでうまく運用できたシステムも日本ではほとんど役に立ちませんでした。
役に立たなかったCRM
わたしは講演などで「残念ながら、日本ではCRM導入の成功事例はほとんどありませんでした」と話すことがあります。そのときに「ちゃんと成功している事例はたくさんある」という意味のご意見を頂くことがあります。後でよくお話を聞いてみると、そういう方は大抵CRMを扱っているSIベンダーの方で、その方の言っている「成功」とは「検収」なのです。まともなパッケージをまともなSIベンダーが、まともなコンサルタントをアサインして導入すれば、検収までは行くに決まっています。わたしが言っているのは、動作確認、負荷テストを経て検収印をもらい、エンジニアやコンサルタントが請求書を置いて帰っていった後の「運用」の話です。
わたしの会社も過去10年間に、多くの業種・業態・規模の企業へのCRM導入のお手伝いをしましたが、ほとんどの案件で検収までは行くのですが、導入前に経営陣に期待されたほどにビジネスを変革したかと言われると、残念ながら「NO」と答える以外にありません。
現場には経験もノウハウも問題も存在しなかった
要件定義とは、そのシステムが解決すべき問題を前提に構成されます。そして現場で解決すべき問題とは、「経験とノウハウ」があって初めて生まれます。経験のないところには理屈はあっても問題はありません。例えば給与システムであれば、社内に人事や給与計算のスペシャリストがいて、その人が長年にわたってExcelなどで計算したノウハウがあります。それを利便性や安全性、情報資産としての継続的な管理などを考えてシステムに落とすことができます。物流管理システムも経理システムも同様に、社内に専門家の経験とノウハウがあります。ERPにしても、経理・財務から生産管理、物流管理とそれまでバラバラに管理されていた業務を統合するという新しさはありましたが、1つ1つの業務は社内に経験もノウハウもあるもので、それをERPというプラットフォームの上で並べ直す、という作業が導入プロジェクトでした。
しかし、CRMは社内に経験もノウハウもまったくありませんでした。データベースを使って顧客や見込み客とのコミュニケーション履歴を時系列で管理し、案件を進ちょくフェーズで管理し、セグメントされたマーケットにピンポイントにマーケティングを仕掛けた経験を持っている企業など、日本にはなかったのです。
そして情報システム部門のお荷物に……
現場に具体的な経験やノウハウ、そこから生まれる問題が存在しないまま、流行や夢だけで導入されたCRMは必ず情報システム部門のお荷物になります。ライセンス管理、バージョン管理、サーバの冗長化、バックアップ、全国の社員に発行したIDやパスワードの管理、そして高速回線やリモート環境からのVPNの確保などが原因です。ろくに収益に貢献しないくせに無限に思えるほど手が掛かるのです。しかし、導入に掛かったコストやライセンスの保守料金などを考えると、むやみに止めるわけにもいかないので動かし続けてはいますが、活用のめどが立たないまま追加投資がどんどん膨らんでいく現実は多くの企業の悩みの種でした。
2007年、一気にメジャーになったSaaS型は、これらの問題を一掃してくれそうです。パッケージに比べて驚くほど低コストでCRMを導入することが可能です。しかも社内の情報システム部門が管理すべきものが圧倒的に少ないのです。サーバもアプリケーションも回線もバックアップも心配ありません。社内で発行しているIDもパスワードも情報システム部門が管理する必要はありません。導入に莫大な投資が掛かっていないので、いつでも止めることができます。「まだ保守契約が残っているので」「まだリースが残っているので」「償却も終わっていないのに……」という、止められない理由はもうなくなりました。素晴らしい選択肢だと思います。
残った最後の課題、それは運用
しかし、最後に残った課題である「運用」は、残念ながらSaaS型でも解決策には成り得ません。なぜなら、SaaS型は導入コストや、導入後のソフトウェア管理やサーバ管理などのコストや労力を抑えたい、という問題を解決してくれるものだからです。CRMの導入に失敗した多くの企業の最も深刻な問題は、次のような「運用」にありました。これらはパッケージでもSaaS型でも必ず起こる問題です。
- 営業が入力しない、入力ルールを守らない
- データの名寄せができない
- イベントやセミナーなどのマーケティングデータを営業が活用しない
- Webと連動して行動解析ができない
- メールマガジンやFAX配信、郵便などのアウトバウンドを統合コントロールできない
この中で特に「名寄せ」の問題は日本では深刻です。あまり知られていませんが、法人に所属する個人の名寄せに関しては恐らく日本は世界で最も難度が高いでしょう。これはよくいわれるダブルバイトコーディングのことではありません。「表記のゆれ」のことなのです。社名、住所、ビル名、そして個人の名字まで、日本語表記はまるで暗号のように「ゆれる」のです。どのような高機能な分析・解析システムも、1人の人間が3人も5人もいるデータでは意味も信ぴょう性もありません。それどころか、メール配信をすれば配信拒否にフラグが立たず、ダイレクトメールを郵送すれば1人に3通も同じものを送付してしまうことになります。事故やクレームの元凶になり、営業を支援するどころか足を引っ張ることになるのです。実は多くのCRMが運用を断念した直接の原因はこれだったのです。
運用にフォーカスしてマーケティングを再構築する
CRMの運用を成功させるためには、まずマーケティング部門を主役に再構築することから始めてください。理由は「運用にフォーカスしてマーケティングを設計」できるのはマーケティング部門だけだからです。経理システムを導入するときの主役は経理部門、CADシステムを導入するときの主役はあくまでも設計や生産技術部門のはずで、情報システム部門の役割は導入と運用の「支援」です。マーケティングシステムならマーケティング部門が主導するべきです。
多くの企業がCRMを導入した理由は、自社のマーケティングを進化させたかったからにほかなりません。それを実現するには「どういう機能が」と「どういうスキルを持った人材」が「いつ」「どこに」「どれくらい」必要なのかを運用面から明確にして、1つ1つ丁寧にそろえてください。これがマーケティングの仕組みを作るための条件になります。この「成功の条件」を正確に定義できれば、CRMを軸にしてマーケティングからセールスまでをラインとして設計できますから、必要な機能を残し不必要な機能は止めてシステムの負荷を軽くすることも可能になります。また、「必要だけれども社内に持つ必要はない」という機能やスキルなら、アウトソーシングすることも可能です。成功の条件を整えるリソースは社内だけではありません。プル型の営業にシフトするために、営業部門の前工程を受け持つマーケティング部門を新設したり、インサイドセールスと呼ばれるアウトバウンドのテレマーケティング部隊をマーケティングの指揮下に配備したりと、1つ1つしっかり作り込んでいくことでマーケティングを進化させることができます。
逆に、もしこの「成功の条件」を明確にしないままCRMを導入すると、運用をイメージしないままシステムの検収をすることになります。いざ使うときになって「帯に短したすきに長し」という「無用の長物」を導入したことに「後から」気付かされる結果になってしまうのです。
CRMは企業と顧客とのコミュニケーションを変革し、今まで実現できなかったプル型の営業を構築し、営業のナレッジを企業の資産にできる本当に素晴らしいシステムです。未来がそこにあるのも事実です。CRMを使っていない企業など存在しない日が近いうちにやってくるでしょう。しかし、社内外のリソースやナレッジを踏まえて「成功の条件」をきちんとそろえなければ、失敗事例をまた1つ増やすことになってしまうのです。
庭山 一郎氏
** 1962年生まれ。中央大学法学部卒。アスクプランニングセンター、日本オルテックを経て1990年にシンフォニーマーケティングを設立、代表取締役に就任。米国ダイレクトマーケティング協会会員。**
マーケティングコンサルタントとして、世界有数の化粧品・自動車・オーディオ・アパレルなどのメーカー、コンピューターテクノロジーの大手企業、半導体製造業、カーディーラー、LPガス販売会社、レストランチェーンなど多種多様の企業約300社のマーケティングプロジェクトに参画。コンサルティングの経験を元に2000年よりB2Bにフォーカスしたデータベースマーケティングのアウトソーシングサービスを開始。現在は顧客・見込み客データの管理から戦略的な活用とその実行までをトータルサポートできる企業として、大手企業を中心に約80社にサービスを提供している。マーケティングの実務家として日々複数のプロジェクトを指揮する現役のマーケッターでもある。ライフワークとして「森林の復元」に取り組み、利根川水系でブナの植林活動などを行う。
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