進化を続けるエンタープライズサーチ
「情報共有に最終形はない」──情報爆発がもたらす探す手段の未来
インターネットの世界と同様に企業内でも情報が急増し、必要な情報の入手はますます困難になっている。そして専門家は情報の検索と共有にゴールはないと明言する。
検索性が低下したままの情報爆発
1990年代後半、ナレッジマネジメント(以下、KM)は企業が長年の命題としていた情報共有を実現するものとして一大ブームになった。しかし2000年以降、KMに取り組んだ企業のほとんどが失敗に終わっているという評価が広まり、ブームは急速に沈静化していった。
当時のKMが形骸化した要因は、特定ベンダーに依存したアーキテクチャやコンテンツが書き込まれるだけで活用されないライトオンリー化などが考えられるが、情報分類・整理のための過大な管理負荷や、投資効果の算定が困難だったことも消極的にとらえられた。
そうした中、Web 2.0の技術やコンセプトを企業情報システムにも取り入れ、情報へのリーチや社内コミュニケーションの活性化に役立てようとする「エンタープライズ2.0」に注目が集まるようになったことで、再びKMを見直そうという動きが活発化している。その動機を後押ししたのが、「情報爆発」とも称されるデジタルデータの急増だ。
米IDCが2008年3月に発表した全世界のデジタルデータ量に関する調査(※1)によると、2003年に5Eバイト(エクサバイト、1Eバイト=約105万Tバイト)程度だったデータ量は2007年には281Eバイトとなり、2011年には1800Eバイト近くに達すると予測している。
(※1)出典:米IDC(協賛:米EMC)「膨張するデジタル宇宙(デジタル・ユニバース):世界の情報量に関する2011年までの成長予測」
みずほ情報総研のコンサルティング部でシニアマネジャーを務める吉川 日出行氏は「このようなネット社会で見られる現象は、企業や組織内部でも起こり始めています」と指摘する。
企業では、過去に大量に使用されていた紙の情報が次々と電子化され、ファイルサーバやグループウェアに蓄積されている。しかし、こうしたデジタル化の作業は機械的に行われる傾向があり、整理・分類といった洗練化や標準化の手順を経ていない場合が多い。その結果、情報の検索性は低下し、それぞれの情報は見つけ出すのが難しく、情報同士の関連性はとらえにくくなっている。
吉川氏は「欲しい情報があることは分かっていながらどこにあるかが不明、あるいは探す手段がなくてたどり着けないという問題は、ビジネスの効率性に大きな影響を及ぼします。それが企業内で起っている情報爆発の実態です」と説明する。
企業内の情報共有も産消逆転で波及
みずほ情報総研が2007年4月に行った「ビジネスシーンにおける情報検索行動に関するアンケート調査」によると、モノやサービスの内容、手段、文書といった社内情報への検索欲求は強い。また、探し始めてから見つけるまでの時間は、スケジュールや連絡先といった情報は短時間で済んでいるが、文書や画像では時間がかかるようになり、手段や他人の意見、アイデアなどのノウハウものについては、なかなか見つけ出せないという実態が明らかになった。
インターネットの世界ではサーチエンジンが登場したことで、人々は当たり前のように検索を行うようになった。それと同様に、企業内の検索活動を支援するエンタープライズサーチが新たな時代のKMをけん引していくとみられている。
「従来は、企業で活用されたITが個人や家庭での利用に波及する流れが一般的でしたが、Web 2.0のアプローチでは、個人がインターネットで得た体験を企業が追随するという“産消逆転”の現象が起きています。エンタープライズサーチはその典型的な例といえます」と吉川氏は述べる。
みずほ情報総研では、KMの基礎理論であるSECIモデル(※2)を基に、「表出→収集→蓄積→検索→体系化→誘導→連結→内面化」といったKM実現のためのプロセスを考案している。これら8つの各プロセスを何度も繰り返すことがKM実現を促すという提案をしているが、ここでも検索がキーファクターとなっているという。
(※2)SECIモデル
「共同化:Socialization(共感)」(暗黙知を暗黙知へ)→「表出化:Externalization(概念)」(暗黙知を形式知へ)→「連結化:Combination(分析)」(形式知を形式知へ)→「内面化:Internalization(実践)」(形式知を暗黙知へ)という知識創造スパイラルを繰り返すプロセスを理論化したもの。一橋大学大学院教授の野中郁次郎氏が1995年に発表。
また、エンタープライズ2.0を提唱した米Harvard Business Schoolのアンドリュー・マカフィー教授は、「SLATES」(※3)という独自の概念を示し、その実践がエンタープライズ2.0実現への課題としているが、その中でもサーチを重要な要素として位置付けている。
(※3)SLATES
業務上必要な情報を見つけ出す「Search」、検索結果から必要な情報への「Link」、利用者の自由な情報の作成・発信の「Authoring」、情報や知識を体系的に整理・分類する「Tag」、タグクラウドで新たな気付きを得る「Extension」、情報リソースの更新やアラート取得のための「Signal」の頭文字をつなげたもの。
KMや情報共有に成功やゴールはない
しかし、エンタープライズサーチをツールとして導入するだけで、自動的に情報活用が促進されるわけではない。吉川氏は、情報共有やKMには「成功」や「ゴール」というものはなく、「永遠に取り組むべき課題」だと指摘する。
その理由は、共有したいと考える情報がモノであったり人であったり、あるいは経験であったりと次々に変化していくからだ。「人の知識欲には限りがありません。情報共有を実施して1つの知らないことを知った瞬間、次に知りたいことがわき出てきます。情報共有はその時々に考え得る理想形はあるとしても、最終形はないと思っています」(吉川氏)
文書ならば文書管理データベース、人であればKnowWhoデータベース、顧客情報や案件情報の蓄積にはCRMやSFAの活用が有効だ。流通させることで効果を生む情報は、組織、業務、風土などによって異なり、共有したい情報の種類によって、それを扱うのに適したツールも変わってくるのだ。
吉川氏は「常に試行錯誤を繰り返しながらチャレンジし続けていくのがKMの姿です。また、これは非常に重要なことですが、同じKMへの取り組みでもサイクルが1周目の企業と2周目の企業とではレベルが大きく異なってきます」と話す。
例えば、SNSを導入したとしてもこうしたコミュニケーションツールを初めて導入する企業は、まず何を書けばよいかから始まり文章の書き方や意見交換・議論の仕方といったマナーやリテラシー部分にとらわれてしまい、十分な効果を発揮しにくい。しかし、過去に掲示板などで非対面コミュニケーションを経験してきた企業では、自然と日記に書く情報が取捨選別され、読み手側も情報の真偽や取り扱い方などを上手に判断できるようになっている。
このように利用者のレベルを徐々に上げていくことがKMに取り組む際の基本だという。つまり、経験を重ねることでKMの効果が変ってくるのだ。
ただし、KMに取り組むにはさまざまな課題が存在する。吉川氏はさまざまな企業の取り組みを見てきた経験から「まず、面倒見の良い幹事役や優れた旗振り役が必要です」と指摘する。「人間的な魅力のあるファシリテーターが音頭を取っているケースはうまくいっているケースが多いです。一方で、やらされ感を漂わせたり、コロコロと幹事役が変ったりすると、ユーザーの関心はどんどん離れていくようです」(吉川氏)
また、経営者に対しエンタープライズサーチを始めとする情報共有ツールの有効性を理解してもらうことも1つの壁になる。直接的に企業の利益を上げるわけではないツールは、IT投資の正当化が困難という面もある。便利なのは分かるが、「金銭的効果があるのか」という懸念がつきまとうわけだ。
そして意外な盲点は、情報システム部門が抵抗勢力になるケースだ。仕事の効率化に敏感なユーザー部門より意識改革が遅れている場合も多く、内部統制やコンプライアンス優先を理由に、情報共有ツールを導入したがらない企業も多いという。吉川氏はコンサルタントの立場としてそれを強く懸念している。「情報システム部門の方々はユーザー部門に比べて、ブログやSNSといった情報共有ツールを意外と使っていないのではないでしょうか。ユーザー部門がどのような便利さを知っているのか、自社に何を求めているのか、そして何に困っているか。そういった思いを共有する努力をすべきでしょう」(吉川氏)
情報の陳列方法や体系化を整備することで検索効率を高める
情報共有の過程では、常に検索行動が存在する。文書はもちろん、人や経験を共有するにしても経験者を探す必要がある。そこで吉川氏はマトリックス図を示し、情報を探す際に想定される4つのシーンを解説する。
1つは「既知情報検索(再入手)」。必要な情報が分かっていて、それが確実に存在していることを意識した上で「あの文書はどこにあっただろうか」と、情報の一本釣りを目指す検索だ。検索するキーワードも明確になっていることが特徴だ。探す作業の半分はここに属するといわれる。
2つ目は「探求検索」。どこから、あるいはどうやって探せばいいのかが分からずに検索するため、思い付く限りのキーワードを検索エンジンに入力して探すといった行動を取る。
3つ目は「巡回/捜索」。知らないことを調べる必要に迫られたとき、取りあえず入手できる情報を見て回る。「ライバル企業の最近の動向を調べたい」といったケースがここに属する。ツールとしては検索エンジンよりもメニューやまとめリストが有効な場合もある。
そして4つ目は「散策」。面白そうな情報を探してネットサーフィンするイメージだ。探しているうちに目的が明確になったり、ターゲットが絞り込まれたりして、既知情報検索や探求検索に移行することもある。
ただし、これらすべてをエンタープライズサーチが解決するというわけではなく、カバーできる範囲は限られている。メニューや索引をきちんと整理し、情報の陳列方法や体系化を整備することも検索効率を高める上では大変重要だ。ソーシャルブックマークやレコメンデーション、ユーザー投票による評価ランキングなども場合によっては有効な手段となる。
永遠の課題を解決するために、探す手段は進化を続ける
今後、日本語の意味解析技術が進み、本当に求める情報を拾い出しやすい仕組みができつつあると見る吉川氏は、それらの機能を融合させた検索エンジンが登場するだろうと予測する。検索結果をテキストで羅列するだけではなく、検索結果を分析、集計、比較する機能や、それらをビジュアル化して活用しやすい形で表示するなど、検索後の行動につなげる次世代のエンタープライズサーチの姿を想定している。
そして、検索の次に来るのが、「整理・分類」を支援する機能への欲求だという。「不要な情報をいくら探し出しても意味はありませんが、手作業での分別には限界があります。ゴミと宝を効率よく分別し、高精度に見極める仕組みが既に必要とされています」と語る吉川氏。セマンティックWebやタグ付けなどさまざまな共有手段が日々生まれているが、それと検索が融合してこそ真のエンタープライズサーチとなるだろうという考えを示す。
吉川氏の言うように、情報共有に成功やゴールは存在しない。永遠に続ける課題だからこそ探す手段は進化していく。企業内の情報共有と密接にかかわるエンタープライズサーチの進化に今後も注目していきたい。
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