ゴールドマンサックスらが選んだ“段階的移行”の手法
7割失敗する「AIでレガシーシステム刷新」の幻想 あの企業も選んだ現実解とは
「AIを使えば、レガシーシステムも一瞬で刷新できる」――そんな経営層の幻想が情シスを追い詰める。失敗率が高くなる可能性がある「一括刷新」を避け、着実にモダナイズを成功させるための「AI活用の現実解」とは。
人工知能(AI)を使えば、弊社の古びた基幹システムも一気に刷新できるのではないか――。経営会議で期待交じりの言葉を経営層から投げかけられ、返答に窮した経験を持つIT部門長はいるだろうか。生成AIの登場以降、経営層はテクノロジーによる変革への期待を膨らませがちだ。しかしレガシーインフラを運用するIT部門の責任者であれば、レガシーシステムのモダナイゼーション(近代化)は、負荷がかかるプロジェクトであることを痛いほど理解しているはずだ。
本稿では、AIを「魔法の杖」としてではなく、「エンジニアリングの武器」として活用し、レガシーシステムを“塩漬け”するのではなく、段階的に進化させる手法を紹介する。
「ビッグバンアプローチ」か「段階的移行」か
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AIを活用したレガシーシステムの刷新
ITベンダーAdvancedが2020年に公開した調査結果によると、大規模なモダナイゼーションプロジェクトの失敗率は74%にも達するという。「古くなったから新しく作り直す」という単純な発想で、いわゆる「ビッグバンアプローチ」(段階的な切り替えではなく、システム全体を一斉に切り替える手法)や「リフト&シフト」(ソースコードの変更を最小限に抑え、システムを新しいインフラに移行する手法)を試みた結果、数億ドル規模の損失を出して頓挫する事例は枚挙にいとまがない。
なぜ、これほどまでに失敗するのか。最大の理由は、レガシーシステムの中に埋め込まれた「隠れたビジネスロジック」の存在だ。長年の運用の中で、仕様書には書かれていない例外処理や独自の計算ロジックが、ソースコードの深層に幾重にも積み重ねられている。これらを完全に理解しないまま、新しい言語やプラットフォームへ一気に移行しようとすれば、業務に不可欠な機能が欠落したり、意図しない挙動を引き起こしたりするのは当然の帰結だ。
ここで重要なのは、経営層が抱く「AIで自動的に新システムが生成される」という幻想を解くことだ。AIは確かに強力だが、ブラックボックス化したシステムをボタン一つで最新アーキテクチャに変換してくれるわけではない。AIの真価は、むしろ人間が理解できなくなった複雑なコードを解読し、人間が判断するための材料を提供する「理解の支援」にある。
「段階的AIモダナイズ」という現実解
リスクの高い「一括刷新」に対し、モダナイゼーションに成功している企業が採用しているのが「AIを使った段階的なモダナイゼーション」だ。これは、既存のレガシーシステムを即座に廃棄するのではなく、機能している部分は生かしつつ、AIを活用して部分的に、かつ着実にモダンな環境へとシステムを移行させるアプローチだ。
以下は、一括刷新とAIを使った段階的なモダナイゼーションの違いを整理したものだ。
| 1.テーマ | 一括刷新 | AIを使った段階的なモダナイゼーション |
|---|---|---|
| 2.タイムライン | 圧縮型。短期間での急速な変革を狙うが、遅延が常態化する。 | 延長型。時間をかけて段階的に実装し、着実な成果を積み上げる。 |
| 3.リスクレベル | 高い。失敗率は74%に達する場合もあり、業務停止のリスクも伴う。 | 低減される。小刻みな変更により、致命的な失敗への露出を抑える。 |
| 4.ビジネスロジック | 移行中に失われやすい。知識は旧コードの中にのみ存在する場合がある。 | 元のシステム内にロジックを保持しつつ、AIを使って理解、抽出する。 |
| 5.コスト構造 | 初期投資は巨額になる傾向がある。大幅なコスト超過が発生する場合がある。 | コストが平準化される。実証された価値に合わせて投資が行われる。 |
| 6.人員要件 | 移行期間中、旧言語の専門家への需要が急増し、確保が困難になる。 | 段階的な移行により、人材の採用・育成を計画的に進める余裕が生まれる。 |
| 7.セキュリティ | 拙速な移行をする中で、新たな脆弱性が見落とされる可能性がある。 | システムの安定性を維持しつつ、優先度の高いセキュリティ課題から対処する。 |
| 8.成功の指標 | バイナリ(0か1か)。動くか動かないかの二択になりがち。 | 段階的な改善。各フェーズでKPI(重要業績評価指標)を設定する。 |
この比較から分かるように、AIを使った段階的なモダナイゼーションは「致命的な失敗」を回避する設計になっている。
モダナイゼーションでAI、どう使う?
具体的にどのような場面でAIを活用すればよいのか。大手企業3社の事例を紹介する。
事例1.大手金融機関Goldman Sachs
Goldman Sachsは、エンジニアリングチーム全体で生成AIを導入し、「開発者のコパイロット」として活用している。同社におけるAIの役割は、定型的なコードの生成だけでなく、ドキュメントの作成、テストケースの記述、レガシーコードのリファクタリング(内部構造の整理)といった、エンジニアにとって負担の大きい繰り返し作業の代行にある。この取り組みにより、同社は約20%の効率向上を実現したと報告されている。特筆すべきは、厳格な規制産業である金融機関として、生成AIをプライベート環境内に配置し、徹底したコンプライアンスチェックを組み込んでいる点だ。生成AIが生成したコードをそのまま使うのではなく、セキュリティ基準を満たしているかを厳密に管理することで、リスクを制御しながら生産性を高めている。
事例2.民泊サービス「Airbnb」
Airbnbは、大規模なテスト基盤の移行に大規模言語モデル(LLM)を活用した。同社の課題が、コードベース全体に及ぶテストコードのモダナイゼーションだった。数千、数万ものテストケースを手作業で書き換えるのは現実的ではない。そこで同社は、AIツールを用いてテストコードの変換作業を自動化した。これにより、テストカバレッジ(網羅率)を維持したまま、エンジニアの負担を大幅に軽減することに成功している。プラットフォームの基盤アーキテクチャを更新するという高リスクな作業において、AIによるテスト自動化が安全網として機能した好例だ。
事例3.米連邦政府人事管理局(The U.S. Office of Personnel Management、OPM)
米国の政府機関でも、生成AI活用が進んでいる。OPMは、数十年前に構築されたCOBOLベースの年金システムをモダナイズするため、2025年から2年間のプロジェクトを開始した。このプロジェクトの特徴は、AIを使ってCOBOLコードをJavaScriptやPythonといったモダンな言語へ変換する点にある。ただし、生成AIに全てを任せるわけではない。生成AIが一括変換した後、人間の開発者がその結果を検証し、最適化するというプロセスを採用している。
さらにOPMは、事前に数百万行に及ぶレガシーコードを生成AIで分析し、複雑度別に分類することで、「どこから手をつけるべきか」という優先順位付けを実施した。やみくもに変換するのではなく、効果の高い領域を見極めてからリソースを投下した。
これらの事例に共通するのは、「人間による監督」を維持しながら、生成AIの処理能力を借りて「人間では処理しきれない量の作業」をこなしている点である。
AIを活用したモダナイゼーションを成功させるには
AIを活用したモダナイゼーションを成功させるためには、技術的な導入だけでなく、戦略的なロードマップの作製が必要だ。
フェーズ1.基盤構築(理解と可視化)
最初にするのは、コードの書き換えではない。ブラックボックス化したレガシーシステムを「理解」することだ。ここで生成AIの出番だ。生成AIツールにレガシーシステムのコードをクローリングさせ、その処理内容を自然言語で説明させる。これにより、コードの中に埋もれていたビジネスロジックや仕様がドキュメント化される。このプロセスには以下2つの価値がある。
- 仕様書が存在しない、あるいは陳腐化しているシステムの実態を正確に把握できること。
- 生成AIがコードを理解することで、レガシーシステムとモダンなインタフェース(APIなど)を接続するための「統合ポイント」を特定できること。
いきなりシステムを全面刷新するのではなく、まずは中身を白日の下にさらすことが、後のフェーズでの失敗を防ぐ。
フェーズ2.体系的な負債の削減(変換と検証)
システムの全容が見えたら、次は体系的に技術的負債を解消していく。ここでは生成AIを活用して、レガシーなコードをモダンな言語へと変換する。ただし、ここでも「一括変換して終わり」ではない。生成AIによる変換結果を、必ず人間が検証するプロセスを組み込む。このフェーズでは、COBOLなどの古い言語の専門知識を持つ人材が不足しているという課題を、生成AIが補完してくれる。生成AIが「翻訳者」となることで、若手のエンジニアでもレガシーコードの挙動を理解し、モダン言語での実装が正しく進められているかを検証できるようになるからだ。
この段階での焦点は、「既存の問題を解消し、安定性を確保すること」。つまり技術的負債の削減とセキュリティ脆弱性の除去に集中することだ。1つ1つのコード変換が、将来のメンテナンスコスト削減という原資を生み出すことになる。
フェーズ3.変革と成長(AI活用の展開)
管理可能なレベルまで技術的負債を削減でき、モダンなインフラ基盤が整った段階で、初めて「攻め」のフェーズに入る。クリーンになったデータやシステム基盤の上で、全社的に生成AIの機能を展開する。従業員は生成AIを活用して変化する顧客要件に即座に対応し、新しいデジタルサービスを立ち上げることが可能になる。かつてはレガシーシステムの制約で諦めていたデータ分析や、他システムとの連携による新規事業への進出も視野に入れることが可能になる。
まとめ:AIは「魔法」ではなく「翻訳機」
レガシーシステムのモダナイゼーションにおいて、生成AIは「魔法の杖」ではない。しかし、人間には解読困難なほど複雑化したコードを読み解き、現代の言語へと橋渡しをしてくれる、極めて優秀な「翻訳機」であり「解説者」となり得る。IT部門の部長が持つべき視点は、きれいなコードを書くことよりも、ビジネスの継続性と成果を優先することだ。一発逆転のビッグバンアプローチというギャンブルに出るのではなく、生成AIというパートナーを得て、確実性の高い段階的な移行を選択する。それこそが、IT予算から維持費を削減し、未来への投資へと転換するための第一歩だ。
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