人材不足のせいだけではない?
「あえてAI人材を採用しない」 ある電力会社の逆転戦略
AI活用の推進に当たって、あえてAI人材を新規採用しないと決めた企業がある。戦略をどのように見直し、人材の育成や活用で具体的に何をしているのか。
「人工知能(AI)を使ってイノベーションを起こしたい。そのために高度なAI人材を採用しなければ」。こう考える企業は少なくない。だが、その前提は再考する余地がある。本稿は、高度なAIスキルを持つ人材を採用する以外の選択肢を取った企業の取り組みを紹介する。
なぜAI人材を採用しないのか?
米国の電力会社Rayburn Electric Cooperative(以下、Rayburn)の最高情報責任者(CIO)、チェイス・スナッファー氏は、「小規模から中堅の企業にとって必要なのは、AIモデルを開発する人材ではなく、AIを業務に適用できる人材だ」と語る。
同社が求めているのは、いわゆる“AIエンジニア”ではない。AIを使って業務効率を高め、タスクを自動化し、現場に変化をもたらす“AIの使い手”だ。さらに、その活用を組織内に広げる「AIチャンピオン」となる人材が重要になるという。
Rayburnでは、こうした考えに基づき、社内人材のスキル向上、サードパーティーの活用、そしてITと業務の双方を理解する人材の維持に注力している。AI人材の確保を「採用」ではなく「育成と活用」で実現しようとしている点が特徴だ。
Rayburnでは、専任のAI専門家を新たに採用する方針は取っていない。不足する技術力については外部ベンダーを活用しつつ、社内での知見蓄積を重視している。
実際に同社には、自主的にAIを学び、活用方法を研究してきたメンバーが数人存在する。これらの人材が中核となり、外部ベンダーの支援を受けながら実装を進めている。また、全社的な理解を高めるため、研修にも外部リソースを活用し、AIの基礎知識と活用スキルの底上げを図っている。
スナッファー氏は「AI人材の不足が現時点で大きな問題になっているわけではない」とも指摘する。重要なのは採用の難しさではなく、既存人材をどう活用し、どのように組織に適用するかだという。
限定活用から全社基盤へ AI導入の現実
現在、Rayburnでは「ChatGPT」や「Gemini」、画像生成ツールといったAIを、限定的な用途で活用している。一方で、将来的にはより大規模なAIプラットフォームを社内に導入する計画だ。
ただし、同社は機密性の高いデータを扱うため、外部サービスにデータを送信することは難しい。そのため、ソフトウェアとハードウェアの両面に投資し、データを社内で安全に統合・活用できる基盤の構築を進めている。
この取り組みでは、技術的な制約も無視できない。AI基盤に必要なGPUやメモリといったリソースは、近年需要が急増しており、調達までに数カ月を要するケースもある。AI導入は単なるツール選定ではなく、インフラ整備や調達計画も含めた中長期的な取り組みとなる。
「ベンダー任せにしない」理由
AIプラットフォームの導入に当たり、Rayburnは外部ベンダーに全面的に依存するのではなく、社内人材を中心に運用する方針だ。
その狙いについてスナッファー氏は、「組織内に点在している実装能力を引き出し、可視化することにある」と説明する。外部に任せきりにするのではなく、社内にノウハウを蓄積し、継続的に活用できる体制を構築することを重視している。
また、AI導入においては「AIに対する不安」をいかに解消するかも重要な課題だ。同社では、実際の活用事例や成果を社内で共有し、「AIは業務を奪うものではなく、支援するものだ」という認識を浸透させる取り組みも進めている。
人材定着の鍵は「条件」だけではない
Rayburnはテキサス州ダラス近郊に位置しており、人材獲得では都市部の企業と競合する。そのため、給与や福利厚生、企業文化といった面で競争力を持つことが不可欠だ。
一方で、スナッファー氏が重視しているのは「カルチャーフィット」だ。単に技術力が高い人材ではなく、自律的に学び、主体的に行動できる人材を求めている。
具体的には、強い管理を必要とせず、自ら学習機会を見つけ、業務外でもスキル向上に取り組めるような人物だ。こうした人材は、周囲のメンバーにも良い影響を与え、組織全体の底上げにつながるという。
AI時代に変わる「情シス人材」の要件
AIの普及は、IT人材の役割にも変化をもたらしつつある。スナッファー氏は、今後数年でエントリーレベルの人材に求められるスキルが大きく変わると指摘する。
これまでは基礎的な運用やトラブル対応を担っていた初級人材も、今後はAIを活用した実装や業務改善に関わることが求められるようになる。AIが基本的な診断や分析を担うことで、人間はより上位の判断や設計に集中する役割へとシフトしていく。
同時に、セキュリティの重要性も一段と高まる。攻撃者側もAIを活用することで、攻撃の自動化や高度化が進んでいる。企業がAIを活用しなければ、防御の面で不利になる可能性もある。
AI人材戦略は「採用」から「設計」へ
Rayburnの事例が示すのは、AI人材戦略は採用活動の延長線上にはないということだ。AI人材を「外から連れてくるもの」と捉えるのではなく、「社内で育て、活用し、広げるもの」として位置付ける。この発想の転換こそが、AI活用の成否を分ける要素になる。
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