全従業員に高度なAIスキルを求めず、安全に使うための基礎知識を広げるにはどうすればいいのか。生成AI活用普及協会(GUGA)に、生成AIパスポートを活用した全社教育と定着の進め方を聞いた。
生成AIを安全に業務へ定着させるには、利用ルールやセキュリティシステムによる制御だけでなく、従業員自身が生成AIの特徴やリスクを理解し、安全な使い方を判断できる状態をつくる必要がある。
ただし、全従業員に高度なプロンプト設計やAIエージェントの開発能力を求める必要はない。一般の利用者に必要な入門的知識と、高度な活用を担う人材に求める能力を分け、それぞれに必要な水準を定めることが重要になる。
一般社団法人生成AI活用普及協会(以下、GUGA)は、組織全体のAIリテラシーを底上げする手段の1つとして、民間資格「生成AIパスポート」を運営している。
後編では、全従業員に求めるAIリテラシーの水準と、生成AIパスポートを活用した全社教育の進め方について、GUGAで業務執行理事兼事務局長を務める小村 亮氏の話を基に紹介する。
小村氏は、AIリテラシーの普及こそが、企業間の生成AI活用格差を縮める鍵だと話す。
「AIリテラシーはあくまで入門的なスキルであり、普通運転免許のようなものです。普通運転免許を持っていれば、車種が変わっても一般的な車であれば運転できます。普通運転免許を取得する際に学んだ基礎的な知識が、生成AIユーザー全員に求めるべきAIレベルだと考えています」(小村氏)
普通自動車を運転する人全員に、レーシングドライバーのような技術が必要なわけではない。同様に、全従業員が高度なプロンプト設計やAIエージェントの開発を習得する必要はない。
企業に必要なのは、従業員が生成AIの基本的な特徴やリスクを理解し、新たなAI環境が導入された際にも、使い方や用語の意味で立ち止まらず、日常業務の中で利用できる状態だ。
そのためには、まず企業ごとに、全従業員にどの程度のAIリテラシーを求めるのかを定義する必要がある。全員に高度なスキルを求めるのではなく、一般の利用者に必要な入門的知識と、高度な活用を担う人材に求める能力を分けて考える。
全社員に必要なAIリテラシーを定義したとしても、情シスや人事部門が教材や試験を一から作り、生成AIの進化に合わせて更新し続けるのは容易ではない。
こうした企業にとって、共通的な知識を学ぶ手段の1つとなるのが、GUGAが運営する民間資格、生成AIパスポートだ。
生成AIパスポートは、業務で生成AIを利用する一般のユーザーが、安全に活用するための入門的な知識を身に付けることを目的としている。
試験では、生成AIに関する基礎知識やリスク予防に加え、メールの返信文の作成や議事録の要約など、多くのビジネスパーソンに共通する基本的な用途も扱う。
小村氏によると、2026年7月時点の累計受験者数は11万5000人を超えた。
生成AIパスポートは、生成AIに関する基礎知識や用語を組織内で共有し、共通言語をつくる手段の1つと位置付けられる。
小村氏によると、生成AIを活用できる人材の育成に力を入れる企業は、2024年頃から増えている。一方、人材育成に短期的な投資対効果を求めすぎると、教育内容がプロンプトの作り方などの「ハウツー」に偏る恐れがある。
「人材の育成というと、より良いプロンプトを作る、業務の精度を上げるといったスキルの向上に焦点が当たりがちです。しかし、生成AIがどのような仕組みで動いているかという基礎的な知識が不足していると、過度な期待を抱いてしまったり、応用力を発揮しにくくなったりします。また、生成AI活用で生じるリスクを把握していないと、『どこまで、どのような使い方をしてよいか分からない』という新しい壁にぶつかってしまうでしょう」(小村氏)
AI教育が社内に浸透しにくい背景には、従業員側の心理的なハードルもある。多くのビジネスパーソンはAI初心者であり、そもそも「自分ごとではない」という意識を持つことを前提に考えることが重要だ。
その上で、AI初心者が抱きやすい2つの感情がある。
1つは、情報漏えいや著作権侵害などへの漠然とした不安から、生成AI活用を危険視し、学ぶこと自体を避けてしまうことだ。
もう1つは、「AIは何かすごいことができる」という先入観から、自分にも高度なスキルが求められると思い込み、学習を敬遠してしまうことである。
小村氏は、生成AIが自分の仕事やキャリアにどのような影響を与えるのかを理解してもらうことが、教育に入る前の段階として重要だと話す。
AIに関心がある人は自ら情報を集める。一方、関心がない人には、講演や研修の情報そのものが届きにくい。「なぜ今、生成AIを学ぶ必要があるのか」「自分の仕事にどう関係するのか」を伝えなければ、教育を実施しても自分ごととして受け止めてもらいにくい。
AIに仕事が奪われる、といったリスクだけを強調するのではなく、生成AIが自分の苦手な作業や手間のかかる業務を支援してくれることやキャリアの可能性を広げられることも合わせて伝える必要がある。
小村氏は、AIリテラシーを従業員に自分ごととして受け止めてもらうには、経営トップの後押しが重要だと説明する。
生成AIパスポートの団体受験説明会への参加理由を尋ねると、「同僚や知人、取引先からの紹介」という回答が増えているという。小村氏は、経営層が広告などを見て現場の担当者に説明会への参加を促し、結果として「口コミ」として表れているケースもあるとみている。
中間管理職や担当部門から教育を起案した場合、研修費用、受験予算の確保、投資対効果の説明に時間を要することがある。一方、経営層が生成AIのリスク予防や競争力強化を経営課題として位置付ければ、全社施策として動きやすくなる。
実際に、生成AIパスポートの団体受験で、企業が定めた受験枠100人分が1日で埋まった例や、グループ全体で約11000人が受験した例もあるという。
全社展開の前に、DX部門やIT部門の担当者約30人が試験を受け、社内に広げる価値があると判断してから全社展開した企業もある。
情シスがまず自ら学び、その結果や手応えを経営層へ示した上で、全社的な教育につなげる方法も選択肢になる。
生成AIパスポートの取得は、AIリテラシー教育のゴールではない。
生成AIに関する技術やサービス、法制度は継続的に変化する。数年前に学んだ知識だけでは、新たなAIツールやリスクに対応できない可能性がある。
GUGAは、技術や法制度の変化に合わせてシラバスを年1回以上の頻度で改定している。資格そのものは一度取得すれば期限なく保有できるが、取得時期が分かるデジタル証明を発行し、合格者向けの資格更新テストも用意している。
資格更新テストでは、シラバスの変更点や継続的に理解してほしい内容を、eラーニングとチェックテストを通じて学べるという。
小村氏によると、生成AIパスポートの受験後、生成AIの利用率が上がったという企業の声もある。全社員のデイリーアクティブユーザー率が数十%だった状態から、50%や70%を超える水準まで上昇した例もあるという。
ただし、資格取得と利用率の上昇の関係は企業によって異なる。資格は、生成AIを使う心理的なハードルを下げ、安全な使い方を考えるきっかけの1つと捉える必要がある。
全社員が高度な「AI人材」を目指す必要はない。しかし、従業員一人一人が生成AIの特徴とリスクを理解し、安全な使い方を判断できる状態は、組織全体で整える必要がある。
GUGAの講演や生成AIパスポートなども選択肢に含めながら、教育、ルール、システムによる制御を組み合わせることが、生成AIの活用と統制を両立するための土台となる。AIリテラシーの底上げは、これからの情シスにとっても重要な仕事になる。
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