もはや「禁止」は戦略にならない
27年前のバグをAIが暴いた日 「Claude Mythos」が起こすサイバー防衛の地殻変動
AIはサイバー攻撃を劇的に加速させる一方で、防御側にとっても革命的な武器となる。Anthropicの「Claude Mythos」が27年前のバグを瞬時に発見したように、人間をしのぐ速度の脅威が現実となった今、従来の「禁止」や「点の対策」は通用しない。
データ漏えいから世界的な混乱、情勢の不安定化に至るまで、サイバーセキュリティは現在、企業の議論の最前線にある。さらに、AIエージェントを始めとする各種AIの急速な台頭が、セキュリティ問題への注目を高めている。
AIは深刻なセキュリティリスクであると同時に、企業のサイバーセキュリティに革命をもたらす可能性を秘めた技術でもある。Anthropicのフロンティアモデル「Claude Mythos」がその典型だ。その潜在的な危険性から、利用は一部のユーザーに限定されている。Mythosのようなモデルは、ハッカーが企業の脆弱性を発見・悪用する障壁を劇的に下げ、その速度を早める可能性がある。
パロアルトネットワークス(Palo Alto Networks)の調査部門ユニット42(Unit 42)でサイバーセキュリティR&D担当マネジングディレクターを務めるマイケル・スピサック氏は、次のように指摘する。「AIは企業のセキュリティリスクを生み出し、加速させた。しかし同時に、リスクに対抗する手段にもなり得る」
ユニット42は、同社の顧客にセキュリティサービスを提供する部門だ。脅威評価などの予防的対策、インシデント対応などの事後的対策、さらにはマネージド・セキュリティ・オペレーション・センター(SOC)などの運用代行を担っている。
4月21日から23日にかけて米国マサチューセッツ州ケンブリッジで開催されたイベント「EmTech AI」で、スピサック氏にAIセキュリティの現状と課題を聞いた。
AIの台頭によりサイバーセキュリティの何が変わったか
「AIとサイバーセキュリティ」に関する編集部お薦め記事
スピサック氏 サイバーセキュリティの動きは今、光速に近い。ここ数年は非常に興味深い時期だ。AIや量子技術といった今日の課題に取り組む際、私はかつてのクライアント/サーバやクラウド、モバイルの普及期を思い出す。当時の状況と今を照らし合わせ、「過去の過ちを繰り返し、問題を先送りにするのはやめよう」と考えている。
クラウドはその好例だ。多くの組織が当初は「自分たちには関係ない」「クラウドは安全ではない」「仕組みが分からない」と主張した。境界防御(城と堀)の構造に固執していたのだ。しかし、ある日突然、彼らはクラウドの中にいた。従業員が組織内部で勝手にクラウドを使い始めていたからだ。
AIもこれに似ている。AIはあまりに強力で、活用価値が高すぎるため、遠ざけることはできない。数年前、「AIは導入しない」と断言していた企業も、今では考えを変えている。利用を壁で遮断した企業では、従業員が私物デバイスを持ち込み、セキュリティ制御を回避してAIを利用した。もはや「禁止」は戦略にならない。
企業が最優先で警戒すべきAI固有の脅威とは
スピサック氏 第一に挙げるべきは「データ」だ。AIで、データは宇宙の中心といえる。多様な文脈のデータをAIに与えるほど、設定した目標に対する精度は上がる。一方で、企業の核心的資産といえるデータが、承認されていないAIに漏えいすることを懸念する声は多い。
それは攻撃者がいなくても起こり得るのか
スピサック氏 その通りだ。悪意のない、善意による行為が原因となる。最終的に、従業員は良かれと思って行動している。彼らは「速さこそ正義」だと理解しており、顧客のために市場投入までの時間を短縮しようとしている。
その結果、業務を早く終わらせるために、組織が審査・承認していないツールを勝手に探し出し、利用する。そこで不注意にもデータを漏らしてしまうのだ。
ツールの安全性を確保する責任は、ベンダーと企業のどちらにあるのか
スピサック氏 サードパーティーのSaaS型AIプロバイダーが安全であることは大前提だ。企業のリーダーは、ベンダーのセキュリティ姿勢を理解し、協力して取り組む必要がある。
同時に、自社のデータセキュリティの現状も把握しなければならない。どのデータが公開可能で、どれが制限付き、機密、あるいは極秘なのかを整理すべきだ。例えば、多くの組織にとってプログラムのコードは極秘事項だろう。データの分類を整理し、各分類とデータ型の対応表を作成する。その上で、どのベンダーのAIにどのデータの接触を許すかを明文化すべきだ。
戦争や世界情勢の不安定化による影響はどうか
スピサック氏 リスクレベルとしては非常に高い。懸念すべき事態だ。サプライチェーンの観点では、たった1つの攻撃が数百、数千の組織にドミノ倒しのような影響を与える。コードの多層構造に潜む脆弱性が狙われるからだ。
これは以前から提唱していることだが、全ての組織はソフトウェア部品表(SBOM)を厳格に管理すべきだ。オープンソースをどこで使い、サードパーティーをどこで利用しているか。これを目録化して把握することで、インシデント発生時の封じ込めが可能になる。
AIは脅威のスピードを上げるだけなのか、それとも独自の特性があるのか
スピサック氏 その両方だ。状況の変化は加速しており、攻撃者は以前からAIを利用している。AIによる攻撃はログファイルに明確に現れるとは限らない。しかし、近年展開されている攻撃のスピードと規模を見れば、攻撃者が以前からAIを活用していたことは明白だ。
さらに数週間前、状況は一変した。フロンティアモデルが登場したのだ。これらは、専門家レベルのタスクを自律的に実行できる能力を持つ。サイバーセキュリティに特化したフロンティアモデルを使えば、ソフトウェアやシステムの脆弱性を極めて迅速に特定できる。AnthropicのMythosや、OpenAIが信頼できるアドバイザーに提供しているモデルなどがそうだ。
これらの能力は、脆弱性の特定と大規模な悪用を可能にし、ゲームのルールを完全に変えてしまった。このリスクに対抗するには、防御側もAIをこの戦いに投入するしかない。
CISO(最高情報セキュリティ責任者)はどう対応すべきか
スピサック氏 全てのCISOは、攻撃者のように考える必要がある。自社環境で見つかった問題の優先順位付けを再評価し、AIを防御に活用すべきだ。具体的には、膨大なアラートの選別(トリアージ)にAIを使う。また、AIを使って自社を攻撃してみるのも有効だ。攻撃者の視点で脆弱性を見つけ出し、現在の情勢でどれを最優先で修正すべきかを即座に判断するのだ。
Mythosなどのモデルは危険すぎて利用が制限されているが、本当にそこまで危険なのか
スピサック氏 われわれはMythosの早期アクセス権を持ち、多くの研究者が評価・検証を行ってきた。ベストプラクティスを探るためだ。「本当にそんなに危ないのか」と聞かれれば、私はこう答える。「Mythosは3週間で、1年分に相当するペネトレーションテスト(侵入テスト)を完了した」と。
例えば、Mythosは「OpenBSD」にある27年前のバグを発見した。OpenBSDは堅牢(けんろう)で、十分に検証された安全なOSだと広く認識されていた。しかし、そこに潜んでいたバグをMythosは暴き、悪用してみせた。こうしたフロンティアモデルによって、明らかに地殻変動が起きている。
フロンティアモデルはなぜそこまで高い能力を発揮できるのか
スピサック氏 モデルの内部動作には、われわれから見えない「魔法」のような部分が多い。膨大なトレーニングとチューニング、そしてニューラルネットワークの活動が水面下で行われている。
特にMythosの場合、Anthropicは長年コーディングモデルの開発に注力してきた。優れたコードを書けるようになった結果、副産物としてそのコード内の脆弱性を検知する能力も備わったのだ。モデルはマシンのスピードで動く。人間よりも速く脆弱性を見つけ出す。われわれは今、その転換点を目の当たりにしている。
今日の脅威に対処するCIOやCISOへのアドバイスは
スピサック氏 1つ目は「自己評価」だ。内側に目を向け、攻撃者の視点を持つべきだ。AIを使って自らを評価し、オープンソースやサードパーティー製アプリケーション、社内アプリケーションの棚卸しを徹底してほしい。それらが外部や内部からどう見えるかを評価するのだ。
二つ目は「リスク姿勢」の改善だ。発見した脆弱性のリスクをどう測定するか再考すべきだ。その上で、体系的な方法で対策や修正を行う。
最後は、セキュリティ運用の「プラットフォーム化」だ。多くの組織には、データ用、アイデンティティー用、ネットワーク用と異なるツールが混在している。いわゆる「ベストオブブリード」のポイントソリューションだ。問題は、ツール間に「隙間」が生まれることだ。
われわれのアドバイスは一貫している。セキュリティ運用を1つのプラットフォームに統合すべきだ。その「隙間」に隠れている脅威が、最終的に致命傷となるからだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
TechTarget発 先取りITトレンド
米国TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[ファインディ株式会社] AI利用率だけでは説明できない成果 開発組織の競争力を生む「開発資本」とは? -
製品資料
[ニュータニックス・ジャパン合同会社] AI活用を成功へ導く、シンプルで費用対効果に優れたクラウド基盤とは? -
製品資料
[ニュータニックス・ジャパン合同会社] マネージドKubernetesには限界も――メリットをフル活用する新たな選択肢とは? -
技術文書・技術解説
[ニュータニックス・ジャパン合同会社] 決断の日が迫る「vSphere 8」サポート終了問題 考慮すべきリスクと選択肢は? -
製品資料
[サイバーソリューションズ株式会社] メール誤送信対策のルールが肥大化 苦しむ情シスはどうすれば救われるのか?
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
半数がブルーカラー転向を視野に? ベテランエンジニアを追い込む“54歳の壁”
-
2
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
3
パッチなしで「今すぐサーバを落とせ」 Kiteworks異例警告の波紋
-
4
IT製品の導入に関するアンケート「セキュリティ」編
-
5
「法人向けPCおよび周辺機器の利用状況」に関するアンケート
-
6
「アップグレードできないJava」をどう守る IBMとRed HatがAIで400件超修正
-
7
LINEヤフーはなぜ「社内の管理者」すら信用しないインフラを作ったのか
-
8
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
9
OpenAIやAnthropicでさえ制御不能 2026年夏「3大サイバー攻撃」の衝撃
-
10
Copilot導入で陥る“目的化”の落とし穴 定着の鍵は「作り込まない」こと
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
2
Microsoft 365のメールセキュリティ、3つの“死角”と追加で検討すべき対策とは
-
3
システムの保守がモダン化を阻む? 「変えない判断」から脱却する方法とは
-
4
AI駆動攻撃にどう対抗する? 超速の攻撃からエンドポイントを保護する方法
-
5
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
6
プログラミング不要で誰でも実現できる、ネットワーク運用管理の自動化とは
-
7
Linux初心者でも知らないとまずい「RHEL」「SLES」の違いとは?
-
8
東大教授と考える、AI時代の「データ主権」「信頼性」「ガバナンス」の在り方
-
9
「IT史に名を残すシステム障害」8選
-
10
最速72分でデータが流出? 最新の脅威トレンドや侵入手法から分かった防衛策
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー