「電子カルテから手で転記」体制を脱却
閉域網でAPI連携が無理なら“直接”画面を読む――北九州総合病院のAI-OCR活用
「外部連携APIがない」「ネットワークが閉域」といった課題を抱えるレガシーシステムからデータを抽出するのは至難の業だ。北九州総合病院が電子カルテから情報を抽出するために取った“奇策”とは。
事業部門からの「今使っているシステムと、新しいクラウドサービスを連携してほしい」という依頼は、概してIT部門を悩ませるものだ。連携対象がAPI連携を前提としていないレガシーシステムであったり、セキュリティ要件で閉域網に隔離されていたりする場合、システム間連携には膨大な費用や時間がかかるからだ。
社会医療法人北九州病院が運営する北九州総合病院も、まさにこの「分断されたシステムの壁」に直面していた。同院では、国の制度変更に伴い、特定の疾患を持つ患者のデータを外部データベース(レジストリ)に登録することが診療報酬加算の要件となった。しかし、院内の電子カルテは自由記述が中心で構造化されておらず、必要なデータを手作業で拾い出す作業は現場にとって極めて高負荷だった。
医療機関の電子カルテ端末は一般的に閉域環境に置かれており、外部システムとの連携には制約が伴う。そのため現場の担当者が電子カルテの画面を見ながら、手作業で別システムに転記せざるを得ず、入力に1症例当たり最大30分を要していた。年間250症例を処理する現場の負担は限界に達していた。正攻法のシステム改修が難しい中、同院はいかにしてこの窮地を脱したのか。
API連携の壁を「物理的なハック」で突破する
サイボウズは2026年5月29日、北九州総合病院におけるノーコード開発ツール「kintone」の活用事例を公開した。同院は、骨折患者の臨床データを管理するレジストリ登録業務の負担軽減を目的に、2025年にデータ収集プロセスの見直しに着手した。医療機関向けサービスを手掛ける日本メディカル情報サポートと連携し、kintoneを基盤とした医療データ登録ツール「MEDITAL」を開発した。MEDITALは、院内データベースとAI-OCRを組み合わせることで、従来は1症例当たり最大30分を要していた入力作業を約5分に短縮した。
診療報酬制度と現場負担のジレンマ
高齢化の進展に伴い、大腿骨近位部骨折をはじめとする脆弱(ぜいじゃく)性骨折の患者が急増している。これらは高齢者では寝たきりにつながるリスクが高いと言われている。これに対処するための緊急手術が増加する一方で、慢性的な医師不足が続き、病院の業務負荷は限界に達している。
厳しい病院経営を安定化させるためには、診療報酬の加算取得を進めることが重要となる。しかし、加算を取得するためには、患者の診療データの登録や経過情報の報告といった追加の事務作業が求められる。このため、加算取得を進めるほど現場の事務負担が重くなるという構造的なジレンマが生じている。
こうした中、厚生労働省は2022年の診療報酬改定で、緊急手術加算などの制度を新設した。迅速な手術や再骨折予防の取り組みを行うことで、1症例当たり数万円規模の診療報酬が加算される仕組みが整備された。これは厳しい病院経営にとって重要な収益機会となるが、その要件として、特定の疾患を持つ患者のデータを脆弱性骨折ネットワークなどの外部レジストリに登録することが義務付けられた。
退院後のデータ後追いと電子カルテが抱える構造的課題
医療現場の事務負担を増大させている要因の一つが、データ収集方法にある。加算取得の登録要件を満たすには、入院時や手術時といった急性期のデータだけでなく、30日後、120日後、365日後といった回復期や生活期における経過データが必要となる。急性期は自院で対応するためデータを収集できるが、それ以降の期間は対象患者がすでに退院して院内にいない。そのため、現場のスタッフが後追いで情報収集をしなければならず、夜間などに電話やFAXを用いて地域の診療所や患者に連絡を取り、手間をかけてデータを追跡せざるを得ない。こうした後追いでの情報収集が、病院の業務負荷を押し上げる要因となっている。
事務負担を増大させる別の要因として、電子カルテの構造的な問題もある。北九州総合病院副院長で整形外科を統括する福田文雄氏は、「電子カルテは構造化データとして扱いにくく、自由記述が中心になる」と指摘する。例えば、同じ部位の骨折でも、医師によって「大腿骨近位部骨折」「右大腿骨折」「大腿骨頭の骨折」など、電子カルテには自由な表現で書かれる。構造化されていないテキストから必要なデータを手作業で拾い出す作業は、現場のスタッフにとって極めて負荷が高い。結果として、対象患者の抽出や手術日などの情報を人手で判断し、別システムに転記する作業が発生している。
閉域環境に対応する撮影型AI-OCRのアプローチ
こうしたデータ収集の課題に対し、北九州総合病院は業務プロセスの見直しに着手した。医療機関では電子カルテ端末が閉域環境に置かれることが多く、外部システムとの連携にはコストや制約が伴う。そのため、データの自動連携が難しく、現場では電子カルテの画面を見ながら、医師クラーク(医療事務作業補助者)などが手作業で転記してデータを収集していた。
同院から相談を受けた日本メディカル情報サポート取締役の鈴木孝充氏らの開発チームは、病院の運用や制約を踏まえ、電子カルテと直接連携するのではなく、画面を端末のカメラで撮影し、AI-OCRでデータ化する方式を採用した。これによって、既存システムを大きく変更せずにデータ収集を可能にした。
実際のシステム構築に当たり、開発チームは当初から完成された仕様に基づいて進めたわけではなかった。動作するプロトタイプを短期間で作成し、現場のフィードバックを反映しながら改善する手法を採用した。開発過程では大きく3つのステップを踏むこととなった。
第1のステップとして着手したのは、共通する基本情報を集約する1つの院内データベースをkintone上に作成し、そこから複数のレジストリに一括して自動登録する仕組みの構築だった。しかし、実際にデータ入力を担当する医師クラークにこの試作画面を提示したところ、キーボード入力の負担が変わらない点が課題として指摘された。
そこで開発チームは、入力を大きく簡素化する第2のステップへ移行した。それが電子カルテの画面を直接カメラで撮影し、必要な項目をAI-OCRで自動抽出して院内データベースへ登録するプロトタイプの開発だった(図1)。この方式については、カルテ内のどこに必要な情報が記載されているかの判断は専門知識を持つ医師にしかできないため、結果として医師側の負担が増える可能性があり、運用面で課題が残るとの指摘を受けた。
このフィードバックを受け、最終的な第3のステップとして、脆弱性骨折ネットワークなどの学会が推奨し、複数の医療現場で医師がチェックシートとしてすでに利用している既存の紙のフォーマットをAI-OCRで読み取る機能が、MEDITALの基本仕様として実装された(図2)。これによって、他院においても導入しやすい負担軽減策が確立された。
一方、北九州総合病院での実運用においては、紙のフォーマットは使わず、医師クラークが電子カルテの画面から必要な箇所を直接AI-OCRで読み取り、端末内でデータを処理する方式を採用している。同院では、電子カルテに散在する情報を手作業で拾い集めて転記する業務を医師クラークが担ってきた。こうした運用の中で、必要な情報を抽出するノウハウが蓄積されていたため、医師の負担を増やすことなく、画面を直接読み取る方式での運用が可能となっている。このように、同システムは基本仕様としての紙のフォーマット読み取り機能と、同院の運用に合わせた画面読み取り方式の両面から、医師と医師クラーク双方の作業負担軽減につながっている。
システム的な発想だけでは到達できなかったこの仕組みは、短期間でプロトタイプを作成し、現場の意見を反映しながら改善を重ねる中で形になった。
症例登録時間が6分の1に短縮した成果と今後の展望
新システムの導入によって、症例登録にかかる時間は1症例当たり約30分から5分に短縮された。実務を担当する医師クラークからは、入力内容をその場で確認できる点が作業のしやすさにつながっているとの声がある。福田氏は、業務効率化の重要性を指摘し、医師以外でも対応可能な業務は分担していく必要があるとの考えを示す。
今後は「MEDITAL」として展開し、他施設への導入や適用領域の拡大を検討する。2026年は100病院への導入を目指すとともに、がん登録など他の診療科への波及や、電子カルテベンダーとの業務提携も視野に入れ、導入拡大と適用領域の拡張を進める方針だ。
(※)この記事は本多和幸氏と谷川耕一氏によるIT事例メディア「CaseHUB.News」に掲載された「北九州総合病院、kintoneとAI-OCRで症例登録を効率化 作業時間を6分の1に短縮」(2026年5月31日)を、TechTargetジャパン編集部で一部編集し、転載したものです。
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