医療DXの神髄

137拠点の個別最適がDXを殺す 英NHSが直面するデータ基盤崩壊の危機

AIが医師をしのぐ診断精度をたたき出す中、英NHSは「AI禁止」と「分断されたデータ」の壁に突き当たっている。単なる可視化にとどまらない、AIが自律的に行動するための「運用データ基盤」の重要性を説く。

Financial Timesのコメンテーターであるマーティン・ウルフ氏は最近、AIによる自動化がホワイトカラーの中産階級を空洞化させるリスクを警告した。富が少数のテクノロジー独占企業に集中し、リベラルな民主主義を脅かすほどの激しい反発を招くという。この警告をどう受け止めるにせよ、構造的な視点を見過ごすことはできない。AIは専門職の在り方を変貌させる。適応できない企業は取り残される。

 医療も例外ではない。英国国民保健サービス「National Health Service(NHS)」の「10カ年保健計画(NHS 10-Year Workforce Plan)」には、臨床現場へのAI導入が明示的に盛り込まれた。一部では、テクノロジーが特定の職務を代替するケースも想定されている。学術誌『Nature』に最近掲載された2本の論文によれば、自律型AI(エージェンティックAI)システムが救急診断や外来管理で専門医を上回る成果を出した。これらはベンダーのデモではなく、実際の症例で検証された査読済みの結果だ。現時点では臨床導入の段階にはないが、進化の勢いが加速していることを裏付けている。

 しかし、NHSの準備は全く整っていない。NHS EnglandでAI担当ナショナル・クリニカル・リードを務めるシャンカル・スリドハラン博士は、2026年7月に開催されたカンファレンス「ConfedExpo」で、137万人のNHS職員が大規模言語モデル(LLM)の利用を禁じられている現状を「犯罪的だ」と指摘した。「次世代の自律型AIが控える中、われわれは自動音声書き起こし(AVT)すら導入できていない」という。

 NHSのAI導入を主導する立場にある人物が、基本的なツールすら導入できない現状を公に認めた格好だ。スリドハラン氏は、この禁止措置が職員を管理外のAIツール利用へと駆り立てており、シャドーIT的な回避策を生み出す結果になっているとも警告した。

 一方で、英国内での統合データプラットフォーム(FDP)を巡る議論は、調達方法やサプライヤーの素性、過去実績といった内容に終始している。FDPは、臨床AIを大規模に展開するための基盤となり得るNHS唯一の運用データプラットフォームだ。ただ、大半のトラスト(病院運営組織)は特定用途向けに国が構築したごく少数の製品を採用するにとどまり、あらゆる現場でサービスを動かすというプラットフォーム本来の可能性を引き出せていない。基盤自体は存在するものの、内部でデータ基盤構築に着手した拠点はまだほとんどない。

 FDPの議論は、現状に追い付く必要がある。もはや「手術室のスケジュール管理製品が、どれだけ手術件数を増やしたか」を問う段階ではない。人員危機によって問題が深刻化する前に、専門医をしのぐ性能を示しているAIを導入できるデータインフラをNHSが構築できるかどうかが問われている。

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