統制と利便性を両立する最適解
横行する「野良AI」の恐怖 三菱重工が全社AIインフラを“自作”した本当の理由
各事業部門が独自に生成AIを導入する「野良AI」は、セキュリティ統制を破壊する重大なリスクだ。この危機に直面した三菱重工業が、全社共通のAIシステムを内製した理由に迫る。
生成AIの急速な普及は、現場の業務効率化を後押しする一方で、IT部門に新たな頭痛の種をもたらしている。各事業部門が独自の判断で無数の生成AIツールを導入することで生じる「個別最適化」や、セキュリティおよび運用ルールの統制が完全に効かなくなる懸「野良AI」(シャドーAI)のリスクだ。
多岐にわたる事業分野を持ち、各事業部門が独立して運営されている大手重工業メーカーの三菱重工業は、こうしたリスクに直面していた。同社では、顧客からの問い合わせ処理や作業依頼の管理が個人の電話やメールに依存しており、処理履歴などのナレッジが分散し、業務の属人化が深刻な問題になっていた。各部門が個別に十分なIT人材を確保することは難しく、全社横断的な対処が急務だった。
このガバナンス崩壊の危機を打破するため、三菱重工業のデジタルイノベーション本部は大きな決断を下す。既存のパッケージツールを部門ごとに導入するのではなく、クラウドサービス群「Amazon Web Services」(AWS)を活用し、全社共通のITインフラやAIワークスペースをスクラッチで内製開発する方針を固めたのだ。しかし開発チームには、フロントエンドのノウハウはあっても、インフラやバックエンド、最新のAI技術に関する知見が不足していた。
知見が不足する中、三菱重工業はどのようにしてAWSや生成AIの技術を吸収し、開発プロセスを高速化したのか。先行リリースからわずか2週間で2000人以上のアクティブユーザーを獲得し、チャット利用回数1万5000回を記録した新システムの裏側に迫る。
知見不足からのスタート
三菱重工業は、限られたIT人材の有効活用と組織横断でのシステム開発推進に向けて、AWSの各種サービスおよび生成AIを活用した社内システムの内製開発を実施した。2026年6月30日、内製化支援の技術パートナーであるサーバーワークスが発表した。インフラやバックエンド、AI領域の知見を補完する伴走支援を受けることで、社内のナレッジ共有と開発プロセスの迅速化を進めている。
三菱重工業は世界屈指の重工業メーカーとして、エナジーや航空・防衛・宇宙などの幅広い分野でグローバルに事業を展開している。多岐にわたる事業部門が独立して運営される中で、各部門が個別にIT人材を十分に確保することが難しく、組織横断でデジタル化を支援する体制づくりが課題となっていた。これまでの顧客対応や作業依頼の管理が電話やメールに依存しており、対応履歴やナレッジが個人に偏り、業務が属人化している状況も解消する必要があった。昨今の生成AIの普及に伴い、各事業部門が独自にツールを導入することで、個別最適化やセキュリティおよび運用ルールの統制が効かなくなる懸念も抱えていた。
これらの背景から、デジタルイノベーション本部が中心となり、全社共通のITインフラをスクラッチで内製開発する方針を固めた。パートナーの検討に当たっては、過去に三菱重工業のコールセンターシステム開発でAWSの知見と高い技術力を示した実績を評価し、サーバーワークスを伴走パートナーとして起用した。
今回の取り組みでは、2つの主要システムが構築された。1つ目は、顧客からの問い合わせを一元管理する「チケット管理システム」だ。フロントエンドに「Next.js」、バックエンドに「Amazon Relational Database Service」(Amazon RDS)や「AWS Lambda」などを採用し、ペアプログラミングを通じて三菱重工のエンジニアがバックエンド技術を吸収しながら開発を進めた。2つ目は、2025年6月に着手した全社共通の「AIワークスペース」だ。「Amazon Bedrock」や「Amazon Bedrock Knowledge Bases」を活用してRAG(検索拡張生成)環境を構築し、社内ナレッジの検索や書類要約などの機能を提供している。
導入に伴い、チケット管理システムはまず1つの事業部門でリリースされ、1日最大50件近く寄せられる問い合わせの対応状況やステータスを一元管理できるようになった。これによって、設計や製造といった他部門との情報共有やエスカレーションが迅速化し、業務効率化を達成している。AIワークスペースは2026年4月に従業員向けに先行リリースされ、2週間でアクティブユーザーが2000人を超え、チャット利用回数は1万5000回を記録した。現場から「働き方そのものを変えるほどのインパクトがある」と評価を得ており、すでに20以上の事業部門から導入相談が寄せられている。1週間スプリントのスクラム開発やAIを活用したバイブコーディングを取り入れたことで、社内の内製開発力やCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)自動化などの最新知見も向上した。
今後は、チケット管理システムを他の事業部門にも展開できるよう汎用(はんよう)性を高める開発を継続する。AIワークスペースについても、AIエージェントによる各種申請処理の自動実行やデータ分析機能の拡張を進め、システム上で業務を完結できる体制を目指す。三菱重工グループ全体への展開と並行して、将来的には事業収益の向上に寄与する経営の土台へと発展させる。
(※)この記事は本多和幸氏と谷川耕一氏によるIT事例メディア「CaseHUB.News」に掲載された「三菱重工業、AWSと生成AIの導入により社内システムを内製化し業務効率化を推進」(2026年7月1日)を、TechTargetジャパン編集部で一部編集し、転載したものです。
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