優秀なAIよりも現場が求めているもの
「AIツール」の配布はただの無駄遣い? 成果を分ける“週2時間の研修”
経営層は「従業員がAIツールを使おうとしない」と嘆くが、本当の障壁は別のところにある。AIツールの潜在能力を最大限に引き出し、重大なミスを避けるために、企業が投資すべき取り組みとは。
巨額を投じてAIツールの全面導入に踏み切ったものの、社内での定着が滞り、期待外れの結果に終わる企業が後を絶たない。
なぜ、このような「期待外れ」が起きるのか。オンライン教育サービスを提供するStudy.comが2025年に全米の従業員2000人を対象として実施した調査によれば、回答者の89%が職場でAIツールを利用していると回答した。これほどAIツールが普及しているにもかかわらず、AIツールから優れた成果を得られたと実感している回答者は19%にとどまる。
経営層はAIツールが浸透しない理由を「従業員の消極的な姿勢」のせいにしがちだ。しかし、理由はそれだけではない。従業員はAIスキルの向上に意欲的だが、企業によるAIツール活用支援が不足していると感じている。調査において、AI研修によってAIツールを扱えるようになったと回答した従業員は18%にとどまる一方、49%は、基本的なAIツールの操作しかできない、あるいは全く準備ができていないと答えた。
AIツールのスキルギャップは従業員個人の問題ではなく、企業全体の問題だ。調査では、従業員の46%がAIスキルを独学や試行錯誤で身に付けたと回答した一方で、企業から正式な研修を受けた割合は33%に過ぎない。確固たるAI定着戦略がなければ、企業は期待外れの結果しか生まないAIツールに資金を浪費してしまう。本稿は、企業がAIスキルギャップを解消し、従業員のAIツール活用支援を推し進めるために今すぐできることを紹介する。
従業員が学習に必要とする時間は週2時間でよい
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経営層は、「企業全体へのAI研修は手間や時間がかかり過ぎ、複雑であるため、有意義な投資にはならない」と考えがちだ。しかしStudy.comの調査において、従業員の67%は、週に2時間以下の学習でもAIスキルの向上に役立つと回答している。
ソフトウェアベンダーGenesys Cloud ServicesでCIO(最高情報責任者)を務めるトレバー・シュルツ氏は、「よくある間違いは、専用の学習時間を作らずにAIツール活用を優先事項に掲げることだ」と指摘する。同氏によれば、会議の合間に新しいスキルを学ぶよう求めても定着はしない。同氏のチームは、通常業務から完全に離れて、実際のビジネス課題にAIツールを応用する専用日を隔週で設けている。成果物の提出は求めず、例外も一切認めていないという。
企業において、目的に合わせた週2時間のAI研修を実施し、適切なAIスキルを育成することは、将来の変化に強い人材作りにつながる。Study.comの調査結果から分かる通り、従業員は現実の業務シナリオに基づく研修(56%)やAIツールの出力の正確性を確認するための指導(52%)、安全な利用基準(ガードレール)の提示(45%)を求めている。
中には、AI研修を「限られた予算に対する、重くて複雑過ぎる負担」と見なす経営層もいるだろう。しかし、研修に膨大な時間をかける必要はない。従業員にAIツールの利用方法を教育しないことで生じるリスクと比べれば、数時間の実践的なAI研修は、企業にとって賢明でささやかな投資だ。
関心が高まっているのにAIツールの定着が遅れる理由
Study.comの調査が示す通り、従業員はAIスキルを磨き、日常業務にAIツールを組み込む意欲と能力を持っている。経営層も、業務全体にAIツールを導入したいと望んでいる。それにもかかわらず、企業においてAIの定着が遅れているのが実情だ。
シュルツ氏は「スキルや活用支援の不足は、従業員の拒絶反応よりもはるかに深刻な障壁になる」と語る。AIツールが反復作業を減らし、意思決定に役立つと理解されれば導入は進む。企業が利用権を配るだけで従業員任せにすれば、AIツールの価値は社内のごく一部にしか波及しないのだ。
企業向け学習管理システム(LMS)を提供するTalentLMSが、2025年9月に人事(HR)担当者101人とフルタイム従業員1000人を対象として実施した調査によると、人事担当役員の83%が「自社は従業員のAI学習を積極的に後押ししている」と考えている。しかし、それに同意する従業員は64%にとどまる。意味のあるAI定着戦略がなければ、以下の課題によって、現場への定着に遅れが生じてしまう。
- 業務から切り離された専用の学習時間や研修教材が不足しているため、従業員はAIツールを使いこなす準備が整っていないと感じている
- 企業のAIツール利用方針が不明確だと、いつ、どのようにAIツールを使うべきかについて従業員に迷いが生じる
- Study.comの調査でも、自社のAIツール利用ポリシーが「あまり明確でない」または「全く明確でない」と答えた回答者は30%に上った
- ポリシー違反や情報漏えいへの恐れから、従業員は「処罰のリスクを負うより、AIツールの利用を避けた方が安全だ」と防衛本能を働かせる
- Study.comの調査では、機密業務において、AIツールを安全に使用できていると確信している従業員は29%だった
- 経営層のAI戦略と日々の業務プロセスが結び付いていないため、日常業務にAIツールをどう組み込めばよいかについて現場が混乱する
AI戦略を長期的な成功に導くためには、意図的かつ段階的で戦略的な定着化が必要だ。人材管理AIサービスを提供するEightfold.aiのCEO、アシュトシュ・ガーグ氏は、「信頼はAIツール定着の最大の原動力だ。日々の業務課題の解決にAIツールがいかに役立つか理解できたときに信頼は構築される」と述べる。企業が従業員に対して、専用の学習時間を与え、AIツールを実務に応用する機会を提供すれば、定着は自然と加速する。
AI活用支援を怠ることで生じる損失
AIトレーニングなどの活用支援を怠ると、企業の評判低下や法的な問題、業務上の悪影響を招き、深刻な損失につながる恐れがある。
適切なシステムや安全基準がないまま、組織的な活用支援もせずに社内でのAIツール利用を許可すれば、代償の大きいミスや混乱を招く。具体的には以下の通りだ。
- 無駄な出費
- AIツールへの投資が十分に活用されず、企業は使われていないAIツールに無駄な費用を支払い続けることになる
- 生産性の停滞
- 適切なAI関連の取り組みは、従業員と企業の双方に生産性の向上をもたらす。しかし、きちんとした活用支援がなければその成果は得られない
- スキル格差
- あらゆる業界でAIツールの利用が広がる中、組織的な支援を怠る企業ではチーム間のスキル格差が広がる。AIツールの普及が進むにつれてその差はさらに顕著になる可能性がある
- 競争上のリスク
- AIツール活用の支援に投資する競合他社はAIツールを素早く使いこなすようになるため、支援を怠る企業は市場で不利な立場に立たされる
教育サービスを提供するSkillsoftのCIO、オーラ・デーリー氏は「最大のリスクは、単にツールを利用できる状態にしただけで前進したと勘違いすることだ」と警告する。ツールを導入すれば表面的な動きは生まれるが、成果の向上は保証されない。「適切な研修や安全指針がなければ、AIツールの利用は一貫性を欠き、品質や作業速度の悪化に直結する」と同氏は指摘する。
企業が今すぐできること
AIツールの研修や探求に今すぐ投資しない企業は競合他社に後れを取る。そして、将来の変化からビジネスを守るための適応力や革新性を失ってしまう。経営層が納得し、従業員の要望も満たす効果的なAI研修を実施するために、企業が今すぐできる具体策を挙げる。
- 業務から切り離された専用の学習時間を作る
- 週に数時間、AIについて探求する時間を正式に設ける。学習時間は就業時間内に組み込み、日常業務の一部として扱うべきだ
- 実用的な用例に焦点を当てる
- 研修を実際の業務内容と結び付け、企業が許可したAIツールを日常業務で試すよう促す。これによって、研修が従業員にとって実務に即した有意義なものになる
- 社内推進者(チャンピオン)の人脈を構築する
- AIツール活用で一歩先を行く従業員を見つけ出し、彼らを起点に教え合える仕組みを作る
- 「同僚がAIツールで課題を解決する姿を見れば、導入が机上の空論ではなく具体的な実感に変わる。実践的な成功例を見ることで信頼は高まる」(ガーグ氏)
- 単なる利用登録数以外の指標を測定する
- 利用権の配布数にとどまらず、実際の利用頻度、生産性の向上、スキル開発の進展といった具体的な指標を追跡する
ビジネスプロセス自動化ソフトウェアを展開するQuadientのCIO、ニーナ・タッツィ氏は、「従業員はAIツールを試すことに意欲的だが、それを日々の業務にどう適用するかを学び、共有する機会が必要だ」と話す。同社は2025年秋の同氏就任以来、技術チーム向けに教育や実験のための専用時間を導入したという。「週に数時間でも、実用的なAIツール活用を促す上で大きな違いを生み出せる」と同氏は説明する。
企業は必ずしも膨大な予算を外部の研修会社に払う必要はない。むしろ、AI研修のための時間確保に注力し、従業員の熱意を具体的なビジネス上の価値に変えるべきだ。
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