OSSから商用版へかじを切った理由
93%がAI導入も統制は12%止まり 欧州製薬大手が選んだAIエージェント管理術
AI導入企業の9割がガバナンス不足に陥る中、製薬大手UnipharはOSSから商用基盤へ移行。400超の業務フロー可視化とAIエージェント統制を両立させた、厳格な規制時代を生き抜くIT基盤の現実解に迫る。
オープンソースのワークフローオーケストレーションツールを用いてクラウドコスト管理システムを構築したグローバルヘルスケアサービス企業が、将来的なAIエージェントのオーケストレーションを見据えて商用版への移行に踏み切った。
アイルランドのダブリンに本社を置くUniphar Groupは160カ国以上で事業を展開し、子会社を通じて製薬、バイオテクノロジー、医療技術分野の200社以上のパートナーを支援している。ダブリン本社のプラットフォームエンジニアリングチームは、Microsoft Azureのクラウドインフラと、C#および.NETで記述されたアプリケーションスタックを支えている。
約2年前、同チームはMicrosoftの標準ツールで対応できる範囲を超えて、クラウドコスト管理を詳細に実施したいと考えた。そこで、400以上の個別ワークフローで構成される月次のコスト管理レポート作成プロセスを調整するため、オープンソースの分散アプリケーションオーケストレーションフレームワーク「Dapr Workflows」の採用に至った。
「Mammon」と呼ばれるこのシステムによって、Unipharのプラットフォームエンジニアはリソースの使用状況や割り当てについての詳細な情報を取得し、業務部門ユーザー向けの社内予算の取り組みと結び付けられるようになった。UnipharでDevOpsコンサルタントとして同プロジェクトの指揮に携わった業務委託のオイシン・ヴァーツラフ・ハケン氏は、TechTargetの取材にその詳細を語った。
「特定のリソースタイプにとどまらず、システムの内部メトリクスを実際に確認し、そのメトリクスを利用してコストをさらに細分化できる」とハケン氏は語る。「ワークフローの階層構造はそれを実現するための優れた手段であり、全てビジネスロジックで構成されている。オーケストレーションを記述するためのコードはごくわずかで済み、システム全体が劇的に簡素化された」(ハケン氏)
以下では、400超の業務フロー可視化とAIエージェント統制を両立させた、厳格な規制時代を生き抜くIT基盤の現実解に迫る。
Catalystの導入、オブザーバビリティ、そしてAIエージェント
「AIエージェント」に関連して読みたい編集部お薦め記事
Daprのエンタープライズサポート提供を目的に2021年に設立されたDiagridは、2023年後半に「Diagrid Catalyst」をリリースし、SaaS型のAPIやガバナンス、セキュリティ、オブザーバビリティの機能を追加した。また、エージェント型AI機能も追加し、監査可能な証明やガバナンスを備えた耐久性と検証可能性を持つワークフロー実行もサポートしている。2026年7月にリリースされた「Catalyst 2.0」では、アプリケーション、エージェント、MCP(Model Context Protocol)サーバの認証および認可のための暗号化IDを提供し、AIエージェント向けの宣言型アクセスポリシーの適用もサポートした。
UnipharがオープンソースのDapr Workflowsから商用製品への移行を開始する契機となったのは、主にCatalystの統合オブザーバビリティダッシュボードだったとハケン氏は説明する。その移行は2026年8月に完了したばかりだ。
「元データの上に専用のポータルを用意できたため、システムのパフォーマンスを一目で把握しやすくなった。注意すべきエラーが発生した場合でも、問題に踏み込んで詳細を確認し、調査できる」(ハケン氏)
開発者のオンボーディングおよびオフボーディングのワークフローに向けて「Microsoft Agent Framework」の検証を開始する中、ハケン氏はエージェント型AIのオーケストレーションとガバナンスも視野に入れている。
「これらのエージェントを開発し、Catalyst経由でホストすることは非常に容易で、オブザーバビリティも得られる。Microsoft Foundryも検討したが、自社でエージェントをホストするためのインフラに多額の投資を行っており、Catalystならそれを生かせる」(ハケン氏)
UnipharのAIエージェントのオーケストレーションはまだ初期の実験段階にある。しかし成熟するにつれて、既存システムの設定を少し変更するだけで有効化できるCatalystのエージェントガバナンス機能が真価を発揮する可能性があるとハケン氏はみている。
「エージェント間の通信の制御、検証、制約、そしてガードレールの設置に大きな重点が置かれている。現段階ではアーキテクチャ、実装、設計原則の検討を続けているところだが、間違いなく念頭に置いている要素だ」(ハケン氏)
AI規制が進む中で検証機能を追加したDiagrid Catalyst 2.0
Catalystは当初Dapr Agentsフレームワークのみをサポートしていたが、Catalyst 2.0では、LangGraph、Microsoft Agent Framework、Google Agent Development Kit、AWS Strands、OpenAI Agents SDK、CrewAIなど10以上の主要AIエージェントフレームワークへと対象を拡大した。
Catalystは従来からAIエージェントの耐久実行をサポートしており、特定のタスクが失敗した場合でも再起動して確実に完了させることが可能だった。バージョン2.0では実行完了のデジタル署名付き検証を提供し、エージェントのアクションを企業内の個々の人間の管理者やプロジェクトグループにひも付けることができると、DiagridのCEOであるマーク・ファッセル氏はTechTargetのインタビューで述べた。
「EU AI法を始めとする多くの法規制が施行されつつある。例えばローンの申し込みなど、EU加盟国の市民の個人情報に関わる処理では、ローンの実行が承認されて行われたという直接的な証拠の提示が法律で義務付けられており、これにはデジタル検証が必要になる」(ファッセル氏)
パイロットプロジェクトの実運用への移行が難航し新たな規制が増加する中、AIエージェントのガバナンスは企業の間で大きな関心事となっているとアナリストは指摘する。
米ノースカロライナ州ホールデンビーチに拠点を置くEfficiently Connected(ECI)で主席アプリケーション開発アナリストを務めるポール・ナシャワティ氏は、TechTargetへのメールで「AIガバナンスは方針の議論から運用の要件へと移行しているが、導入状況には依然としてばらつきがある」と記した。
ECI Researchが技術専門家320人を対象に実施した2026年7月の調査によると、93%の企業がAI開発ツールを導入している一方で、そうしたワークロードで標準的なセキュリティおよび運用のガバナンス統制を導入しているのはわずか12%にとどまっている。
未公開企業であるスタートアップのDiagridは、依然としてDaprのワークフローオーケストレーションとの結び付きが中心であり、企業の関心を引きつけるためにより大規模で知名度の高いAIガバナンスツールと競争しなければならない。しかし規制環境が複雑化する中、Catalyst 2.0によってアピール度を高める好機を迎えているとナシャワティ氏は述べる。
「Diagridは双方のニーズに対応できる。開発者は流行のフレームワークで自由にエージェントを記述でき、プラットフォームエンジニアリング、SecOps、法務チームは、そのエージェントを安全に実運用環境へ移行するために必要な改ざん防止ログ、耐障害性、コンプライアンスインフラを確保できる。どのエージェントが動作し、どのアプリケーションに到達し、どのMCPサーバにアクセス可能で、どの個別ツールの呼び出しが許可されているかを組織は把握する必要がある。Catalystはアプリケーション開発セキュリティの目指す方向性と合致している」(ナシャワティ氏)
一方でCatalystはまだ進化の途上にある。ハケン氏は、Microsoft Agent Frameworkのエージェントとともに、AIエージェントのスキル管理がサポートされるのを待っていると述べる。AIエージェントのスキルとは、特定のタスクを実行するようエージェントに指示するために開発者が使用する一連の指示セットのことで、組織間で共有したり、専用のリポジトリに保存して管理したりすることもできる。
「スキルは、サブプロセスとエージェントによる処理を分離するための手段だ。エージェントが幅広い機能を備えている場合でも、プロセスの他の部分に影響を与えることなくスキルの保守や変更が容易になるため、ぜひ備えてほしい機能だ」(ハケン氏)
Diagridの関係者は、このアップデートは開発中であり、間もなく提供予定であるとしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣 -
製品資料
[サイボウズ株式会社] AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
【漫画付き】ひとり情シス協会が明かす、RAG導入でしくじる企業「2つの共通点」
-
4
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
5
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
6
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
BMWも導入 78兆円市場に化ける「フィジカルAI」の衝撃
-
9
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
10
「AI活用を前提とした業務PCへの移行」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー