Salesforceが実践
AI投資最大の壁は「ROI証明」 突破するための“4つのR”とは?
AI技術への投資対効果(ROI)を証明できずに、本番稼働へ至らない企業が続出している。Salesforceは自社業務にAI技術を導入し、問い合わせの大部分を自動化した。AI投資の壁を突破し、成果を持続させる仕組みとは。
企業におけるAIエージェントへの期待が高まる一方で、その効果を経営層に具体的な数値として示せないという課題が浮き彫りになっている。セールスフォース・ジャパンが2026年6月に実施した、日本企業のIT意思決定者およびテクノロジーリーダー277人を対象としたアンケート調査において、半数近くの回答者がAI活用に関する最大の障壁として「投資対効果(ROI)の証明」を挙げた。
AIエージェントの導入に向けた概念実証(PoC)は成功しても、効果測定の基準が不明確であったり、経営層へ説明するための指標が組織内に整っていなかったりするため、本番稼働や全社展開に至らないケースが続出している。AI活用における課題として、人間とAIエージェントの役割分担や、複雑な既存業務プロセスへの適用といった項目も上位に挙がっている。AI投資はもはや「試す段階」を過ぎ、ROIを厳しく評価される「成果を出す段階」に入ったと言える。
AIエージェントを導入するだけでは直接的なROIは生まれない。AIエージェントが創出した時間を、いかにして企業の価値向上に直結させるかが問われている。本稿では、AI導入の壁を突破し、人間とAIエージェントの協働を前提とした新たなワークフローを構築するためのアーキテクチャについて解説する。
AI導入の成果を阻む構造的な課題
調査結果によると、AI技術への期待と実際の導入効果との間には大きなギャップが存在している。調査で挙げられた、AI活用における課題の上位5項目は以下の通りだ(複数選択可)。
- 1位:AI投資のROI証明(50%)
- 2位:人間とAIの役割分担の設計(41%)
- 3位:複雑な業務プロセスへの適用(38%)
- 4位:データ品質への懸念(34%)
- 5位:AIガバナンス(33%)
最も回答を集めた「AI投資のROI証明」は、経営層からの投資承認を得るための前提条件になる。AIエージェントが業務を自動化して時間を創出しても、その空いた時間が何の業務に使われたのかを測定できなければ、単なる個人の業務効率化にとどまってしまう。生産性の向上が企業価値に変換されているかどうかを客観的に判別できないため、次の投資が承認されないという悪循環が生じている。
AIのROIを実現するアーキテクチャ「4つのR」
AI技術による変化を測定可能な形に変換し、ROIを証明するためには、組織と業務の根本的な再設計が不可欠だ。人間とAIエージェントの協働を前提としたワークフローを構築し、持続的な成果を生み出すための戦略フレームワークとして、Salesforceは「4つのR」を提唱している。
1.Redesign(業務の再設計)
既存の業務プロセスにAIエージェントを追加するだけではなく、人間とAIエージェントの分業を前提とした仕事の進め方に再構築する段階だ。役割を個々のタスクに細分化し、自動化に最適なものをAIエージェントに、複雑な判断や関係構築を人間に振り分ける。
Salesforceの調査によれば、自動化に適したタスクの上位には「知識ベースの参考資料の更新」「システムメンテナンスのサポート」「統計値のトラッキングとレポート」「統計分析の実施」「業界のニュースやトレンドに関する最新情報の制作」が挙がる。これらの中から成果が確実に見込めるタスクを特定し、小規模なグループで試験運用と検証を重ねてから組織全体に展開する。この再設計によって、AI導入による時間の創出が初めて可視化され、測定可能となる。
2.Reskill(人材の再教育)
AIエージェントが生み出した時間を価値の高い活動に転換するため、従業員に新たなスキルを習得させる取り組みだ。まず従業員の現在のスキルと将来求められる要件を評価し、能力のギャップを洗い出す。その上で、ビジネスの変革や成長への影響が最も大きなスキルから優先的に再教育プログラムを構築する。AIエージェントの処理速度を活用しつつ、人間の判断力と創造性を強化するための土台を作る。
3.Redeploy(人材の再配置)
再教育で得られたスキルを生かし、創出された人材を戦略的な業務に振り向ける手段を指す。従業員を固定された役割から解放し、他の役割へ柔軟に適応してインパクトの大きい業務に集中できる体制を整える。
Salesforceは、人材とスキルをマッチングするシステム「Career Connect」を活用している。AIを用いて従業員に最適な学習コンテンツやキャリアパスを推奨し、マネジャーが社内の最適な人材を特定することで、シームレスな人材流動性を実現している。
4.Rebalance(業務の再調整)
AIモデルの処理能力は絶えず進化するため、人間とAIを組み合わせた労働力の配分を継続的に再評価・最適化する必要がある。この機能を実現する手段として「Agentforce Command Center」が用いられている。
このシステムは単なる管理画面ではなく、人間とAIエージェントの業務配分や成果を俯瞰(ふかん)し、全体最適を図るための意思決定の土台として機能する。AIエージェントの全活動はセキュリティが確保されたデータ管理システムに記録され、ガバナンスと制御性を確保する。AIエージェントの成功率や顧客満足度、平均解決時間、ROIへの貢献度などをKPI(重要業績評価指標)として可視化する。AI技術がビジネス全体に与える影響を分析し、人間が介入すべき境界線を継続して調整する。
本番導入を通じて実践する組織変革
業務プロセスを完全に再設計してからAIエージェントを導入するアプローチは、変化の速い実態に即さない場合がある。Salesforceは自社を「カスタマーゼロ」と位置付け、自社の顧客問い合わせサイトにAIエージェントを本番導入し、稼働後に4つのRを実践した。PoCだけではAIエージェントの適用範囲を測ることが困難であるためだ。
Salesforceは、従来のヘルプポータルサイトでは「コンテンツが多過ぎる」「パーソナライズが限定的」「複雑な問題の解消が困難」といった課題を抱えていた。そこで、AI導入によるキャリアの変化をあらかじめ示し、現場の不安を払拭するReskillから着手している。
その後、本番環境にAIエージェントを導入し、複雑なトラブルシューティングは人間がカバーする体制を敷いた。実稼働環境での実績として、420万回の問い合わせに対し、全体の70%をAIエージェントが自律的に解決し、20%を人間が対処するという成果を記録している。
現場でAIエージェントを稼働させながら、段階的に業務を移管する中で、人間が担当する、難易度の高い問い合わせの解決時間が長期化するという新たな課題が判明した。これを受けて、SalesforceはさらなるRedesignを実施している。創出された人手は、顧客の成功に直結するプロアクティブな支援業務へと再配置(Redeploy、Rebalance)されている。
AI投資のROI証明という課題は、システムを導入するだけでは解決できない。本番稼働を通じてAIの実力を見極め、業務と組織の枠組みを継続的に再設計、再調整するアーキテクチャこそが、成果を持続的に生み出す手段となる。
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