「データをAIに送る」時代の終わり【後編】
AIをデータ保管場所の近くに置くと安全で経済的 それでも残る“破滅的リスク”
AIモデルをデータ管理システムに統合すれば、総所有コスト削減やセキュリティ向上といった恩恵を受けられる。ただしそれだけでは危険が残ると専門家は指摘する。運用を失敗させないための必須要件とは何か。
AIツールの業務利用において、データを外部のLLM(大規模言語モデル)に転送・複製する従来のパイプラインは、セキュリティリスクや運用の非効率さから根本的な見直しを迫られている。これに代わってデータが保管されているセキュアな場所にAIモデルを配置して稼働させる「AI to Data」(AIをデータのある場所へ持ち込む)アーキテクチャが、急速に普及し始めている。
データを外部に移動させずにAIモデルと統合するアプローチは、データガバナンスを維持するだけではなく、インフラ投資や運用費用を圧縮し、セキュリティを強化することが定量的ベンチマークによって実証された。ただしAIモデルとデータを物理的に近い場所に配置するだけで、本番稼働に伴う全ての壁が取り払われるわけではない。
本稿は、AIモデルをデータの場所に置くことによる費用削減やセキュリティ向上のメカニズムを解説するとともに、AIツールを本番稼働させる上での重要課題を掘り下げる。
開発工数と保守・人件費をカット
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連載:「データをAIに送る」時代の終わり
AIモデルをどこで動かすべきか
データを外部のAIモデルに渡すには、AIモデルやAIアプリケーションごとに専用のストレージ、ガバナンス、ETLパイプラインを構築する必要がある。データ転送(エグレス)料金が膨らみ、複数ベンダーの製品を組み合わせることによる運用負担も生まれる。「企業が利用するAIモデルやベンダーが増えるほど、費用はどんどん膨れ上がる」と、DatabricksのAI製品担当バイスプレジデントであるクレイグ・ワイリー氏は警告する。
これに対して、調査会社McKnight Consulting Groupのプレジデントのウィリアム・マクナイト氏は、「AIモデルをデータの場所に持ち込む方が圧倒的に費用を抑えられる」と述べる。ベクトル検索やAIモデルの推論、セマンティックロジック(業務指標や用語の統一計算ルール)をデータ管理システム内に集約することで、そうした費用は不要になるという。
McKnight Consulting Groupが2026年秋に実施したベンチマークテストによると、データ移行とETL処理が必要なパイプラインと、データとAIモデルを集約したシステムを比較した場合、AIモデルをデータの場所に持ち込む手法は、AIツールの3年間の総所有コスト(TCO)を最大51%削減することが実証された。AIモデルをデータに持ち込むことで、開発から本番稼働までの期間が早まり、開発や保守の手間、エンジニアの人件費も削減されることも示された。
SnowflakeのAIシステム担当責任者、パバン・ポツクチ氏は、費用の差は「企業が自前で構築する必要のないインフラ」の差だと指摘する。データを外部のAIモデルに与えるアプローチは、パイプラインの構築やETLの監視、エグレス料金の支払い、ストレージやアクセス制御の二重管理が必要になる。AIモデルをデータの場所で稼働させれば、こうした付随費用は不要になる。
封じ込めによるセキュリティの向上
セキュリティの向上も見込まれる。企業はAIモデルがデータを読み込むたびに、悪意のあるユーザーに個人情報を漏らさないよう、厳密なセキュリティを維持しなければならない。「データをAIモデルに与えるよりも、AIモデルをデータの場所に持ち込む方が、一貫したセキュリティ制御を維持しやすい」と、調査会社BARC U.S.でアナリストを務めるケビン・ペトリー氏は語る。
システム間でデータを移動させる場合、そのたびにガバナンスを再適用しなければならず、各段階で漏えいのリスクが生じる。統制下にあるデータ管理システム内で、AIモデルをデータの場所に持ち込めば、データを境界内に閉じ込めることが可能だ。「自社のデータをネットワーク境界外に持ち出すことは、攻撃対象領域を広げ、機密情報を侵害リスクにさらし、データ主権やコンプライアンス要件を脅かすことになる」とマクナイト氏は警鐘を鳴らす。
McKnight Consultingのテストでは、AIツールの開発と管理で、データを元の場所に置いておくことのセキュリティ上の利点も定量化した。クラウドサービスをまたいだデータ移動が発生する構成に比べて、データをその場にとどめて処理する構成は、4倍高いデータセキュリティ評価スコアを記録した。マクナイト氏はこうした構成の利点について、「データ責任者がAI導入の壁として挙げるガバナンス上の不安を解消し、データ漏えいや傍受、規制違反のリスクを排除する」と語る。
万能の解決策ではない
もっとも、AIモデルをデータの場所に持ち込むことは、外部のAIモデルにデータを渡す手法に比べれば大きな改善にはなるが、AIツールの試験運用から本番稼働に移行する際の全ての問題を解決できるわけではない。
調査会社SanjMoの創設者兼プリンシパルアナリストであるサンジーブ・モハン氏は、たとえデータとAIモデルが安全なデータ管理システム内にある場合でも、AIツールに適切なコンテキストを提供するのは依然として難しいと指摘する。
AIツールがタスクをこなすには、さまざまなアプリケーションのコンテキストが必要だ。しかし全てのアプリケーションが単一システムに収まっているとは限らない。データを物理的に移送せずに、別々のシステムにあるコンテキストを、AIモデルが安全に読み取れるようにするには、MCPのような標準インタフェースによる統合アクセスや、ゼロコピーデータ共有(データを物理的に複製・転送せず、元データへの安全な参照権限のみを付与して共有する仕組み)が欠かせない。
「理想的な仕組みは、データを土台として、その上にAIモデルを配置する構成だ。本当に重要なのは『AIモデルがどこで動くか』ではなく、『AIモデルが動く際に、信頼できるコンテキストを持っているかどうか』だ」(モハン氏)
ポツクチ氏も、単にデータを使えるようにするだけではなく、システム全体でデータ定義の整合性を保つことが不可欠だと強調する。例えば、社内の2つの部署で「売り上げ」の定義が食い違っている場合、AIツールはどちらの定義に従うべきか判断できず、間違った結果を出力してしまう。
「AIモデルをデータの保管場所の近くに置くことは有効だが、物理的に距離が近いだけでは不十分だ」とポツクチ氏は指摘する。指標の定義や例外ルール、どの質問に対してどのデータソースが信頼できるのかといった業務知識を、AIモデルが正しく理解できる形にすることが重要だ。
マクナイト氏は、「データが適切に準備されていなければ、いくらシステム構成が優れていても意味がない」と話す。AIモデルをデータの場所に持ち込むことで、処理の負担や遅延は解決できるが、未整備なままのデータをAIモデルに与えると、はるかに危険な問題を引き起こす恐れがある。それを防ぐには、AIモデルが不適切なデータに基づいて動作しないように人間が承認・介入する仕組みや、データの品質を保証するためのデータオブザーバビリティ(可観測性)が欠かせない。
「企業でのAIツールの用途が、単なる文書検索から自律的なタスク実行へとシフトするにつれて、単なるプロンプトエンジニアリングのテクニックよりも、実務での専門知識やデータガバナンスが重宝されるようになるだろう」(マクナイト氏)
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