「コード」ではなく「学び」が資産になる
「最初からやり直すなら?」 Shopifyが18カ月の成果を3カ月で作り直した理由
AIの進化により、ソフトウェア開発のみならず人間が担ってきた業務の前提が変わりつつある。EC事業者Shopifyのヘッドオブエンジニアリング、ファルハン・タワール氏が考える「人間にしか担えない仕事」とは。
生成AIやAIエージェントの進化によって、ソフトウェア開発の前提が変わりつつある。AIがコード生成やレビューの多くを担えるようになったとき、人間のエンジニアは何に価値を発揮すべきなのか。
Eコマース(EC)事業者Shopifyのヘッドオブエンジニアリングであるファルハン・タワール氏は、YouTubeで公開された講演「What Is Your Job Now, Farhan Thawar | Compile 26」で、AI時代におけるエンジニアの役割の変化を語った。同氏が強調するのは、エンジニアの価値が「コードを書くこと」から「何を、なぜ、どう作るかを判断すること」へ移りつつあるという点だ。
この変化はエンジニアの話に限らない。AI活用が社内業務全体に広がる中で、情報システム部門にも「何をAIに任せ、なぜ任せるのか、どう責任を持って運用するのか」を見極める役割が求められる。
AIが変える“IT周り業務” これから人間が担うべき仕事
タワール氏によると、ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)において、エンジニアが時間を使う場所は変化している。AIの普及によって、エンジニアはコードを直接書く時間を減らし、AIに作業を任せるための計画、出力結果の検証、設計判断、顧客課題の理解により多くの時間を使うようになりつつある。
同氏は、AIを使った開発には大きく2つの形があると説明する。1つは、作業を細かいタスクに分解し、それぞれを複数のAIエージェントに並列で進めさせ、人間が最後に統合・検証する方法だ。もう1つは、1つのAIと深くペアを組み、推論モデルや別のAIによる批評を挟みながら、順番に品質を高めていく方法である。
いずれの場合も、人間の仕事は「コードを書くこと」そのものではなくなる。重要になるのは、どの問題に取り組むべきか、なぜそれを作るのか、どの解決策を選ぶのか、どのアーキテクチャが適切なのかを判断する力だ。
「コード」ではなく「学び」が資産になる
タワール氏が講演で繰り返し強調するのが、「コードは成果物ではなく、学びこそが本当の資産だ」という考え方だ。そこで同氏は、Shopifyのエンジニア約50人が18カ月かけて構築したシステムの例を紹介する。
システムのリリース直前、創業者兼CEOのトビアス・リュトケ氏はレビューにおいて、「もし最初からやり直すなら、どう作るか」とエンジニアチームに問い掛けたという。タワール氏によると、同チームは18カ月間を通じて、「機能に必要な要素」と「無駄な複雑さ」を理解していた。そこで、「既存の設計とは異なる、より単純で効率的な設計案」を提案したという。するとリュトケ氏は、既存の成果物を前提にせず、その新しい設計で作り直すよう促したという。
結果としてチームは、よりシンプルな仕組みを3カ月で再構築した。ここで重要だったのは、既存のコードを残すことではない。開発を通じて得た理解を生かし、より良い判断に結び付けることだった。
AIがコードを書くようになるほど、この考え方は重要になる。コード生成のコストが下がる一方で、何を学び、次にどう判断するかが競争力を左右するからだ。
ボトルネックは「コーディング」から別の工程へ移る
タワール氏によると、AIの導入は、開発のボトルネックを消すわけではないという。ボトルネックは単に別の場所へ移るだけだ。
従来、開発の制約になりやすかったのはコードを書く工程だった。AIがこの工程を高速化すれば、次は計画、仕様理解、コードレビュー、検証、本番品質への引き上げといった別の工程が制約になる。つまり、AIによって「開発が一気に簡単になる」のではなく、人間が見るべき問題の位置が変わる。
特に同氏が課題として挙げたのがコードレビューだ。AIが大量のコードを生成すれば、それを誰が、どのようにレビューするのかが新たな問題になる。Shopifyでは、複数の大規模言語モデル(LLM)を使い、アクセシビリティや品質など異なる観点からコードを評価する「LLMの評議会」のような仕組みを活用しているという。
ただし、AIがレビューに関与しても、責任は人間から離れない。タワール氏は、AIにどれだけコードを書かせても、プルリクエストに名前を連ねるのは人間であり、本番投入の責任も人間が負うべきだと指摘する。「責任は共有できても、手放すことはできない」という考え方だ。
Shopifyが目指す「AI reflexive」から「AI leverage」へ
ShopifyはAI活用を早い段階から進めてきた。タワール氏によると、同社は2021年にGitHub Copilotを使い始め、AIによるオートコンプリートや関数生成を開発に取り入れた。その後、ChatGPTを使った機能開発も進め、人間とLLMが連携して働く「AI Centaur」の段階を経験した。
2025年には、ShopifyでAI活用を従業員の基本的な期待値とする方針が示された。タワール氏はこれを「AI reflexive」と表現する。これは、何か問題に直面したとき、AIを使うまでの距離をできるだけ短くするという考え方だ。困ったときにすぐAIを呼び出し、作業を前に進める状態を指す。
タワール氏によると、ShopifyはAI活用をエンジニアだけに限定しなかったという。Cursorを導入した結果、エンジニア、プロダクト担当者、データサイエンティスト、デザイナーだけでなく、財務、人事、営業、マーケティングの部門でも同サービスの利用は広がったという。AIエージェントへの入口として、非エンジニアもこうしたツールを使い始めた。
その後、同社は単にAIを使う「AI reflexive」から、AIを使ってどれだけ大きな成果を出すかを重視する「AI leverage」へ考え方を進めた。トークンを大量に使うこと自体を競うのではなく、AIによって人間の手間を減らし、人間が判断や創造性を発揮すべき領域に集中することを目指している。
AI時代でも変わらないもの
タワール氏は、「AIによって変わるものも変わらないものもある」と話す。
1つは、ユーザーに何を届けるべきかを見極める「審美眼」と「判断力」だ。AIがコードを書けるようになっても、顧客の課題を理解し、数ある解決策の中から最適な道筋を選ぶのは人間の役割だ。
もう1つは、エンジニアリングの成果を単純な指標だけで測れないという現実だ。AI導入後、プルリクエスト数や開発速度、プロジェクト期間の短縮といった変化は観測できる。しかし、それだけでエンジニアやチームの価値を判断することはできない。
同氏は、インターンが6行のコードを削除したことで年間60万ドル以上のインフラコストを削減した例を挙げた。大量のコードを書くことではなく、少ない変更で大きな価値を生むこともある。だからこそ、エンジニアリング組織をスプレッドシート上の数値だけで管理することは難しい。
AI時代のエンジニアは「より小さく」ではなく「より大きく」働く
AIによって開発生産性が上がると、経営層は「エンジニアチームを小さくできるのではないか」と考えがちだ。だがタワール氏は、この発想を「野心が小さい」と見る。Shopifyが目指すのは、3000人のエンジニアを減らすことではなく、3000人が10万人分のように働ける状態を作ることだという。
AIをコスト削減の手段としてだけ捉えると、開発組織の可能性を狭めてしまう。むしろ、これまで時間や人手の制約で実現できなかった大きな課題に取り組むための手段として捉えるべきだ。
AIエージェントがコードを書き、レビューにも関与する時代に、エンジニアの仕事はなくなるのではない。人間が担うべき仕事の重心が変わる。コードを書くことよりも、問題を深く理解し、学びを積み重ね、適切な判断を下し、責任を持って本番環境に価値を届けることが重要になる。
AI時代、人間に問われるのは、「何を学び、何を選び、どれだけ大きな価値に結び付けたか」である。
本稿は、Cursorが2026年6月25日に公開した動画「What Is Your Job Now, Farhan Thawar | Compile 26」を基に作成しました。
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