「探す・戻る・待つ」を減らす
年2万6000時間超の削減を試算 ウエルシア薬局「現場主義」DXの舞台裏
ウエルシア薬局は、本部から店舗への業務指示を一元管理する「ウエルシアポータル」をスマートフォンで閲覧できる環境を整えた。幅広い年齢層の現場スタッフを巻き込んだ現場DXの舞台裏とは。
店舗DX(デジタルトランスフォーメーション)の成否は、現場の大きな業務を一気に変えることだけで決まるわけではない。移動、待ち時間、確認作業、探し物といった小さな「隙間時間」をどれだけ減らせるかも重要になる。
全国にドラッグストア約2200店舗(事例収録時点)を展開するウエルシア薬局は、本部から店舗への業務指示を一元管理する「ウエルシアポータル」をスマートフォンで閲覧できるようにした。従来、店舗に1~2台しかないPCでのみ閲覧可能だったという。幅広い年齢層の現場スタッフ約4万人をどのように巻き込んだのか。
なお、ウエルシア薬局を展開するウエルシアホールディングスは2025年12月1日にツルハホールディングスと経営統合した。本事例で紹介する取り組みは経営統合前に実施されたもので、リョーサン菱洋による取材は統合後の2026年1月末に実施された。統合後も存続するウエルシアホールディングスは、2026年7月時点で全国に約3000店舗を展開している。
現場スタッフを巻き込んだ、ドラッグストアDXの舞台裏
ウエルシアポータルは、本部から店舗への業務指示やスケジュールを一元管理するシステムだ。ウエルシア薬局は本事例取材時点で約10年、リョーサン菱洋の支援を受けて同システムを開発、運用してきた。
ウエルシア薬局の横山貴洋氏(情報システム本部 IT企画部長、肩書は事例収録時点)によると、ウエルシアポータル導入以前は、本部から店舗への情報共有に電話やメールなど複数の手段が使われてきた。ウエルシアポータルによって情報の入口を集約し、業務指示を確認しやすくしたことは、当時の店舗運営におけるDXの成果だったという。
一方で、店舗業務の実態が変わるにつれて、新たな課題も見えてきた。ウエルシアポータルは店舗に設置されたPCで閲覧可能だったが、店舗にはPCが1~2台しかない。そのためスタッフは、業務指示やスケジュールを確認するたびに、売り場からPCの場所まで戻る必要があった。別のスタッフがPCを使っていれば、順番待ちも発生した。
広い店内を移動する時間、バックヤードで物を探す時間、店長や担当者を探す時間は、一つ一つは短い。しかし、約2200店舗、約4万人規模の現場スタッフ全体で見ると、大きなロスになる。
1店舗1日2分の削減で、年間2万6000時間になると試算
ウエルシア薬局が注目したのは、現場で日々発生する小さな無駄だった。スタッフは顧客に丁寧に対応したいと考えていても、品出しや確認作業などに追われる。常に人手不足の課題を抱える中で、顧客対応の時間を増やすには、作業そのものだけでなく、作業の周辺で発生する移動や待ち時間を減らす必要があった。
そこで同社は、店舗で使用するスマートフォン端末を約1万台用意した。端末からウエルシアポータルにアクセスできるようにするとともに、アクセス増加に備えてサーバ環境も強化した。
ウエルシア薬局の阿部和彦氏(情報システム本部 IT企画部 課長、肩書は事例収録時点)によると、1店舗当たり1日2分を削減できると仮定した場合、削減時間は全店舗で月約2200時間、年間2万6000時間以上に上るという試算だ。店舗単位ではわずかな改善でも、多店舗展開する企業では全社規模の業務削減につながり得る。
小規模テストから段階的に展開
スマートフォンの利用は、一気に全店へ展開したわけではない。まず1店舗で小規模に試し、次に2店舗、さらに全体の約1割の店舗へと段階的に実証範囲を広げた。現場の反応やコストメリットを確認した上で、全店導入へ進めた。
この進め方は、店舗DXにおいて重要な意味を持つ。現場業務は店舗ごとの動線や人員体制、スタッフの習熟度に左右される。机上の設計だけでは、どの場面で情報が必要になるのか、どの操作が負担になるのかを把握しにくい。
ウエルシア薬局は、現場ヒアリングにも時間をかけた。単に「困っていることはあるか」と尋ねるのではなく、「この場面で困ることはあるか」と具体的な場面に落とし込んで聞くことで、実際の業務課題を拾い上げた。
スマホ利用で「探す」「戻る」「待つ」を減らす
スマートフォンの利用によって、スタッフは売り場に立ったまま、業務指示やスケジュール、本部からの連絡を確認できるようになった。顧客から在庫を聞かれた場合も、従来のようにバックヤードへ確認に走るのではなく、その場で確認できる。
スタッフ同士のコミュニケーションにも変化があった。以前は、店長や担当者を店内で探し回ることがあったが、スマートフォンで直接連絡できるようになった。商品の場所も写真で共有できるため、確認や伝達にかかる時間を減らせるようになった。
現場からは「バックヤードへの往復が減った」「お客さまを待たせることが減った」といった声が上がっているという。単なるシステム閲覧手段の変更ではなく、店舗スタッフの動き方そのものを変える施策になっている。
インカムも現場に合わせて独自開発
ウエルシア薬局の現場DXは、ウエルシアポータルのスマートフォン閲覧化だけではない。スタッフ同士の連絡に使うインカムについても、現場から「耳に合わない」という声が多く上がったため、同社は自社向けにカスタマイズしたインカムとマイクをOEMで製作した。
横山氏によると、スタッフ数が多く、1人1台配布する必要があることを踏まえると、既製品をそのまま導入するより、自社の使い方に合わせて作る方がコスト面でも合理的だと判断した。
この事例は、現場DXが単にデジタルツールを導入することではないことを示している。重要なのは、現場のスタッフが無理なく使え、業務の迷いや負担を減らせるかどうかだ。
「使いやすさ」と継続改善が鍵に
リョーサン菱洋は、スマートフォンの利用に当たり、現場スタッフが迷わず操作できるユーザーインタフェース(UI)を重視した。ウエルシア薬局には幅広い年齢層のスタッフが在籍しており、接客の合間に短時間で操作する必要がある。そのため、直感的に使える画面設計が求められた。
スマートフォンの画面崩れがないかどうかも、実機を使って検証した。リョーサン菱洋によると、導入後も現場から上がる「ここが使いにくい」「もっとこうしたい」といった声を基に、継続的に改善を続けている。
新しいデバイスやシステムの導入では、使い方への不満が出ることも少なくない。しかし、ウエルシアポータル事例では、比較的高齢のスタッフも含めて大きな抵抗感は少なかったという。日常的にスマートフォンを使う人が増えたことも、現場定着を後押しした。
経営統合前から進めてきた店舗DXの軸
ウエルシア薬局が目指したのは、現場スタッフが本来やるべき業務に集中できる環境を作ることだ。移動や待ち時間、確認作業を減らし、顧客と向き合う時間を生み出す。多店舗展開企業におけるDXの本質は、華やかな新技術の導入ではなく、現場の小さな負担を積み上げて減らすことにある。
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