2300店舗を支えるインフラ刷新
通信障害でも「店を止めない」 ホームセンター大手が挑むエッジインフラ運用
顧客体験の向上にはリアルタイムなデータ連携が不可欠だが、実店舗のコンピューティングリソースには限界がある。The Home Depotは旧システムの限界に直面し、どのような工夫でインフラを全面刷新したのか。
実店舗とデジタルの連携が進む小売業において、店舗システムのリアルタイム性と可用性の両立は喫緊の課題となっている。米国の小売大手The Home Depotは、20年以上稼働していた店舗中心の旧システムを見直し、2300件以上の店舗を支える新たなエッジシステムを構築した。
これまでの店舗システムは、夜間のバッチ処理で中央のデータベースと同期する方式を採用しており、迅速なビジネスの要求に応えられなくなっていた。顧客がスマートフォンで注文した商品を翌日現場に届ける、あるいは店舗で直接受け取るといった、相互接続型の小売体験を実現するには、データが分断された従来の仕組みでは不十分だったのだ。
そこでThe Home Depotは、ハードウェアの更新サイクルに合わせてインフラの全面刷新を決断した。新システムの構築に当たり、同社が重視したのは「エッジはクラウドではない」という事実だ。店舗にはデータセンターのような潤沢なコンピューティングリソースはなく、空調などの設備条件も不十分だ。さらに、ハリケーンなどの災害による通信障害時にも、地域社会の復興を助けるインフラとして店舗の営業を継続する(オフライン稼働)必要があった。
過酷な制約を持つ店舗という条件下で、いかにして最新のコンテナ技術やデータ連携を組み込み、開発者の負担を軽減したのか。
2300店舗を支える「Git」の自律的な仕組み
2025年11月に開催された技術カンファレンス「KubeCon + CloudNativeCon North America 2025」において、The Home Depotのディスティングイッシュドエンジニアであるディロン・テンブリンク氏が登壇した。「Flip That Stack: Renovating Edge Infrastructure at the Home Depot」と題したセッションで、新システム構築における設計思想と技術的な詳細を語った。
テンブリンク氏は、エッジインフラの成功には以下の独自の工夫が不可欠だったと指摘する。
1.徹底した「結果整合性」とGitOpsの採用
2300を超える店舗へのソフトウェア展開において、中央から各店舗へ設定を押し込むプッシュ型のデプロイは、通信の不安定さや店舗ごとのタイムゾーンの違いなどによって、管理が破綻するリスクがあった。そこでThe Home Depotは、バージョン管理システム「Git」を運用に組み込んだ「GitOps」をベースとしたプル型モデルを採用し、システム全体を結果整合性で設計している。これは各店舗のシステムが自発的に必要な設定やソフトウェアを取得しにいく運用方法で、具体的にはGitリポジトリを起点に各店舗のクラスタが自律的に設定を同期する仕組みだ。独自のテンプレートエンジンを開発することで、開発者が数千件もの設定ファイルを個別に手書きする手間を省き、自律的な稼働を実現した。
2.オフライン稼働を可能にするデータキャッシュとメッセージング
店舗レジでの高速な処理を維持し、ネットワーク切断時にも営業を継続するため、The Home Depotは独自のデータキャッシュ機構をエッジに設けた。商品の価格や在庫、クーポンなどのデータはクラウドインフラ内のものを正本とし、店舗サーバには一時的なキャッシュとして保持する。一方で、店舗で発生した在庫変動などのトランザクションデータは、確実な配信を保証する独自のメッセージング機能を通じてクラウドインフラに送られる。テンブリンク氏は、「エッジでのストレージ管理は極めて困難であり、永続的なデータを極力持たない方針を採った」と語り、「障害発生時は復旧(リストア)ではなく再構築(リビルド)で解決する潔いアプローチを採用した」と明かした。
3.大規模展開を支える可視化とテスト環境
The Home Depotは、クラウドインフラに2300の仮想店舗クラスタを再現できるテスト環境を構築している。開発者は必要に応じて即座にテスト環境を立ち上げ、チェーン全店規模での展開シミュレーションやスケーラビリティを検証できる。加えて、稼働状況をリアルタイムで把握するオブザーバビリティ(可視化)システムを整備した。これによって、自然災害発生時の迅速な状況把握が可能になっただけではなく、旧システムの稼働監視にも役立てている。テンブリンク氏は、「開発者の体験を向上させ、セルフサービスでトラブルシューティングできるようにすることがシステムエンジニアの重要な使命だ」と強調した。
新システムへの移行は、開発者に圧倒的な俊敏性をもたらし、これまで数カ月かかっていた店舗全体への展開をわずか数時間に短縮した。一方で旧システムからの移行期間中は、新旧両方のインフラを並行稼働させる必要があり、限られた店舗内のコンピューティングリソースが逼迫(ひっぱく)するという課題にも直面したという。テンブリンク氏は「魅力的なシステムを作れば利用者は急増する。移行のタイムラインを厳格に管理することが極めて重要だ」と締めくくった。
本稿は、CNCFが2025年11月25日に公開した動画「Flip That Stack: Renovating Edge Infrastructure at the Home Depot - Dillon TenBrink, The Home Depot」を基に作成しました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
比較資料
[セコムトラストシステムズ株式会社] 「自社に合うEDR」はどれか分かる? 比較・検討時の見極めポイントを解説 -
製品資料
[アルプス システム インテグレーション株式会社] まだ社内で眠らせたまま? AI活用の糧となる「データ資産」を有効利用するには -
市場調査・トレンド
[AvePoint Japan株式会社] “SCS評価制度”対応の第一歩、自社環境と要求事項とのギャップを把握する方法 -
製品資料
[株式会社BREXA Technology] 情報整理の自動化でインシデントの初動対応を効率化、AIエージェント活用のコツ -
製品レビュー
[ヴィーム・ソフトウェア株式会社] SCS評価制度を導入するだけで十分? 組織の防御力を高める活用方法とは
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
2
「WSUS」終了の時限爆弾 “本命”移行先ツールとMicrosoft提唱の新管理手法
-
3
Claude Codeでは「エージェントを作るな、スキルを作れ」 Anthropicが示すAI構築術
-
4
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
5
VMware離れの決め手は“機能”以外だった 情シス109人が選んだ新基準と死角は
-
6
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
7
「ERP(統合基幹業務システム)の導入・活用」に関するアンケート
-
8
パッチなしで「今すぐサーバを落とせ」 Kiteworks異例警告の波紋
-
9
「ITインフラとデータ保護・バックアップ対策」に関するアンケート
-
10
「IBM i(AS/400)はクローズドなシステム」という誤解 DXに寄与する一歩
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
「Google Workspace」活用事例34選、先進の生成AIによる組織変革の全貌
-
2
Linuxのスキルを証明する“激推し”の認定資格はこれだ
-
3
バックアップは“取っているから大丈夫”なのか? ランサムウェア時代の備え方
-
4
ネットワーク遅延の原因、「パケットロス」の基礎知識と効果的な解決策
-
5
月1000枚の紙を削減 9年動けなかった組織が、業務改革のその先に得たもの
-
6
「改正物流効率化法対策」徹底解説 総物流費を抑制するサプライチェーン戦略
-
7
Windows PCとMacの選択制で生産性向上 LINEヤフーが実践する運用管理方法とは
-
8
ソフトウェア開発の属人化と手戻りをどう防ぐ? 速さと品質を両立させる方法
-
9
AI活用を停滞させる「2:6:2の壁」を乗り越えるためのポイントとは?
-
10
ドラマで分かる、標的型攻撃メールの被害を受ける企業と回避できる企業の分岐点
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー