SAPで実現するIFRS対応【第3回】
ERPのIFRS対応 成功へのシンプルな必須条件
IFRSに対応したERPの構築はゼロベースでシンプルに考えれば、決して不可能なことでない。ガバナンスのルールや実機構築/導入展開方式を採用することが成功への必須条件である。
SAP ERP導入企業の状況
現在、多くのSAPユーザー企業が、SAP ERPの以前のバージョン(V4.7=Enterprise以前)から最新のSAP ECC(ERP Central Component)6.0へのバージョンアップを検討している。正確に現状をとらえると、「既にバージョンアップを実施済み、もしくはグループ企業全体へのバージョンアップを継続して実施中のユーザー企業」と、「2009年はじめのSAP保守料の値上げ、およびリーマン・ショックによる世界同時不況の影響を受け、バージョンアップ投資を一時凍結していたが、ここに来て再開に動き始めたユーザー企業」と、大きく二手に分かれるのではないだろうか。
前者のユーザー企業は、バージョンアップで複数会計基準に対応したECC6.0を導入しようとしていても、IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)対応については考慮していないケースがほとんどである。一方で、グローバル経営管理の高度化、ITコスト削減を狙ったERPの海外拠点展開、ERPインスタンス統合などを目的とし、複数国業務にも対応できる高度なグローバルERPを導入することにより、意図せずIFRSにも対応可能なITシステム基盤を既に手にしている企業も存在する。しかし、日本全体のSAPユーザー企業からすると、このような基盤の整ったユーザー企業はわずかである。
さて、後者に属する大半のユーザー企業は、何から考え始めるべきか? また、これから新規にERP導入を検討している企業は、どのようなアクションをとるべきか?
保守料の値上げと世界同時不況によるバージョンアップの立ち止まりは、SAPユーザー企業にとって、多極化世界におけるグローバル経営環境の変化をしっかりとらえ、自社の経営の方向性をあらためて考えるうえでの、1つの機会である。私は2009年を日本におけるIFRS元年と表現しているが、2009年は企業の成長にとっては失われた1年だった。
だが、同時に、多極世界で生き残る共通ビジネス・インフラであるIFRSを学び、取り入れていくために、一呼吸入れることができた実りの1年だと前向きにとらえている。そして、IFRSを機に経営を再度考えることで、日本企業には再び世界の頂点を目指してほしいと思っている。
IFRS対応した新型ERPとは?
ここではIFRS対応したSAP ERPを“新型ERP”と呼びたい。ただ新型ERPは、SAP社から複数会計基準に対応したECC6.0の提供を受ければ、それがそのまま新型になるというものではない。
では、IFRS対応した新型ERPとはどういったものなのか? 検収基準での収益計上、開発費の資産計上など、SAPにおけるIFRS対応の機能面での論点はさまざまあるが、ここでは質的な面から新型ERPを定義し、推奨したい。その条件は 「以下3つの情報構造を、各社の事業内容や事業範囲、及び経営の狙いを踏まえた適切なレベルで統合し実装したERP」である。
- 総勘定元帳/勘定科目コード(Group Operating Chart of Account)
- 組織構造/組織コード(Strategic Organization Code)
- セグメント体系/商品・顧客等の主要コード (Micro Management by Segment Code)
新型ERPの情報構造
1.総勘定元帳/勘定科目コード(Group Operating Chart of Account)
IFRS対応は、本社に限った話ではない。グループ全体を網羅し、個社から連結、連結から個社へと有機的なデータのつながりを持つ統合された情報基盤を備えるための取り組みである。従って、根幹となる勘定科目体系/元帳構成については、グループ全体としていかに一貫性を担保するか、という点が鍵となってくる。
つまり、極力グループ共通のIFRSをリーディング(主帳簿)とした勘定科目コード/総勘定元帳を構築することが望ましい。
事業範囲が日本国内のみである場合、IFRSに対応した総勘定元帳と、日本基準に対応した従来の総勘定元帳の2種類に対応した勘定科目コード表の設計に留められる。そして、IFRSと日本基準、この2つを同時に保持させる方法として、「複数元帳によって物理的にIFRSをリーディング、日本基準をサブという形で分割保持させる方法(Leger Base Solution)」と、「1つの総勘定元帳の中でIFRSと日本基準の共通勘定科目、IFRS専用勘定科目、日本基準専用勘定科目を保持し、日々の業務はIFRSで行い、税務対応目的で日本基準に組み替える方法(Account Base Solution)」の2つがある。
ただし、すべての個社にECC6.0を導入し、一律の複数会計基準対応が可能であれば前者のみの対応で済むが、実際はさまざまな制約により個別対応が必要な個社が出てくる可能性もあり、企業によっては個別対応が必要な個社の方が多い場合もある。 このような場合、選択肢として上記2つを組み合わせたハイブリッド型の勘定科目コード/総勘定元帳の構築手法がある。
基本的には、事業範囲にグローバル拠点が含まれる場合も同様である。総勘定元帳に取り込む範囲が、日本基準のみならず、米国会計基準や英国、フランスの会計基準など、複数の会計基準も想定したGroup Operating Chart of Accountを構築することになる。これが“Global” Operating Chart of Accountという設計思想である。
2.組織構造/コード(Strategic Organization Code)
会社、事業領域、原価センターごとの組織コードをどのように設計するかについては、継続的なグローバル組織改変への柔軟性の担保といった要素を見据えるか否かなど、経営の狙いによってアプローチが異なる。
従来の日本企業のERP導入では、対象個社ごとの組織の実態(部門・部・課)に合わせて組織コードの採番ルールを割り当てることによって構築してきた。一方、M&Aなどで事業成長を狙うグローバル企業では、日本企業に導入されているERPとはまったく異なる、共通した組織設計思想が見られる。それは、あるべきグローバル組織運営(ToBe)の観点から、事業や業務機能、収益責任や権限などの情報を同一指標で整理したものを組織コードとして定義し、それを各社の実態ある組織に導入するというアプローチである。
これによって、グローバル本社は、同一の管理軸で各拠点の業績、運営状況を可視化し、とらえることが可能となる。また、M&Aの際には、この組織コード(Strategic Organization Code)や前述のGlobal Operating Chart of Accountを、非買収会社のコードにマッピングして現行システムから移行することにより、短期間でグループ本社の統治下に置くことが可能になる。
3.セグメント体系/商品・顧客等の主要コード (Micro Management by segment code)
次に勘定、組織以外のコードについて解説する。機能軸単位での業績管理レポーティングを目的とした商品、地域/国・市町村、顧客、資産コードなどのデータ整備/共通化は従来から行われているが、これらはERPの導入に合わせて実施される場合が多い。従来の日本企業では事業部別システムのバラバラの情報を本社で統合する、あるいは事業横断でのリスク管理用に顧客コードを名寄せする、といった一定範囲に限ったデータ整備/共通化が行われていたにすぎないのではないだろうか。
一定範囲のデータ整備/共通化とは、品目や現地法人の統括店舗/チャネルといった最小単位ではなく、SAP用語でいう品目階層や、事業領域といったサマリーレベルでの共通化ということだ。また、これまでの詳細セグメント別業績管理の切り口は、あくまでもPL(損益計算書)中心で、BS(バランスシート)やCF(キャッシュフロー)は、いわば“どんぶり”での管理ではなかっただろうか?
もちろん、これらは本社―個社間の役割分担上、本社が可視化すべきレベルは満たしており、最小単位で抑えることが業績向上に寄与しなかったという面はある。同時に、以前のERPでは、アドオンを施さなければセグメント別BSや事業の発生元別CFを追えないという機能的制約があり、高度な切り口での経営分析や財務レポーティングはできなかったという面もあるだろう。
この点、グローバル・ハイパフォーマンス企業のERPでは、「マイクロ・マネジメント」という概念により、本社から品目や顧客など最小単位での業績把握を可視化し、「ストロングBS」という概念により、BS単位でグループ全体の事業セグメントを詳細に把握できている。もちろん、何年かをかけ、コード/マスタの共通化などのデータ整備を進めてきたという背景はあるが、その違いは歴然である。
日本企業に求められる発想の転換
「新型ERP構築は非現実的だ」「自社にはトップダウンによる推進カルチャーがない」「そんなにリスクあるプロジェクトに手を上げて責任を負う者などいない」など悲観的にとらえられるユーザー企業の方も多いと思うが、ゼロベースでシンプルに考えれば、決して不可能なことでない。
以下は、新型ERPをグループ展開する場合の標準的な手順である。
- IT予算に対するグループ全体の統制、ルールづくりを実施する
- グループ全体の推進体制を構築し、コード/マスタを共通化する
- 各国会計基準や商慣習なども織り込んだパイロット・システムを構築し、1拠点に導入する。この際、
- 原則パイロット・システムをテンプレートとし、各拠点に同時並行型で導入する。各国税務要件のみ個別対応とし、効率化要件や例外要件については、グループ共通要件として昇華できるもののみ個別対応を認める
これらは極めてシンプルなプロセスであり、シンプルなガバナンスのルールや実機構築/導入展開方式を採用することが成功への必須条件である。
IFRSで変わるERP導入のブループリント
一言でERPのIFRS対応といっても、そこにはERPバージョンアップを検討しているユーザー企業、グローバル経営のあり方を模索するユーザー企業、そして経理部門によるIFRSの研究やシステム要件が上がってくることを待っているユーザー企業など、さまざまな立場がある。
そしてIFRS導入に伴うバージョンアップ1つを見ても、多極世界における今後の日本企業の経営のあり方や、経営上の外部要因・内部要因などとも密接につながっている。これからの時代における日本企業の成長という大きな視点に立ち、個々に対応するのではなく、ERPのみならず制度改革/BPRを取り入れたグループ横断での包括的な将来への青写真を描くことが重要と考える。
2015年3月期に強制適用が始まると仮定すると、比較対象年度となる2013年4月から始まる会計期間よりIFRSベースの記帳を開始することが望まれる。「まだ3年以上あるから大丈夫でしょう?」という質問を受けるが、今年度(2009年度)中に、IFRSの影響を把握した上で経営の狙いを定めた実行計画を練り、来年度(2010年度)には、前述の新型ERPの情報構造を検討してグループ全体でデータ整備を始めてIFRSの骨格を設計し、2011年度にERPシステムの再構築に着手する。
このころには、ディスカッション段階やMoU段階のIFRSの詳細制度も明確となり、各機能や財務諸表上で勘定の開示位置などERPコンフィギュレーションも最終化できる。そして、2012年度中には、本社、ならびに主要複数拠点/個社へ順次ERP導入をスタートさせる。これらを踏まえると、3年余りという期間は決して長くはない。
筆者プロフィール
鈴木大仁
IFRSチーム
システムインテグレーション&テクノロジー本部
パートナー
1989年、 アクセンチュア入社。大手消費財メーカー複数社のIFRS導入やERP再構築プロジェクトを手掛ける。そのほか、大手化学メーカー、大手食品・飲料メーカー、大手自動車会社などでERP導入プロジェクトを担当。IFRSフォーラムで「IFRS対応ITシステムの本質」を執筆
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