医療のIT化コラム:第2回
医療機関の経営に役立つITの活用法
相次ぐ病院の閉鎖が問題視される中、医療機関の経営効率向上を目的としたシステム導入が増えている。今回は、そうした医療機関の経営に役立つITの活用について考えてみる。
経営の効率化が求められる医療機関
現在、自治体病院の閉鎖や看護師の確保、救急医療の崩壊など、医療機関の経営の深刻さを伝える報道が後を絶たない。人の生命にかかわる医療分野では、その経営に関して利益のみを追求するわけにはいかない。過度に利益を追求すれば、医療の質に影響をもたらし、経営効率をも犠牲にする恐れがある。しかし、地域の医療機関が閉鎖されれば、不利益を被るのはその地域で暮らす住民だ。
多くの医療機関において、電子カルテシステムの導入によって診療情報の蓄積が進んできた。しかし、経営の意思決定に役立つようなデータの活用が十分にできていないという問題は、ほとんどの医療機関でいまだ解決されていないといえる。特に、部門ごとにさまざまなシステムが乱立するような診療情報システムでは、必要なデータの抽出すら難しいこともあり、その点に頭を抱えている医療機関の方も多いであろう。
病院で進むBIシステムの導入
医療機関に限らず「IT化で組織内に情報があふれているのに、経営に対するインサイトが足りない」と悩んでいる企業のトップは多い。また、経営者の多くが「意志決定の不適切な原因は情報活用の不十分さにあると認識しており、直感的に意志決定を下している」といわれている。そのような状況の中、基幹システムを補完・強化する形でBI(ビジネスインテリジェンス)ソリューションの導入が進んでいる。また、先進的な医療機関での取り組みもメディアで多く紹介されるようになった。
医療機関の経営に役立つITの活用法とは、一体どのようなものであろうか。今回は医療機関におけるBIソリューションの導入メリットを考えてみる。
そもそもBIとは?
BIとは端的には「事実に基づいた戦略的意思決定」といえる。つまり「組織内に存在する情報を収集して意味のあるものに加工し、それを基に組織のビジネスプロセスを最適化する」ことだ。ここでの“情報を意味あるものに加工する”とは、過去の状況を振り返るために情報を蓄積してさまざまな軸や切り口から分析することである。また“ビジネスプロセスの最適化”とは、目標を達成するために最適なアクションを実行したり、そのための体制を構築することなどである。
医療機関がBIを導入した際に得られるメリット
医療機関の経営効率を向上させるには、以下の3つステップが挙げられる。
- 経営状態の可視化
- 経営資源(ヒト・モノ・カネ)の有効活用による個別最適化
- 組織の抜本的再構築による全体最適化
医療機関では、適切なKPI(Key Performance Indicator)を設定して可視化するだけでも、その経営効率が飛躍的に向上することが多い。それだけ医療機関の経営可視化の取り組みが遅れているともいえる。
経営の可視化指標には具体的にどのようなものがあるのか。以下に幾つかの例を挙げてみる。これらは管理会計において収集・管理される情報である。
- 資金余裕度
- 負債比率
- 不良債権発生比率
- 薬品のデッドストック率
- 材料費削減率
また、医療機関の場合は、単に経営効率の向上を進めればよいわけではない。医療の質やサービスも考慮しなければならない。その指標の例としては、以下のような情報が挙げられる。
- 平均在院日数
- 病床稼働率
- クリニカルパス適用率
- 患者満足度
- クレーム件数
BIソリューションを導入すると「経営者・管理職・職員が経営の現状や課題を目の当たりにして、それを実感し危機感を共有して業務を改善するアクションを起こす」ことが可能になる。こうした「経営指標の状況をリアルタイムに把握し、経営トップの意思決定の下で現場改善を継続する運用サイクルを確立できる」ことこそが、その導入メリットだといえる。
BIソリューションを導入・構築する際の注意点
しかし、単に“BIシステム”と称したソリューションを導入すればよいという話ではない。それは、過去の電子カルテ導入のブームと同じだといえる。こうした名ばかりのソリューション導入に陥らないためには、「経営方針に沿ってその導入の目的を明確にする」必要がある。現在、医療機関ではさまざまな業務改善の取り組みが行われているが、BIソリューションを活用して経営効率や医療の質を向上させる改善活動につなげるためにも、まず経営上の課題を識別することが重要だ。
ここからは、BIソリューション導入のポイントを紹介する。
管理指標を明確にして、事前にシミュレーションを行う
まず、BIソリューションの導入前に情報収集とその分析を行い、現場改善の取り組みをシミュレーションして「BIソリューションの投資対効果が見込めること」を事前に確認してほしい。これにより、医療機関全体で「日々の業務改善の取り組みをさらに効率化しよう」という姿勢を持つことにつながる。
具体的には、最初に「可視化・分析を行う対象となる管理指標を明確に設定する」ことだ。その際、医療の質に関する指標になり得るのは、目に見える結果(アウトカム)のみならず、むしろその過程(プロセス)であることに留意すべきである。
医療機関の場合、同じレベルの診療行為、医療サービスを実施したとしても、常に同じ結果が得られるとは限らない。また、同じ疾患であっても患者ごとに進行度や病状は異なる。目に見える結果だけにとらわれると、ばらつきが生じる可能性が高い。一方、プロセスを管理指標とした場合は、ばらつきにあまり左右されることがない。例えば、「クリニカルパスの適用やリスクアセスメントの実施といった“根拠(エビデンス)に基づいた医療=Evidence Based Medicine”(以下、EBM)を確実に実施しているか」を測ることで、医療の質を数値化することが可能となる。
こうした情報収集・分析を行うことは、かなり手間を要するかもしれない。しかし、この手間を惜しむと、職員の意識向上や実際の業務改善などのアクションに結び付かないこともある。
管理指標を数値化・可視化
シミュレーションである程度効果が見られたら、いよいよBIソリューションを活用する段階となる。ここで、BIソリューションを導入する注意点を1つ挙げよう。それは「システムの利用者は現場職員であることに留意する」点だ。医療の質、特に「患者満足度」などの指標は、患者と接しない部門がデータ分析しても課題が浮き彫りにならず、リアルなアクションにつながらないからだ。
その一方で「ITを利用した事実の収集に固執しすぎない」という観点も必要だ。院内のすべての情報を入力して保存し、それらをすべて分析対象とするシステム設計は、情報の収集という意味では理想的だが、結果的に運用負荷の増加を招きかねない。
ここで具体的な管理指標の例として「患者満足度の調査に注目する」という方法を紹介しよう。患者へのアンケートやヒアリングによって、施設や医師・職員の診療行為に関することなどの情報を収集する方法だ。その場合の情報収集にもテクニックが必要だ。例えば、アンケート形式で各質問項目を「良い」を7点、「悪い」を1点の7段階で評価する形式を採用することだ。
こうして導入されたシステムに患者満足度のデータをインプットすれば、情報の抽出・分析にシステムは大きな力を発揮してくれる。この方法では質問項目ごとの点数化により病院全体・診療科別・病棟別などの切り口で集計することが容易になる。例えば、「診療や検査のときの医療スタッフの説明は分かりやすかったか」という質問があれば、点数は診療科・病棟によって異なるはずである。その結果、「病院全体」の切り口だけでなく、「診療科別」「病棟別」「医師別」などの切り口で簡単に可視化できる。情報の抽出・分析を効率化すれば、職員は業務改善策の検討に時間を割けるようになるだろう。
現場が改善する運用サイクルを徹底
BIソリューションを継続活用すると、管理指標の推移を確認して「改善できている」「悪化している」などの傾向を判断できる。管理職の最も大事な役割は、この傾向をしっかり見て経営改善につながるアクションに結び付けることだ。また、顧客満足度の改善に成功した診療科や病棟を評価して、職員のモチベーションを高めることも重要である。さらに、その成功策をほかの診療科や病棟へ展開することも効果を高めるための1つの方法である。
持続的にBIの導入効果をもたらすためには、経営層から現場に至るまで組織全体での取り組みが必要だ。ある病院では、顧客満足度の結果を診療科や病棟ごとに整理し、経営会議で横並びに評価している。これにより、現場の職員自らがさらに顧客満足度の向上を目指すという機運が高まるようだ。また、病棟単位で職員が定期的に分析を行い、申し送りの場でその分析結果と具体的なアクションを提案する運用をしている例もある。こちらは「職員の意識付け」効果もあるようだ。
経営効率と医療の質・サービスのバランスを考慮した活用を
BIの導入というと「どういうシステムが良いか」「電子カルテや部門システムとどう接続するか」といった技術論に終始しがちだ。しかし、「情報収集・分析の結果をアクションに結び付け、継続的な改善活動に落とし込む」ことが重要である。
また、管理指標の設定には特に留意する必要がある。管理指標の中枢にアウトカムを据えてしまうと、医療現場の実態に即した数値が収集できない可能性がある。BIを導入する際には、EBMの実施率やプロセスなどを重視した管理指標を設定することで、経営効率と医療の質・サービスの向上をバランスよく実現するアクション立案につながるだろう。
井形繁雄(いがた しげお)
アクセンチュア株式会社 テクノロジーコンサルティング本部 公共サービス・医療健康SIグループ パートナー
同社に1990年入社。金融機関の基幹システムの保守・運用業務を経て、現在は病院や健診機関、健保組合、中央省庁などにおける医療情報システムのインテグレーションを数多く手掛けている。
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