【IFRS】プロジェクト成功の切り札「PMO」活用法【第5回】
プロジェクトを成功させる5つのリスク管理工程
プロジェクトにつきまとうリスク。事前に想定し得るリスクを洗い出し、適切に対応することでプロジェクトへの影響度合いを下げることができる。IFRS適用など難易度の高いプロジェクトでは特にそのリスク管理が重要になる。リスク管理体制を構築するポイントを解説する。
前回「プロジェクト運営の難所はこうして乗り越える」まで述べてきたように、今日のプロジェクト運営は多岐にわたるビジネスニーズへの対応、短期間・低コストでの導入、日々進化する技術への対応などが求められるため、より難易度が高くなってきている。ほとんどのプロジェクトでは計画段階で多くのリスクを内包しており、このリスクを適切に取り扱わずに、大量に発生する課題をただやみくもにつぶしていくだけでは、品質・コスト・スケジュールがどのような結果となるのか予測することはできない。このような難易度の高いプロジェクト運営において、プロジェクトのゴールを定量的に予測するためには、リスクを網羅的に洗い出し、計画的に管理する事がプロジェクトの成否を握っている。
当初からリスクがあると周囲から思われていたにもかかわらず、問題が顕在化されるまでアクションが取られないプロジェクトは思っているより多いのではないか? こういった事例の原因を究明していくと、リスクを挙げられない現場、リスクを抱え込む中間管理層、リスクを聞きたがらない経営層といった問題点が明らかになってくる。多くの場合、リスク管理はツールやプロセスという仕組みだけでなく、組織に根差す風土・文化にかなりの影響を受ける。
本稿ではプロジェクト成功のためにリスク管理をどのように進めるのかポイントを示したい。
リスク管理に必要な組織の役割(土壌)
リスクとは、将来起こるかもしれない問題である。その問題が実際に起こってしまったら課題となる。言葉を換えれば潜在的な問題がリスク、顕在化した問題が課題である。リスク管理とはこの潜在的な問題を早期に特定し、顕在化させないようにする、または顕在化しても影響をできるだけ少なくするように準備することである。
多くのプロジェクトでは課題管理を実施しているが、リスク管理が本質的に実施できているプロジェクトは、あまり無いのではないだろうか。起こってしまった問題を取り扱う課題管理は当然重要な管理であるが、課題管理しかしていないプロジェクトでは、顕在化した問題をモグラたたきのように次々に対応しなければならず、この後どれだけの問題が発生するのか、どこまで行けば収束するのかを予測するのが非常に難しくなってしまう。
また、課題となってしまった問題はコスト、スケジュール、品質などに影響を与え、プロジェクトの成功を揺るがす問題となることもある。
そうは言っても、リスクというのは顕在化する前の問題を抽出するという作業であり、経験あるメンバーでもプロジェクトごとでそれぞれ異なる制約条件があるため、全ての問題を事前に洗い出すのは非常に難しい。また経験のあるメンバーがそろい、リスクの洗い出しができたとしても、そのリスクを適切に認知することができる組織・経営層でなければ、たとえリスクが挙げられたとしても管理するまでには至らないことになる。トム・デマルコが著書『熊とワルツを リスクを愉しむプロジェクト管理』の中で「リスク管理は大人のプロジェクト管理だ」と述べているように、まだ起こっていない(多くの場合都合の悪い)問題を適切に受け入れることのできる大人の組織でなければ、リスク管理を正しく運営するのは難しい。
以下の心配がある組織では、リスク管理の定着化は難しいだろう。
- リスクを挙げることで評価が下がるのではないかとリスクを挙げない
- せっかくリスクを上司にエスカレーションしても全て自分に返ってきてしまい、作業負荷が増えるばかりなので、最初から言わない
- リスクを挙げることをやる気の無さ・不平不満と捉える雰囲気があるので、リスクを挙げられない
- リスクを挙げると怒られる
- リスクばかり挙げて自身の責任を限定して、解決策を考えようとしない
このような傾向は多くの組織で多かれ少なかれ見られるのではないだろうか。どんなに実績のあるリスク管理のツールをそろえようとも、外部の専門家を呼んで来ようとも、このような土壌が組織に根付いている限りは本質的なリスク管理はできない。最終的にリスク管理を適切に運営するには、リスクを挙げることを評価し、問題を抱え込むことを評価しないような組織の土壌作りが必要不可欠である。特にリーダーシップの姿勢は重要で、リスクを挙げることを評価する姿勢を粘り強く継続的に示していく必要がある。
この土壌作りに成功すればリスク管理はほぼ成功したも同然であるが、まずは自身の組織がどのような土壌を持っているのか認知するだけでも大きな前進である。リスク管理を成功させるためには、組織が果たす役割が非常に大きいといえる。
リスク管理プロセス実行上のポイント
リスク管理プロセスについて、各作業に必要なポイントを述べる。リスク管理のプロセスは(1)リスク識別、(2)リスク分析/軽減策の決定、(3)エスカレーション判断、(4)リスクモニター、(5)リスククローズの5つの段階に大きく分けられる。
(1)リスク識別
まずプロジェクト計画段階でプロジェクトマネジャー、経験豊富なリーダー/メンバー、特定領域の専門家、第三者の識者などでプロジェクトの全ライフサイクルに渡って網羅的にリスクの洗い出しを行う。開始時に全てのリスクを洗い出すような作業を行うのは、プロジェクト全体としてリスクの総量がどの程度あるのか、どのタイミングにどの程度のリスクがあるか把握しておくためである。把握とはプロジェクトメンバーだけで共有するのではなく、プロジェクト外のステークホルダー(利害関係者)を含めて共有し、理解してもらうことを意味する。
また、網羅的にリスクを洗い出すためには、フェーズごと、チームごと、領域ごとなどの観点を利用する。「図表‐2.リスク洗い出しの観点(抜粋)」のように、リスクを洗い出す際の一般的な観点として、チェックリストを作成しておけば経験によるばらつきをある程度防ぐことができる。
(2)リスク分析/軽減策の決定
リスクの持つインパクト(工数やコストに換算)と発生確率を設定することにより、個々のリスクを定量化し潜在的なコストインパクトを把握する。潜在的なコストインパクトの総量がプロジェクトとして確保している予備予算(コンティンジェンシー)内に収まっていることを確認する。ここで予備予算を超えている場合でも、軽減策を実施することによってコストインパクトを低減することができるリスクもあるので、予備予算に収まるようにインパクトや発生確率を恣意的に操作する事は控えるべきである。
潜在的なコストインパクトの大きいリスクから順番に軽減策(顕在化して課題となった場合の代替策を含む)の策定を行う。この軽減策によって、リスクの発生確率またはインパクトをゼロにすることができれば、そのリスクは無くなったと判断できる。
想定工数と発生確率から潜在的なインパクトを確認するための最も簡易的なリスク管理表の例を提示する。
(3)エスカレーション判断
前段でも触れたが、リスクをエスカレーションできる土壌が組織にあるかどうかによって、リスク管理が機能するかどうかが大きく左右される。エスカレーションする際の判断基準は、事前に定義しておく必要がある。
判断基準の例としては、以下のような点が挙げられる。
- 当初設定したスケジュールまでに解決できない
- 軽減策が想定通り機能せず他に追加の軽減策がない
- コストが想定よりも増加してしまう
- 自身のレベルで解決できないほど重大な判断が必要となる
- リスクのコスト総量が予備予算を上回ってしまう
(4)リスクモニター
せっかくリスクの洗い出しをしたのに、目の前の作業に忙殺されてそのまま放置されるというケースもよく見られる。しかし、リスクを洗い出しただけでは意味がなく、定期的にモニターし、新しいリスクが発生していないか、リスクの影響度に変化がないか確認する必要がある。リスクの洗い出しは少なくともフェーズの変わるタイミングでは必ず実施するようにしたい。モニターする頻度については「定期的に」と書いたものの、プロジェクト全体の期間や抱えているリスクの影響度の大きさ、想定発生タイミングによってサイクルを変えるべきである。
ただし、定期的にモニターした方がよいと考えて頻度を多くし過ぎると、リスクの状況に変化がないことが多くなる。そのため、リスク管理自体が必要ないのではないかという誤解からリスク管理が行われなくなることもあるので注意が必要である。
軽減策を実行する際にもコストが掛かるケースがほとんどであるので、必要なコストと軽減策によって削減され得るコストのバランスを確認した上で、軽減策を実行に移す。当然だが、軽減策を実行するために必要なコストが軽減できるコストを上回る場合には、軽減策を実行しない。
軽減策を実行した上で、インパクトや発生確率を再度判定し、結果的に潜在的なコストインパクトがどのように変化したかを確認する。コストインパクトが著しく増加し、想定外の事が起きた場合には前項にあるようにエスカレーションを行うことになる。
発生確率が100%になった場合には代替策を実行に移すことになるが、発生確率が100%になるまで実行を待つのではなく、発生確率がある程度高くなった段階で代替策の準備に入ったり、部分的に実行したりするなどの考慮が必要である。
(5)リスククローズ
軽減策を実行した結果、発生確率やインパクトがゼロになった場合にはそのリスクをクローズすることができる。また、発生確率が100%となった時点で、代替策の実行を行うと同時に課題管理に移行する。
ここまで述べてきたようにプロジェクトを成功に導くためのリスク管理には、組織が果たす役割(土壌)、リスクの識別から定量的な管理・エスカレーションといったリスク管理実行上のポイントが重要であることをご理解いただけたと思う。しかし、このような管理をすぐに立ち上げるのは体制上難しいこともしばしばある。プロジェクトメンバーによるリスク管理が適切にできているか不安がある場合には、プロジェクト外の第三者であるレビュー担当者を任命し、定期的にレビューを実施しリスクの漏れがないか、リスクの状況に変化がないかを確認し、経営層にダイレクトに報告する仕組みを取り入れるのが効果的である。リスクを挙げる習慣のない組織では、いくら報告を待っていたとしても挙がってこないので、積極的にリスクを収集しに行くのである。
ここで重要なのが第三者の人選である。プロジェクトと直接利害関係がない、プロジェクト特性に合わせた経験がある、コミュニケーション能力に長けているなどがその条件に挙げられる。しかし、1人でこのような能力が兼ね備えた人材がすぐに見つかるとは限らないので、プロジェクト規模にもよるが複数人でレビュー担当者の役割を担うのが現実的である。例えば、利害関係はあるもののプロジェクトメンバーと顔見知りなのでコミュニケーションを取りやすい担当者と利害関係のない社外専門家との組み合わせなどが考えられる。
このようにさまざまな形でリスクを洗い出し、リスクの適切な取り扱いがなされる組織づくりを行うこと、そして第三者によるリスクのレビュー推進体制や仕組みをあらかじめ意識したプロジェクト体制を構築することが、プロジェクトの成功確率を上げるための秘訣であり、王道である。組織の土壌を短期的に変えることは難しいが、プロジェクトに関わる全てのメンバーが少しでも意識することにより必ず効果が出るはずである。
本稿を含め全5回にわたりPMO活用法についてポイントや事例を示してきたが、多くの組織では全てをすぐに実行に移すことは難しいと思う。まずは組織としての優先順位付けを行った上で着実に実行していくことにより、読者の皆さんが関わるプロジェクトに示唆を与え、成功に寄与できれば幸いである。
吉松 友弘(よしまつ ともひろ)
アクセンチュア株式会社 テクノロジー コンサルティング本部 品質・リスク管理グループ シニア・プリンシパル
1997年アクセンチュア入社。ネットワークインフラ設計・構築を専門とした活動を経て、製造業・通信ハイテク産業を中心とした多くの大規模システム開発プロジェクトを経験。 プロジェクトマネジメントコンサルティングや開発方法論の導入に精通。現在、社内外のプロジェクトに対して、品質管理プロセス、リスクマネジメントの展開、定着化を中心とした業務に従事している。
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