EHR統合の流れを食い止める可能性も
米国の医療IT化施策が生んだ、医療現場と提供ベンダーとのギャップ
医療分野のIT化推進策として、政府が導入医療機関にインセンティブを支給する制度がある。IT普及に一定の効果はあるものの、ベンダーのアプローチによっては意図しない方向に進むこともある。
米連邦政府が定めた“Meaningful Use”(医療ITの有効利用)プログラムは、「完全統合型のシステムを採用して、ワークフローの改善やシームレスなデータ共有を実現する」というアプローチを奨励する結果をもたらしている。大規模な電子健康記録(EHR)システムの開発者もまた、こうしたアプローチを支持している。だがその一方で、こうした包括的なアプローチが果たしてヘルスケア業界が求める変化へとつながるのかどうかについて、一部からは疑問の声も上がっている(関連記事:米医療機関でマルチベンダー型システムが敬遠される理由)。
統合EHRに代わる選択肢
Meaningful Useプログラムでは、完全なEHRシステムを採用した医師に奨励金が支給されることになっている。米Harvard Medical Schoolの関連医療機関であるボストン小児病院の研究者、アイザック・コヘイン氏によれば「このプログラムの存在が完全に一体化統合されたシステムの導入を促している」という。
だが、コヘイン氏とその同僚であるケネス・マンドル医学博士が推奨しているのは、標準化されたAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)をベースとした代替のアプローチだ。このアプローチであれば、EHRベンダーに限らず、あらゆるアプリケーション開発者が、一般的なプログラミング言語に対応するプラットフォームで動作する新しいプログラムを開発できる。「そうなれば、アプリケーション開発のペースも加速するはずだ」とコヘイン氏は語る。ただし、現状ではMeaningful Useプログラムの奨励金を受け取ることが先決であるため、このアプローチは広まりそうにない。
「この財政支援プランが定められたおかげで、『プラットフォームを購入して、アプリケーションを開発しよう』と言うよりも、すぐに利用できるソフトウェアを購入する方が簡単になっている。アプリケーションの完全なエコシステムを発展させるためには、時間がかかる」とコヘイン氏。
「オールインワンシステムへの偏重をやめることが、アプリケーションベースのアプローチを取り入れるための鍵となるだろう」とさらに同氏は指摘している。
もう1つ、システム全体にわたるEHR統合の代替選択肢として考えられるのは「仮想化」だ。Epicの実装スペシャリスト、ジョン・ロブレス氏によると、Epicも含め、従来、ローカルでホストするシステムを提供してきた大手ベンダーの多くが最近はコンポーネントの仮想化を進めているという。こうした動きが進めば、今後、組織はコンポーネントを自分たちの特定のニーズに合わせてカスタマイズしやすくなるかもしれない。
また、特定のコンポーネントを作動させるのに新たにサーバを設定する必要がないのであれば、ヘルスケアプロバイダーは用途に応じて複数のベンダーを使う方が簡単だということに気付くかもしれない。
相互運用性のある標準規格がEHR統合の流れを食い止める可能性も
ベンダー各社は長らく、標準化に抵抗してきた。Meaningful Useの第2段階の認定基準と標準規格を考察した関係者らによれば、これは各社のビジネスモデルが顧客を完全統合型のシステムに囲い込むことに依存しているためだという。他のベンダーのシステムを購入しやすくすれば、自分たちの売り上げが減ることになりかねないというわけだ。
だが連邦政府の規制や顧客の要望に押され、ベンダー各社は徐々に標準化の方向に向かいつつある。米ビジネス誌Forbesが最近報じたところによると、EpicとCernerは目下、両社のシステム間で患者のカルテを交換できるよう、Greenway Medical Technologiesと共同で作業を進めているところという。またeClinical Worksは2012年9月、クロスプラットフォームの相互運用性を備えた通信規格の開発促進に向けた取り組みを発表している。
IEEEコンピュータソサエティ理事会のメンバーであり、同組織に作業部会「USA Electronic Health Record and High-Performance Computers Working Group」を創設したルイス・クン氏は、こうした動きには幾つかのメリットがあると指摘する。現状では、システムに相互運用性が欠けているため、病院側で何か変更を加える必要性を感じたとしても、単独ベンダーのパッケージから抜け出すのは難しい。だが、技術が標準化されれば、どのベンダーの製品かにかかわらず、ヘルスケアプロバイダーは個々のニーズに即した製品を選べるようになるはずだ。
さらにコヘイン氏は、「標準化によって革新も促されるはず」と指摘する。例えば、ボストン小児病院は以前、同院のEHRシステムでは小児糖尿病患者の血圧を正しく追跡できないことに気付いたという。年齢による血圧の変化が考慮されないことが原因だった。同院のITシステムはHL7(Health Level Seven:医療情報交換のための標準規約)標準を使っているため、同院のニーズに合わせて新たな血圧管理システムを開発し、それをITインフラに組み込むことは、開発者にとっては簡単な作業だったという(関連記事:医療分野におけるメッセージ交換の標準化規格「HL7」)。
「いくら大手のベンダーでも開発者が数百人程度では、潜在的には何万人にも上るであろう外部の開発者たちの創造力と張り合えるわけがない。そうした外部の開発者は、自分たちが作ったアプリケーションを医療業界に使ってもらいたくて仕方がないのだから」と同氏は言う。
Meaningful Useプログラムには、実際、相互運用性を要求する条項も含まれている。ある規定には、ヘルスケアプロバイダーは自分たちとは異なるシステムを使用する医師ともデータを交換できるようにしなければならないと明記されている。だが「今のように統合型システムを採用する流れが強くては、この要件を満たすのは難しいかもしれない」とThe Everett ClinicのEpic担当ディレクターであるメラニー・バンス氏は指摘する。実際、The Everett Clinicが地域で連携している他の病院やクリニックも、大半はEpicを使用しているという。Epicは統合型システムの主要ベンダーの1社と評価されている。
このエピソードは、ヘルスケアプロバイダーがこれまでいかにEHRの統合を優先させてきたかを物語るものだ。だが一方で、そうしたプロバイダー各社のアプローチと、医療IT業界が進むべき方向として一部の評論家や政府の規制担当者が期待している方向性とのズレも浮き彫りにしている。
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