学校生活の全てで私物iPadを活用
私物iPadで学力を伸ばした中高一貫校、「タブレットは新たな文具」
共学の中高一貫校である広尾学園 中学校・高等学校が、教育現場へのiPad活用で成果を挙げている。iPad導入に至った経緯や導入効果について、同校担当者に聞いた。
広尾学園 中学校・高等学校(広尾学園)では、中学校1、2年生の大多数と高等学校1~3年生の一部生徒が、授業をはじめとする学校生活でiPadを活用している。生徒の英語の語彙力向上や教員の校務負荷の緩和といった明確な効果も現れ始めた。広尾学園は、iPadをどう活用しているのだろうか。同校でiPad導入を主導した、教務開発部統括部長の金子 暁氏に話を聞いた。
iPad導入の経緯:新規コース立ち上げとともに試験導入、本格展開はBYOD
広尾学園がiPadを初めて導入したのは、2011年度に高校課程に新設した「医進・サイエンスコース」の生徒だ。同校が購入した150台のiPadのうち、38台を生徒に貸与。モデルケースとして活用することにした。医進・サイエンスコースは、医学部をはじめとする理系学部への進学を目指す高校生のために開設したコースだ。加えて、50~60台のiPadを共有端末とし、生徒や教員が利用できるようにした。
1年間の検証で手応えを得た同校は、2012年度からiPadを本格導入することを決断。中学課程に入学した生徒のうち、帰国子女向けコースである「インターナショナルコース」を除く全生徒にiPadを利用してもらうことにした。
広尾学園はiPadの本格導入に当たり、iPadの貸与から生徒の私物端末の活用(BYOD)へとかじを切った。中学受験合格者の入学条件としてiPadの購入を盛り込み、同校が指定したタイプのiPadを用意してもらうようにしたのだ。同校が指定したのは、無線LANのみが利用可能なWi-Fiモデルである。
生徒のiPadは、同校が一時的に預かってキッティングを実施。アプリケーションのインストール禁止といった設定を施した上で、生徒に戻す。2013年の新学期には、米Appleが無償提供するモバイルデバイス管理(MDM)ツール「Apple Configurator」を導入し、端末設定を効率化した。現在、中学1年生206人、中学2年生204人、医進・サイエンスコースの高校1~3年生各38人と、その他の一部生徒がiPadを活用している。
iPad活用の幅を広げるにはBYODが最適だった
広尾学園が、iPad本格導入時にBYODを採用したのはなぜか。端末調達コストの問題もあるが、「学校からの貸与にすると、活用の幅が狭まってしまうのではないか」という懸念があったのが大きいと金子氏は語る。授業だけでなく、部活動や家庭学習を含めた学校生活の全てにわたるiPadの活用を想定していた同校は、「文房具や制服と同じで、自分のものとして利用してもらってこそ、iPadの活用が広がると考えた」という。
上述の通り、生徒の私物端末を何でも利用させているわけではなく、キッティングで機能制限をしたiPadだけを利用可能にしている。さらに教室内の無線LANは、教員用と生徒用に分けた上でネットワークレベルでのWebフィルタリングをするなどで安全性に配慮した。学校が授業や宿題などで生徒に配布するデータは、個人情報などの機密情報を含まないことも、BYOD採用のハードルを下げた。
iPad導入の動機:「定員割れ」からの再起を掛けた学校改革が後押し
iPadの導入は、広尾学園が進めていた学校改革が少なからず影響していた。以前は「順心女子学園」という名前の女子校だった同校は、生徒数の減少に悩んでいた。1500人程度が適正だという全校生徒数は、1990年代半ばから徐々に減少。2005年度には、全校生徒数が513人と、適正人数の3分の1にまで落ち込んだ。
このままでは経営が成り立たず、学校が消滅する――。こうした危機感を背景に、共学化や校名変更といった改革を断行。2007年に進学校「広尾学園」として生まれ変わった。2009年度には全校生徒数が1091人に急増(図1)。その後は、中学受験者数が5000人以上に上る年があるなど、人気が高まった。
学校改革の機運が高まる中で検討が進んだのが、授業や学校生活へのIT活用だ。既に全校生徒数が1588人にまで回復していた2010年度もIT活用の可能性を模索しており、その中で目を付けたのがiPadだった。
金子氏はiPadを初めて手にしたとき、「『生徒1人ひとりがiPadを持つことによって、学習スタイルが変わるかもしれない』と直感的に感じた」という。手軽に情報収集やコミュニケーションが取れるiPadの導入で、「圧倒的な知識を持った教員がいて、生徒がその知識を授けてもらうという、140年間変わらなかった教育現場が変わるかもしれないと考えた」。こうした考えの下、新規コースである医療・サイエンスコースの立ち上げを機に、iPadの導入を進めていった。
ほぼiPad一択だった2010年当時とは異なり、現在はAndroid/Windows 8タブレットなど、iPad以外の他のタブレットの選択肢が充実している。同校もiPadに固執するつもりはなく、iPad以外のタブレットも試用しているが、「操作性や使い勝手を考慮すると、現状ではiPadしかない」と判断。現在もiPadを標準端末にしている。
iPad導入の効果:英語テストの成績が上昇
iPadの導入は、どういった効果をもたらしたのか。「当然ながらiPadの導入だけで学校が一気に変わるわけではないが、場面場面では確実な変化が現れている」と金子氏は強調する。
定量的な効果として注目すべきなのが、英単語の習得度向上だ。同校は2012年1月から2月にかけて、医進・サイエンスコースの生徒を対象に、iPadの英単語習得に与える効果測定を実施。旺文社の英単語教材「英単語ターゲット1900」の書籍だけを使った学習と、書籍と同教材のiPadアプリを併用した学習で、習熟度にどの程度の違いが出るのかを比較した。
比較方法はこうだ。学習期間を1回目と2回目(ともに2週間程度)、学習範囲を範囲Aと範囲Bに分けて効果測定を実施。1回目は書籍のみで範囲Aを学習し、2回目は書籍とiPadアプリで範囲Bの英単語を学習してもらった。各学習期間の前後にそれぞれの学習範囲の英単語筆記テストを実施し、点数の上昇度を確認した。
効果測定の結果、書籍とiPadアプリの併用の方が、書籍のみよりも学習効果が高いことが分かった(図2)。学習前後での点数の伸びは、書籍のみの学習が58点で、書籍とiPadアプリを併用した学習が74点だった。「ちょっとした空き時間やすき間時間を使い、自分の好きな時間に勉強をゲーム感覚でしていたことが効果につながったと考えている」
実は、英単語ターゲット1900を使った学習は、生徒にとって明確なモチベーションがなかったという。英単語ターゲット1900の点数は授業では利用せず、成績とは無関係。また同校は、朝学習として「V-PLT」という英単語学習プログラムを別途進めていた。こうした条件でもiPadを使った学習に効果があったことは「ほっとするというより、驚きだった」と金子氏は振り返る。
解説集の作成や編集を容易に
iPad導入は、生徒だけでなく教員にも効果をもたらした。同校オリジナル教材の作成や配布も、iPadの導入で効率化できたという。
広尾学園は、学期ごとに「解答・解説集」という緑の冊子を生徒へ配布する。解答・解説集は、試験問題とその解答/解説、補足説明などが詰まっている教材だ。期末試験の直後にある解説授業で利用する。
生徒にとっては有用な教材となる解答・解説集だが、「教員にとっては負荷が大きかった」と金子氏は明かす。解答・解説集は、印刷のために試験前の1、2週間前から完全なテキストを作り上げ、入稿しないといけない。「高校2年生用では500~600ページに及ぶ」などボリュームもある(写真1)。
iPadの導入に伴い、解答・解説集をPDF化。生徒1人ひとりが持つiPadへ配信することで、「配信の直前まで作り込むことができ、教員に余裕ができた」。
iPad導入に込めた思い:デジタルネイティブをデジタルネイティブとして育てる
「デジタルネイティブ世代の可能性をつぶしたくない」。金子氏がiPad導入を推進した背景には、こうした思いがあった。デジタルネイティブに対して、デジタルネイティブとしてふさわしい教育を提供できていたのか。ITの普及以前に生まれた“デジタルイミグラント”の価値観の中で卒業させてきてしまったのではないか……。こうしたことを「非常に不安視していた」と金子氏は語る。
授業へのIT活用だけに注目をすべきではないと、金子氏は注意を促す。「学校の中で授業は確かに大事な要素だが、学校生活にはさまざまな要素がある。授業にこだわりすぎると本質を見失いかねない。iPadをはじめとするITは、学校生活の全てにわたって関与するのだという考え方が大事だ」
授業以外での変化は既に現れている。学級委員の生徒がGoogle Sitesを活用し、合宿に行く際のバスの座席割りの調整を自主的に始めたのがその一例だ(画面1)。「生徒自身が、自分の仲間やクラス、学校のために貢献するこうした活動は、学校生活全般でITを利用ができなければ封じられてしまっていただろう」と金子氏は強調する。
「iPadなどのITの導入は、やるかやらないかの問題ではない。学校や教員にとっての『仕事』であり、その仕事を後回しにするわけにはいかない」
現在の課題:デジタルとアナログのバランスをどう取るか
課題は、iPadなどのデジタルな教育手段と、従来型のアナログな教育手段とのバランスだ。金子氏が恐れているのは、「生徒も教員も“デジタル漬け”になってしまうこと」だという。iPadの利用で学習効率が高まるのならよいが、「単なるiPad依存症になってしまったら意味がない」。
こうした考えもあり、教員には無理にiPadを使うのではなく、あくまでも選択肢として考えてもらっているという。「iPadの活用に積極的な教員ばかりではないし、iPadを活用しなくても素晴しい授業をする教員もいる。こうした教員に無理にiPadを使ってもらうことで授業の質が落ちてしまうとすれば、学校全体にとっての損失となる」。IT導入を目的化しないことが、教育現場におけるIT活用を成功させる鍵となるはずだ。
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