川田大輔のクラウド解体新書【第3回:サマリー版】
“じり貧”へ向かう日本市場を復活へと導く オープンイノベーションの可能性(2/2 ページ)
飽和している国内通信サービス
日本国内の携帯電話普及率を見てみよう。2014年度から現在の四半期単位で開示されている契約数の飽和感は見間違いようがない。年間1000万契約単位で増加していた1990年代や、鈍化したとはいっても年間500万契約単位の増加と旺盛な端末買い替え需要を謳歌(おうか)していた2000年代とは、比較にならないゆっくりとしたペースで契約数が増加している。
家計費に占める通信料金を見ても、総務省によるMVNO(仮想移動体通信事業者)振興が続いているにもかかわらず、統計上は料金負担低減が見られない。MM総研による推計では、携帯電話回線(3G/LTE回線)を利用したMVNO契約数は2016年3月末時点で1327万回線と全携帯電話契約回線数の8.5%程度(注5)でしかないのだから無理もない。固定通信料金の低廉化(というよりは光電話への移し替えの影響)の恩恵を移動電話料金の増大が食い尽くしている。さらに世帯消費支出抑制傾向のあおりを受け、複数年縛り契約が大勢を占める通信料金支出は、むしろ世帯消費に占める比率を上昇させている実態が見えてくる。伝送速度がまだまだ低速であるなど制約が多いとはいえ、斬新で低廉なサービスが続々と登場しているインド市場を見てから日本の国内通信サービスを眺めると、どうにも閉塞(へいそく)感が漂う。
注5:電気通信事業者協会が発表している2015年3月末時点での携帯電話契約数の総計は1億6480万700。
流動性が低く身動きのとれない国内企業
世界ではIT基盤投資に占めるクラウド向け投資が20%を超え、IT基盤の標準的な手段としてクラウドを捉えるクラウドノーマルの動きが広がる中、クラウドは本格的普及期の到来を告げるアーリーマジョリティ(革新的な製品/サービスを比較的早期に導入する層)参入の時期を迎えた。だが国内の状況を見ると、アイ・ティ・アール(ITR)が2015年に発行した「国内IT投資動向調査2016」によれば、重要視するIT課題は「IT基盤の統合・再構築」が6年連続1位、「ビジネスプロセスの可視化・最適化」が2年連続2位と、全体的に見て以前から営んできた事業のバックオフィス機能をIT化する、またはそれを更新・合理化するための投資分野が並んでいる。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2015」(2014年調査)によると、自社ビジネスモデルの変革をIT部門のミッションと明示している企業は52%に及ぶが、このミッションに応えられていると回答している企業は12.4%にとどまっている。ITを活用した業務プロセス変革や事業戦略のサポートなど、積極的なIT活用の提案や課題解決のために最も重視しているのは「IT部門、情報子会社が自ら事業部門に入り込み、業務面からの課題の発見に取り組む」施策で、重視項目1位に挙げている回答企業が43.0%、2位に挙げている企業が15.8%、3位に挙げている企業が10.3%にも達している。既存事業のワークフローを隅々まで把握することで既存事業効率化(持続的イノベーション)を実現することは一定限度可能かもしれないが、それをいくら繰り返しても「ビジネスモデルの変革」は実現できないだろう。経営サイドが望んでいるのが既存事業、ワークフローの洗練であり、持続的イノベーションであるならそれもいいが、「ビジネスモデルの変革」つまりクリステンセン教授のいう「破壊的イノベーション」を目指すならこれでは不十分だ。
経済産業省の「通商白書2013」によると、日本企業のイノベーションへの取り組みと実現度自体は、さほど成功率が高くない。この調査でいうイノベーションとは、Harvard University(ハーバード大学)の故ヨーゼフ・シュンペーター教授の定義に従って分類されているようなので、ここでいうイノベーションの定義は「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」となる。クリステンセン教授の言う破壊的技術がもたらす破壊的イノベーションよりも広範な概念であることに留意しておきたい。
もともと国内に113万4000人いるIT人材の24.7%(28万人)しかユーザー企業に属しておらず(IPA「IT人材白書2016」の推計値)、受託開発による機動力に欠けたIT基盤構築が主流な日本では仕方がない部分もあるが、これらの調査結果から、日本はITを梃(てこ)にしたイノベーションの実現が苦手で、生産手段や資源、労働力などの流動性が低い社会であることが見えてくる。
クラウドの利用価値は、IT資源の所有から利用への変革という財務的な面以上に、企業がエコシステム全体として生き残れる確率を高められるところにあると筆者は考えている。リアルタイムに状況把握と変更対応が可能なオープンでスケーラブルなクラウドの上に自らのビジネスプロセスを適合し、ユーザー企業自身の競争優位の源泉となる領域に自らの資源を集中し、それ以外の要素は外部サービスを利用することで、これを実現する。そこでは利用するクラウドの組み換え、乗り換えは日常茶飯事となる。もちろん、自身が注力する市場での支配力が十分に高まれば垂直統合によってさらなる成長を目指す選択もある。そう考えるとクラウドは、IBMがいうところの「コネクテッド・エコノミー」(ソーシャルメディアによって、これまで以上に人々が広く深くつながっていく環境)を実現するにうってつけの基盤だ。しかし流動性の低い社会・組織ばかりではクラウドの真の利点が生かしにくい。
日本にこそ必要なオープンイノベーション
貿易依存度が30%台の日本にいるとあまり実感が湧かないが、世界銀行によると世界の貿易依存度(対GDP%)は59.6%(2011年)に達しているという。一方、経済産業省の通商白書2013によると、米国を100とした場合の日本のTFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)水準の対米比は2009年で59.8%と生産性が高いとは言いにくい状況が続いている。
世界においてモバイル、クラウド、IoTと、インターネットの雪だるま式成長が続き、貿易依存度が高まっていく中で日本の生産性が低いままだと、たとえ現在のところ比較的大きな国内市場に安住できていたとしても、行く行くはじり貧となるのが目に見えている。ここで踏みとどまるためには、「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合」させてイノベーションを誘発する必要がある。そのために、あらゆる面でこれまでより高い流動性が必要だ。
高い流動性と組み換え自由度を確保すると、それまで1社の内部判断では「投資しても回収できるかどうか分からない」という不確実性の壁を乗り越えられなかったアイデアや技術、販路が確保できずに流通しなかった商材などを外部へ公開し、これに事業性を見いだした外部パートナーとリスク分担することで、実現可能性を高められる。University of California, Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校)のヘンリー・チェスブロウ非常勤教授(以下、チェスブロウ教授)がハーバードビジネススクールの助教授だった2003年に提唱したオープンイノベーションの考え方だ。
【第3回:完全版】をダウンロード(会員限定/無料)
日本ではバズワードとして次々と消費され忘れ去られていった概念が世界ではきちんと積み上げられ、新しい競争モデル作りに活用されている。今回取り扱うのは、これらのうち「ビジネスエコシステム」「オープンイノベーション」など多くの人にとって聞き覚えのある概念だ。
日本ではGeneral Electric(GE)の「Predix」を取り上げると、「ああ、IoT(モノのインターネット)の」といった反応が多く、さらにGEを中心とした米国発の「インダストリアルインターネット」とドイツ発の「インダストリー4.0」をひとくくりに扱う向きもある。だが今回扱う用語を原義に忠実にたどってから見直してみると、ひとくくりに扱うのがはばかられるようになる。同じ理由で「標準化に参加して覇権を」といった主張がピントのずれた目標設定であることも見えてくるはずだ。
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