国内事例がなくても新技術を活用
kmタクシーがGCP「Cloud Spanner」を採用、新サービスでタクシー業界に新風吹き込む
kmタクシーの国際自動車は、「Google Cloud Platform」(GCP)のサービス「Cloud Spanner」を活用し、ビジネスを変革させる新しいサービス「フルクル」を開発した。Spannerを使った理由やメリットを聞いた。
スマートフォンのアプリケーションストアをのぞくと、複数のタクシー配車アプリが見つかる。タクシー会社が開発するもの、「LINE TAXI」のようにIT企業が提供するものなどさまざまだが、迎車料金を払ってタクシーを呼ぶという根幹機能に違いはない。ただ1つ異彩を放つのが、国際自動車が2017年11月から提供しているアプリ「フルクル」だ。迎車料金が不要なだけでなく、呼んでみたけど乗らなかった、なんてことも許される。機能以外にも、Googleのクラウドサービス群「Google Cloud Platform」(以下、GCP)の1つで、分散拡張機能を備えたRDBMS(リレーショナルデータベース管理システム)「Cloud Spanner」(以下、Spanner)の国内先進事例という点でも注目したいこのアプリ。なぜ誕生したのか、Spannerを使った理由やメリットはどこにあるのか、国際自動車を訪ねて話を聞いた。
予約しない、迎車料金もない、先に来た他のタクシーに乗ってもOK、が生まれた理由
取材に応じてくれたのは、国際自動車の管理部・IT課、澤井慎也氏。澤井氏はまず、タクシー業界の特異性について次のように説明した。「タクシーは法律で料金や営業エリアが決まっており、同一エリア内の顧客を奪い合うビジネスです。タクシーを使う人はだいたい決まっているので、その中でシェア争いをすることになります」(澤井氏)
とはいえ各社に特色はある。グループ内にハイヤー、バス、カーリースにツアー会社まであり、人の移動を幅広く支援できる体制を持っていることが国際自動車の特徴だ。2020年には創業100周年を迎える老舗でもある。一方でタクシー配車アプリでは出遅れていた。
タクシー配車アプリの基本機能は、どれもあまり変わらない。特色を出しにくく、先発が圧倒的に有利。澤井氏が「それでも使ってもらえるアプリを作れないか」と、個人的に構想を練っていたのがフルクルだ。
フルクルのサービスは、スマートフォンを振れば近くの空車タクシーが来てくれるというシンプルなもの。他社のタクシー配車アプリとの決定的な違いは、スマートフォンを振ることが予約や迎車に直結していない点だ。フルクルを起動してスマートフォンを振る。近くに空車のkmタクシーが走っていれば、その人の居場所を目指して走ってきてくれる。しかし予約契約ではないので、待っている間に他社タクシーの空車が通りかかったら、そちらに乗ってもいい。
このようなコンセプトが生まれた背景には、澤井氏のタクシー利用者への思いがあった。「タクシーを拾いに大通りに出ますよね。この時点で、実際の出発点と少しずれているんですよ。でも、ちょっとした移動でわざわざ迎車料金を払って呼ぶのは面倒くさい。そこで、振ったらタクシーが集まってくるというコンセプトを思い付きました」(澤井氏)
実はこのコンセプト自体は、国際自動車として会社を挙げてアプリ開発に取り組む中で生まれたものではない。澤井氏が趣味的に作ってみたいアプリとして、構想を煮詰めてきたものを、ふとしたきっかけで上司に打ち明けたところ、すぐさま役員の耳に入り、そして社長の目に留まり実現した。
このアプリの最大の目標は、タクシーをより身近に感じてもらうことだという。「スマートフォンを振ったら周囲のタクシーが集まってくるって、なんだか面白いでしょう? 例えば居酒屋から出て大通りまでタクシーを拾いに歩くより、みんなで面白がってフルクルを振ってくれたら楽しい」と話す。
フルクルで得られるタクシー会社のメリット
フルクルは、そのコンセプトだけを聞くとタクシー会社にあまり大きな恩恵をもたらさないようにも思える。しかし業界の実態を聞けば、そこには大きな鉱脈が見て取れる。そもそもタクシー営業の9割は道で顧客を乗せる「流し」で、予約を受けての迎車は1割ほど。フルクルが迎車料金を取らないからといって、従来の売り上げに大きな影響を与えることはない。ではタクシーが顧客の近くに寄っても、その顧客が他のタクシーに乗ってしまった場合にはどうなのか。これについては「タクシーに乗りたい人がそこにいた」という情報自体が、大きな価値をもたらすと国際自動車は考えている。
決められたエリア内で需要を奪い合うのがタクシー業界の常だ。そこで重要になるのが、何時ごろ、どの辺りでタクシーに乗る人が多いのかという需要情報である。この需要情報は、かつては属人的だった。ベテランドライバーは「何曜日の何時ごろなら、この辺りでタクシーに乗りたい人がいる」というノウハウをため込み、稼働率を上げる。この情報が今ではIT化され、タクシー会社各社が開発するナビゲーションシステムに反映され、ドライバーに共有されている。
しかしそこに含まれるのは、実際に乗った人の情報だけだ。乗りたいと思ったが乗れなかった人、他社のタクシーに乗った人の情報は収集のしようもなかった。澤井氏は「予約契約のないフルクルなら気軽に、本当に乗りたいと思った場所で振ってもらえるのでは」と考えた。
マルチクラウド、新技術を積極活用する姿勢でSpannerも採用
先に、国際自動車は需要情報をIT化しナビで共有していると説明したが、こちらのシステムにはGCPのデータウェアハウス「BigQuery」を使っている。3300台のタクシーが常に通信しており、それぞれの居場所と需要情報をやりとりしている。国際自動車は、予約して迎えにきてもらう一般的なタクシー配車アプリも用意している。こちらはAmazon Web Services(以下、AWS)の同名クラウドサービス群で開発している。クラウドといえばAWS、「Microsoft Azure」そしてGCPの3大クラウドサービス群が優勢だが、国内企業向けのアプリ開発環境の観点では、GCPは後発だ。
国際自動車は、アプリケーションによってクラウドサービスを使い分けている。大量の情報を短いレスポンスで検索、処理するのであれば、GCPは他のクラウドに比べて一日の長があるという。今回フルクルの開発においてもSpannerを使うなど、Googleの強みを積極的に引き出してきた。
開発を請け負ったGCP関連システム開発業の吉積情報は、2017年6月に正式リリースしたばかりのSpanner(東京リージョン)を採用した。吉積情報からSpannerを使いたいという相談を受けた澤井氏は、「求める性能を出せるなら手法は問わない」と答えた。新しい技術を積極的に取り入れる進取の精神があってこそ下せる決断である。GCPを使った開発コストの低さも魅力だった。澤井氏が経営陣に見積もりを見せたときには、「安過ぎて不安がられたほど」だったという。
フルクルは機能がシンプルでもトラフィックの多いアプリだ。「周囲に空車がなければ数ミリ秒という速さでレスポンスを返さなければならず、RDBMSと分散データベースの良いとこ取りをするSpannerは最適に思えました」と、吉積情報の開発事業部、伊藤勇斗氏は語る。ただし商用ではSpannerの国内事例が他に見当たらなかったため「情報が海外にしかなかったという点で少々苦労した」(伊藤氏)という。
国内企業の活用事例が見当たらないにもかかわらず、澤井氏が吉積情報に開発を任せる上で大きかったのは、吉積情報がアジャイル開発を取り入れていることと、全てにおいてレスポンスが速かったことだ。見積もり依頼、修正依頼、アジャイル開発の各段階におけるフィードバックの対応も速かった。アジャイル開発なので開発途中でもモックアップのようにアプリを動かしてみせることができ、経営陣の不安を払拭(ふっしょく)できた。
技術的なポイントとしては、ノウハウのない中でSpannerのチューニングをしなければならない点に苦労したようだ。「Spannerはノード数で課金されるので、ボトルネックを探して、できるだけ少ないノード数で最大限の処理速度を出せるようにチューニングしなければなりません。一方ノード数を増やせばそれだけパフォーマンスアップできるという単純なものでもないので、今後のスケールアップでもチューニングは必要になってくると思います」(伊藤氏)
今後の展開について澤井氏に尋ねたところ、同氏はユーザーインタフェース(UI)の改善を挙げた。一般的なタクシー配車アプリでは、空車のタクシーを示すアイコンが地図内でスムーズに移動するが、フルクルではこま送りのように間が飛んでしまうのだ。その背景には、フルクルが正確な位置情報を重視する考えが見て取れる。
予約を前提としたタクシー配車アプリの場合は、タクシーと顧客のGPS(全地球測位システム)情報を基に、タクシーの進行方向や現在位置を予測してアニメーションさせる。タクシーは交通事故などの不慮の出来事でもない限り、基本的にはアプリ経由で予約した顧客のところに向かうからだ。仮にタクシーの現在位置が厳密には正しくなくても、タクシーが自分の近くに来ていることが分かれば、顧客は安心できる。
フルクルの場合は予測ではなく、タクシーの最新のGPS情報をその都度反映して、アイコンを移動させる。スマートフォンを振ってタクシーを呼んでみたはいいが、本当に空車タクシーが通りかかるのか、どのタイミングで通りかかるのかが分からないと、顧客は不安になる。そのため、できる限りリアルタイムで正確な情報を示す必要がある。
澤井氏は「予測による曖昧さをできる限り排除したい」と考えている。顧客のメリットと、気持ちが良い操作性を両立すべく、国際自動車と吉積情報のトライはこれからも続く。
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