「仕事中毒」の実態【前編】
頑張る人ほど成果が出ない? 追跡調査で分かった「ワーカホリック」の不都合な真実
長時間労働や過剰な業務への没頭は、本当に成果につながるのか。オランダの研究チームが公開した論文から、「ワーカホリック」は企業にとってリスクになり得る実態が明らかになった。
長時間労働や休日返上で業務に没頭する従業員は、長らく「模範的な社員」あるいは「ハイパフォーマー」として称賛の対象となってきた。納期順守、突発的なシステムトラブルへの即応、業務に対する献身的な姿勢は、企業の安定稼働と成長を支える不可欠な人的資本であると見なされがちだ。
しかしある研究者は、過去半世紀にわたる組織心理学の膨大な研究蓄積を基に「ワーカホリック」は、組織の生産性を高める資産ではなく、経営リスクを増大させる要因であると指摘する。本稿は、その研究結果から、「ワーカホリックとは何か」「ワーカホリックではなぜ成果が出ないのか」「ワーカホリックの行動特性」を紹介する。
頑張っているのに実は成果が出ていない? その理由は
オランダの研究者トゥーン・タリス氏らが2024年に公開した論文『Workaholism:Taking Stock and Looking Forward』(注1)は、1971年~2023年までの50年にわたる文献のレビューを基に、ワーカホリズム(仕事中毒)についてまとめたものだ。
タリス氏らによると、1970年代後半から80年代にかけては、ワーカホリックを「高い達成意欲を持つエネルギーに満ちた人々」として肯定的に捉える視点も存在した。しかし2000年代以降の研究では、ワーカホリックは「ネガティブな現象」と見なされてきた。さらに、現代の組織心理学において、ワーカホリックは以下の要素を組み合わせた概念とされている。
- 高い努力の投入(High Effort Expenditure)
- 客観的に見て必要とされる以上の時間とエネルギーを仕事に費やす。組織の要求や経済的な必要性を超えて働き続ける。
- 高い強迫的動機(High Motivation/Compulsion)
- 内的な圧力(罪悪感、不安、自尊心の維持)によって働くことを「やめられない」。仕事をしていない時でも仕事のことを考え続ける(仕事から心が完全に離れる状態の欠如)。
ここで重要なのは、単に「長時間働いている」だけではワーカホリックとは認定されないという点だ。住宅ローンの返済や子供の学費といった明確な経済的必要性から残業をしている場合や、一時的なプロジェクトの繁忙期に対応している場合は、この定義に当てはまらない。ワーカホリックの本質は、「働かざるを得ない」という内的な強迫観念と、それによる「仕事からの心理的離脱」の不全にあるとタリス氏らは指摘する。休んでいる時でさえ仕事のことが頭から離れず、罪悪感や不安に苛まれている状態だ。
「ワークエンゲージメントが高い従業員」もワーカホリックな従業員も、「長時間働く」「仕事に没頭している」という意味では同じことをしている。しかし、前者の従業員は「仕事が好きだから」「意味があるから」という内発的動機に基づいており、自分の意志でコントロール可能だ。仕事が終わればスイッチを切り、趣味や家族との時間でリフレッシュし、翌日のためにエネルギーを回復させることができる。
一方ワーカホリックは「仕事が好きだから」働いているとは限らない。1992年に公開された『Workaholic Triad』モデル(注2)によれば、真のワーカホリックは「仕事への関与が高く」、「強い強迫観念に駆られている」ものの、「仕事を楽しんでいない」とされる。ワークエンゲージメントは精神的健康の向上やパフォーマンスの向上と正の相関を示す一方、ワーカホリックは燃え尽き症候群や身体的愁訴、パフォーマンスの低下と関連しているという研究結果もある。
「働き過ぎ」は成果に結び付かない?
「あの人は夜遅くまで頑張っているから、評価してあげたい」。企業の管理職が抱くこの心情は、組織の生産性を阻害する要因となる可能性がある。タリス氏らは、先行研究のレビューを通じて、ワーカホリックは他の従業員よりパフォーマンスが高いとは限らず、むしろ低い傾向があることを示唆している。
なぜ長時間働いているのに、成果が出ないのか。このパラドックスを説明する理論的な枠組みの1つとして、タリス氏らは1989年に発表された「資源保存理論」(Conservation of Resources Theory:COR)(注3)を引用している。人間が持つ認知、身体、感情のリソースには限りがある。高いパフォーマンスを維持するためには、仕事で消費したリソースを、休息や睡眠、余暇活動によって回復させる必要がある。しかし、ワーカホリックは以下の悪循環に陥っている可能性がある。
- 過剰なリソースの消費
- 長時間労働と、常に「成果を出さなければならない」という高い緊張状態により、エネルギーを消耗している。
- 回復プロセスの阻害
- タリス氏らによると、ワーカホリックの最大の特徴は、業務時間外も仕事のことを考え続ける「反すう思考」だ。帰宅後もメールをチェックし、休日も仕事の段取りを考えるため、脳が完全にオフモードにならない。これにより、睡眠の質が低下し、心理的な回復が進まない可能性がある。
- 枯渇状態での稼働
- リソースが回復しないまま翌日の業務を迎えるため、常に「バッテリー残量が赤色」の状態で働くことになる。リソースが枯渇した脳は、集中力、判断力、創造性が著しく低下する恐れがある。単純なミスが増え、意思決定に時間が掛かるようになる。
長時間労働は、単に「効率の悪い作業時間を物理的に引き伸ばしている」に過ぎず、単位時間あたりの生産性は劇的に低下しているとタリス氏らは結論付けている。さらに、ワーカホリックが「過剰な努力」を投入しているにもかかわらず、それが「成果」に転換されないのは、この疲労と回復不足が原因であると指摘している。
ワーカホリックの行動特性
タリス氏らは、先行研究のレビューを基にワーカホリックの行動特性についても紹介している。
- 仕事を自ら作り出す
- 「忙しいこと」自体に安堵感を覚えるため、あるいは「働いている」という感覚を得るために、本質的でない業務に時間を費やす傾向がある。
- 過度に業務の細部にこだわる
- 80点で十分に目的を達成できる内部資料を、フォントやレイアウトにこだわって満点にするために何時間も費やすといった具合だ。これは企業にとっては「過剰品質」というコストであり、機会損失となり得る。
- 権限の委譲を望まない
- 同僚や上司を信用しにくい。もしくは「自分がいないと仕事が回らない」状況を作るために、仕事を抱え込む。これにより、部門全体の業務や判断のスピードが低下する。
- プロセスを複雑化する
- 単純なタスクを複雑な手順に変え、ワーカホリックな人物の存在意義を確認しようとする。その人物の業務の中身を精査すると、組織の戦略目標に直結しない「自己満足のための作業」が大半を占めていることもあるとタリス氏らは指摘する。これは、実質的な価値創造とは異なる。
企業にも負荷を掛ける?
ワーカホリックが、企業や同僚に意図的に負荷を掛ける可能性についてもタリス氏らは指摘している。一見すると「会社のために」働いているワーカホリックが、なぜ企業に悪影響を及ぼすのか。ここでもCOR理論が鍵となる。同氏らによると、リソースが枯渇し、常にストレスを抱えているワーカホリックな従業員は、感情の制御機能が低下している恐れがある。その結果、衝動的で攻撃的な行動が現れやすくなる。つまり、「誰よりも熱心な従業員」だと思われていた人物が、実は職場の人間関係を悪化させ、チームの協調性を破壊する可能性があるのだ。ワーカホリックな従業員の業績が仮にプラスであったとしても、周囲に及ぼす負の影響を考慮すれば、トータルでの組織貢献度はマイナスになる恐れもある。
後編は、ワーカホリックな従業員が企業に発生させる可能性があるリスクと、企業が実施すべき対策を紹介する。
(注1)Workaholism: Taking Stock and Looking Forward(Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior)
(注2)Workaholism: Definition, Measurement, and Preliminary Results(Journal of Personality Assessment)
(注3)Conservation of resources: A new attempt at conceptualizing stress.(American Psychological Association)
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