AWS re:Inventで紹介した「あの失敗」を日本語でレポート
「完璧な設計」なのに3000万円溶けた AWSの失敗事例から学ぶ3つの教訓
設計図上では完璧に見えたクラウド環境が、本番運用で火を噴いた。アップデート強行で多額の損失、無駄になった開発環境――。AWSのイベントで明かされた「生々しい失敗事例」と、そこから得られる教訓を共有する。
「全てのアーキテクチャは、現実に直面するまでは完璧に見える」。
2025年12月、米ラスベガスで開催されたAWS(Amazon Web Services)の年次イベント「AWS re:Invent 2025」。ITサービス企業DXC Technologyのブルーノ・マランゴニ氏(LATAMシニアソリューションアーキテクト)は、聴衆に向かってそう切り出した。本稿では、同氏が共有した中南米の企業における3つの失敗事例と教訓を紹介する。
その障害は「人災」それとも「技術的負債」?
事例1.可用性とスケーラビリティ(ブラジルの企業が運営するEC(電子商取引)アプリケーション)
この企業はiPhoneをはじめとした大手携帯キャリア2社の販売代行を担ってきたが、ブラックフライデーなどのピーク時にECアプリケーション(以下、ECアプリ)がダウンする問題を抱えていた。同ECアプリは平均3000件/日程度のトラフィックがある。
調査の結果、同社は「プレゼンテーション層」「アプリケーション層」「データ層」の3層構造に分けたアーキテクチャにロードバランサーを追加した一般的なWebアプリケーションの構成を採用していた。しかし、主に以下の問題を抱えていた。
- 手動スケーリング(拡張)
- キャンペーンなどの繁忙期に手動で仮想マシンサービス「Amazon Elastic Compute Cloud」(EC2)インスタンスを追加していた。
- Availability Zone(AZ)間での偏り
- 5つのEC2インスタンスが1つのAZに集中、もう1つは1台のみと、特定のAZ間でインスタンスの配置に偏りが発生していた。
- データベースの配置
- データベースがプレゼンテーション層、データ層と異なるAZに配置されていたため、AZ間で通信レイテンシが約20ミリ秒発生し、顧客体験を損ねていた。
- キャッシュ戦略がない
- 画像のキャッシュ化をしていなかったため、ユーザーが商品ページにアクセスするたびにデータベースやストレージから画像を取得する仕様になっていた。
- EC2ゴールデンイメージ未使用
- EC2インスタンスで「ゴールデンイメージ」(Amazon Machine Image:AMI)を使っておらず、新規インスタンスを追加する際に毎回手動でOS、ソフトウェア、依存関係をインストール、設定していた。
そこでマランゴニ氏のチームは以下を実施した。
- 「Auto Scaling」(コンピューティングリソースやストレージを自動的に増やせる機能)の導入。
- AZ間でのインスタンスの分散。
- EC2のゴールデンイメージ化実施。
- キャッシュの導入
- プレゼンテーション層とデータ層へキャッシュサービス(クラウドストレージにある重要なデータや頻繁にアクセスするデータを、クラウドサービス内のメモリにキャッシュ(一時保管)する機能)の追加。
- データベースをプレゼンテーション層、アプリケーション層と同一AZに再配置し、レイテンシを約80ミリ秒削減した。
- ブラックフライデーに備え、より可用性を考慮した設計にした。
マランゴニ氏は「可用性は単なるチェックボックスではなく、アーキテクチャ上の決定事項でありトレードオフだ」と強調する。
事例2.セキュリティ運用の断絶で3000万円の損害(大手銀行)
同行では、ミッションクリティカルな顧客サービス基盤として「Amazon Elastic Kubernetes Service」(Amazon EKS)を利用し、AWSのセキュリティサービス「AWS Security Hub」による監視を行っていた。さらに、セキュリティ推進団体Center for Internet Security(CIS)準拠のセキュリティチェックが有効になっていた。
AWS Security HubはEKSのバージョン更新を促すアラートを発し続けていたが、プラットフォームチームはこれを無視し、セキュリティチームとの連携を怠っていた。業を煮やしたセキュリティチームが強制的にアップデートを適用したところ、互換性の問題でアプリケーションがダウンした。
EKSは一度アップグレードするとダウングレードができない仕様であるため、システム復旧にはAWSパートナーの介入が必要となった。結果として6時間のダウンタイムと120万レアル(約3382万円)の損失を招いた。この事例は、ガバナンスやツールが整っていても、チーム間のコミュニケーションやDevSecOps(開発、運用、セキュリティの融合)が機能しなければアーキテクチャは破綻することを示している。
事例3.コスト管理とマルチアカウント戦略の欠如(クラウド移行中の企業)
クラウド移行を進めていたある企業では、全ワークロードの70%が開発環境と品質保証(QA)環境で占められていた。それにもかかわらず、EC2、EKS、ECSをはじめとした全クラウドリソースが本番環境と同様に24時間365日、常に動作していた。さらに、開発環境、QA環境にまで、過剰な可用性や冗長性を持たせていた。
この結果、月額6万レアル(約169万円)、年間で2000万円以上を浪費している状態だった。
マランゴニ氏のチームは、開発時間外はクラウドリソースを自動でシャットダウンするポリシーや適切なサイジングを適用することで、月額6万レアルのコスト削減を実現した。マランゴニ氏は「クラウドが弾力的(Elastic)であるなら、コストもまた弾力的であるべきだ」と締めくくった。
IT部門が取るべきアクション
- アラート対応プロセスの見直し
- AWS Security Hubや監視ツールのアラートが、担当者レベルで「無視」または「抑制」されていないか、組織的な棚卸しを進める。
- 開発環境のコスト管理
- 「開発だから」と放置されているインスタンスがないか確認し、自動停止ポリシーを適用することで、即座にコスト削減効果を出せる可能性がある。
- スケーリングの自動化を検証する
- 手動でのスケール対応が残っているシステムについては、ゴールデンイメージ化とAuto Scalingへの移行を検討し、人的ミスと運用負荷を低減する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
技術文書・技術解説
[Jamf Japan 合同会社] MDMだけでモバイルセキュリティは十分? 不足する対策を16項目でチェック -
事例
[Wrike Japan 株式会社] 世界的な家電メーカーが実践する「クリエイティブプロセス効率化」の方法とは? -
事例
[Wrike Japan 株式会社] 世界的テクノロジー企業に学ぶ、プロセス標準化とプロジェクト納品自動化の秘訣 -
事例
[Wrike Japan 株式会社] ソニー・ピクチャーズ テレビジョンに学ぶ、次世代サービスデリバリーのヒント -
事例
[Wrike Japan 株式会社] ソミック石川に学ぶ、ICT浸透後に直面した「工数管理」の課題と解決策
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
脱VMwareの前提が崩れる BroadcomのVDDK公開停止で確認すべき点
-
2
「Microsoft 365」が乗っ取られる 跡形もなくMFAを破る手口
-
3
エンジニアが選考を辞退する本当の理由 7割が隠す“面接の違和感”とは
-
4
膨らむAIコストに歯止め GitHubのマルチモデルルーターは何が違うのか
-
5
「VMware離れ」は本当か 3000社がVCF 9にかじを切った現実的な理由
-
6
AI全部入り「Microsoft 365 E7」に企業が二の足を踏む訳 移行意向はわずか4%
-
7
「Microsoft一択」で本当にいいのか 知らぬ間にライセンス費用が膨らむ真相
-
8
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
9
Anthropicが明かす AIは入力データを「どこまで覚えているのか」
-
10
「身代金を支払う」以外のランサムウェア対策は本当にあるのか?
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
マンガで解説:「ゼロトラスト」「SASE」の必要性とメリット
-
2
5回聞くだけじゃ足りない? トヨタ式「なぜなぜ分析」の正しい実践方法
-
3
インシデント対応工数を約3割削減、東京ガスの事例に学ぶ監視体制刷新のコツ
-
4
AIエージェントで多様な日常業務を効率化するための入門ガイド
-
5
JR西日本ITソリューションズが「監視業務の属人化」を解消した方法とは?
-
6
国税庁の次世代基幹システム「KSK2」稼働開始に向けて、対応すべき変更点とは?
-
7
5分で分かる「セキュア大容量ファイル転送サービス」の機能とメリット
-
8
ドラマで分かる、標的型攻撃メールの被害を受ける企業と回避できる企業の分岐点
-
9
「脱Excel」か「Excel快適化」か? 現場にやさしい業務改善の進め方
-
10
少額減価償却資産が40万円未満へ拡大、令和8年度税制改正で押さえるべき変更点
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー