多国籍銀行幹部が語る次世代金融の在り方
会社にまだ「AI責任者」がいるなら、それは遅れているサインかもしれない
Standard Chartered Bankは、8万人規模のAI教育や業務全体への導入を進めている。同行は、AIと人間どちらを重視していく方向なのか。同行の技術担当役員、アルバロ・ガリード氏に聞いた。
人工知能(AI)が金融業界を変革するという期待が渦巻いている。一方、大手多国籍銀行Standard Chartered Bank(Standard Chartered)でCIO(最高情報責任者)やCDO(最高データ責任者)など技術系の要職を担うアルバロ・ガリード氏は、AIと人間の関係を「どちらを優先するか」という二項対立では捉えていない。
「AI責任者」という”謎”の役割
ガリード氏は、AIを自動化やコスト削減の道具とは見ていない。同行は全従業員約8万人を対象とした社内AIトレーニングプログラムを実施しており、既に約3万3000人がコースを修了した。その際同氏はこの取り組みを、「個人を中心に置いた」と説明する。「銀行の変革を実際に推進するのは人間だからだ」(ガリード)
金融犯罪対策から融資審査まで
金融業界はその性質上、リスクを避け守りに徹する傾向がある。一方Standard Charteredは、業務の隅々にAIと機械学習を行き渡らせている。フロントエンドの顧客サービスにとどまらず、システムの異常を検知するセルフヒーリング(自己修復)インフラの構築や、巧妙化する金融犯罪・詐欺との闘いにもAIを投入している。
一方、融資の審査業務などではAIの活用に慎重だ。「AIを導入する全てのプロセスで、モデルの倫理評価を徹底し、偏見を排除している。常にプロセスの中に人間が介在する『ヒューマン・イン・ザ・ループ』(HITL:Human-in-the-Loop)の状態が重要だと考えている」(ガリード氏)
AIを業務プロセスに厳格に適用すれば、例えば人間の担当者が見落としがちなデータポイントを分析できるようになる。その結果、将来的に「より客観的な融資判断」が可能になるとガリード氏は説明する。
規制への対応と技術基盤の確立
英国、アラブ首長国連邦(UAE)、中国、シンガポールといった、規制の厳しい多様な市場でどのように活動するかは多国籍の銀行にとって課題だ。国境を越えた変化や法規制の動向に迅速に対応できるよう、Standard Charteredは高度な技術基盤にAI機能を構築、集約して運用している。国や地域ごとのカスタマイズは各地域の部門に委ねる方針だ。かつて主流だった合成データや難読化データに頼るのではなく、本番データを使用して安全にAIモデルを学習させる手法も確立した。
サプライチェーンに潜むリスク
AIの急速な普及にはリスクも伴う。サイバーセキュリティ部門も統括するガリード氏が懸念しているのは、金融やITサプライチェーンに存在する脆弱(ぜいじゃく)性だ。ソフトウェアベンダーへの依存や、取引先との関係を挙げ、「銀行は単独で業務を遂行しているのではなく、さまざまな企業が存在するエコシステム全体で成り立っている。自社のセキュリティは完璧でも、エコシステムに存在する企業の脆弱性が攻撃経路になり、銀行全体が危険にさらされる恐れもある」と警鐘を鳴らす。
「AI責任者」という役割の終焉
最終的にAIは、クライアントのリスク許容度や市場パフォーマンスの分析といった、骨の折れるデータ処理を担うようになるとガリード氏は予測する。AIがそのような業務に従事すれば、人間は、顧客へのアドバイスといったコミュニケーションにより多くの時間を割けるようになる。
将来的にAIは、ビジネス運営に必要なものになるとガリード氏は指摘する。その結果「AI担当役員」「AI責任者」という役職は不要になるという。
コンピュータが日常生活に溶け込んでいるのと同様に、AIもすぐに「ビジネスの当たり前」になる。「現在はまだ、既存のプロセスにAIを後付けしている段階だ。その状況はやがて解消される。これからは、AIをビジネスにどう組み込むかではなく、『AIファースト』で考える必要がある」(ガリード氏)
※本稿は、シンガポールで開催されたカンファレンス「Gitex AI Asia 2026」で登壇したガリード氏が、グローバル展開のAI活用の戦略を語ったものを記事化したものだ。
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