失敗しないクラウド移行の判断基準
クラウドERPへの移行は正解か? 2800万件のデータ移行失敗から学ぶ教訓
クラウドERPへの移行は不可避に見えるが、安易な判断は禁物だ。独自カスタマイズの継承やデータ移行の複雑さ、予期せぬ運用コスト増など、情シスが直面する現実的な課題と、移行を成功させる判断基準を詳解する。
SaaS(Software as a Service)型のERPには多くのメリットがあるが、特定の企業にとってクラウドが最適な選択肢であるかどうかは別問題だ。
SaaS ERPについての報道の多くは、あたかも全ての企業がクラウドへ移行しているかのような印象を与える。クラウド技術の普及が進んでいるのは事実だが、特に大規模な企業にとって、SaaS ERPへの移行判断は一筋縄ではいかない。COO(最高執行責任者)を始め、クラウド移行に関与する経営層は、あらゆる要因を慎重に検討する必要がある。
移行の是非を判断するには、オンプレミスシステムで運用してきたミッションクリティカルな独自機能(カスタマイズ)を動かす際のリスク、SaaSの継続的なコスト、ベンダーサポートへの依存といった要素を考慮しなければならない。
米国エネルギー省管轄のアルゴンヌ国立研究所でシニアプラットフォームエンジニアを務めるジョージ・バーンズ氏は、ビジネスリーダーやITリーダーがクラウドを検討する理由として、更新の容易さ、俊敏性の向上、インフラ管理の負担軽減を挙げる。
「SaaS型ERPへの移行は、IT部門だけでなく、ビジネス全体に効率化をもたらす利点がいくつかある」(バーンズ氏)
全てのSaaS製品と同様に、コストは「経費」として処理される。これにより、プラットフォームのアップグレードやメンテナンスのための大規模な資本投資が不要になる。企業は基盤となるプラットフォームを維持管理することなく、ソフトウェアを利用できる。
ITアドバイザリーグループであるISGのリードアナリスト、タルン・ヴァイド氏によると、大半のビジネスリーダーやITリーダーは、以前からクラウド移行を漠然と検討していたという。その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、レジリエンス(回復力)の向上やテレワーク支援を目的にクラウドのIaaS利用が加速した。その流れを受け、従来のERPを単にIaaSへ載せ替えるのではなく、SaaS ERPへの刷新を検討、あるいは決定する企業が現れている。
SaaS ERPへ移行するメリットの1つは、IT部門がインフラ管理の複雑さや、展開前の更新テスト、セキュリティパッチの適用といった作業から解放されることだとヴァイド氏は指摘する。しかし、オンプレミスやIaaSベースのERPよりもSaaSが優先される決定打となるのは、SaaSがもたらす「イノベーションへの俊敏性」や「市場の変化への対応力」であることが多い。不確実な状況下で可視性を高め、軌道修正を図る手段を求める企業にとってこの重要性は増している。
「SaaS ERPは自動化と俊敏性、そして迅速な復旧を可能にする。技術の流行ではなく、人間のトレンドに合わせて複数のチャネルで高い顧客体験を提供できるようになる」とヴァイド氏は述べる。
以下に、COOなどのリーダーがSaaS ERPについて検討すべき課題をまとめる。
現行のカスタマイズ規模
現在のERPでミッションクリティカルな独自機能を運用している企業にとって、SaaS ERPへの移行はリスクが高い。
ヴァイド氏によれば、ERPの機能を拡張するために独自の開発投資を行ってきた大企業ほど、この問題に直面しやすい。最善の戦略は、これらのレガシーなカスタマイズを、SaaS ERPに接続する「API」として再構築(リファクタリング)する方法を見つけることだ。このプロセスは、特に複雑なカスタマイズの場合はコストがかさむ。しかし、結果として機能のモジュール化が進み、柔軟性が向上して迅速な変更が可能になる。
既存のカスタマイズの複雑さを評価することも、このプロセスの一環だ。
「ERPの上に分析モジュールを追加した程度のカスタマイズであれば書き換えは容易だ」とヴァイド氏は言う。ERPとは別のデータベースにアクセスするような既存機能は多少の手間を要するが、それでも比較的単純だ。複数のデータベースからデータを抽出したり、ビジネスルールエンジンを使用して意思決定を行ったりするような複雑なカスタマイズの移行には、追加のリソースを予算化する必要がある。
予期せぬコストと節約のバランス
SaaS ERPには、予期せぬコストが発生する可能性がある。例えば、大容量のファイルを一度にダウンロードするのではなく、小さなレコードを大量にダウンロードしてトランザクション手数料が発生するなど、非効率な使い方をすると意図しない超過料金のリスクが生じる。また、SaaS ERPからアクセスしやすくなった付随サービスを各部門が安易に利用し、月末の請求書を見るまで総額に気付かないという事態も起こり得る。
一方で、サポートコストの削減による節約も期待できるとヴァイド氏は指摘する。サービスデスクへの問い合わせが減り、インフラ管理に必要な人員も削減され、IT資産管理も簡素化されるためだ。さらに、サーバの購入やデータベースの作成、初期導入やコンサルティング、ITスタッフの雇用、セキュリティ、バックアップにかかる初期費用も不要になる。
ベンダーサポートへの依存度
SaaS ERPに移行した企業は、トラブルシューティングやサポートをベンダーに依存することになる。
ボストンのIT調達コンサルティング会社アッパーエッジでチーフアドバイザリーオフィサーを務めるレン・ライリー氏は、ベンダーが移行や長期的なメンテナンスをどの程度支援してくれるかを検討すべきだと指摘する。内部のITチームにとってSaaS ERPは従来のシステムよりもサポートが容易に感じられるかもしれないが、大半の企業は自社でクラウド環境を維持できる能力を過大評価しがちだ。つまり、ベンダーによる手厚い管理サポートが必要になるため、導入担当チームはサポートが確実に提供されるかを確認しなければならない。
「大規模な企業は、移行を支援するシステムインテグレーターと協力して、長期的なサポート体制を構築すべきだ」とライリー氏は話す。分析、アウトソーシング、物流など、ERPを通じて複数のベンダーが提供する独自のサービスを利用する場合、この体制は重要になる。
データ移行の難しさ
あらゆるITプロジェクトと同様に、ERPの移行にも失敗や予算超過のリスクがある。
ヴァイド氏によれば、クラウド移行の技術的側面やパフォーマンス面は、比較的スムーズに進む傾向がある。ほとんどのベンダーは、顧客が自社のソフトウェアに適応できるよう、協力してうまく進めてくれる。移行後のアップグレードの自動化も、ベンダーは適切に対応する。
しかし、最大の懸念は、不十分な検討によるデータ移行のミスやデータの不整合である。ヴァイド氏は、2016年に英VodafoneがERPとCRMの移行失敗により巨額の罰金を科せられた事例を挙げ、その困難さを強調する。同社は、10億以上のデータフィールドを含む2800万件超の顧客口座記録を、レガシーな請求システムから新しいERPプラットフォームへ移行しようとしていた。
「新しいクラウドERPシステムへのデータ移行は退屈な作業だが、極めて緻密に計画された戦略が必要だ」(ヴァイド氏)
これには、データの統合、重複データの排除、データバッチの優先順位付け、データガバナンスモデルの作成、移行再開前のデータフローテストなどを含む明確なロードマップが必要だという。
新しいERPシステムの選定プロセスでは、システムの機能だけでなく、IT部門が現在のプラットフォームから新しいプラットフォームへいかにデータを移行できるかという点にも焦点を当てるべきだ。
バーンズ氏は、企業がERPを「記録システム(System of Record)」として利用している以上、移行中に監査履歴や独自形式のデータの維持に注意を払う必要があると指摘する。
「移行できるデータが多いほど、これまでの投資を刷新後の環境で活用できる。これにより、新しいプラットフォームで企業のデータの価値を最大化できる」(バーンズ氏)
パートナーネットワークの規模
SaaS ERPを成功させる鍵は、強固なパートナーネットワークにある。
ヴァイド氏は、パートナーネットワークが充実しているSaaS ERPプロバイダーを選ぶべきだと助言する。そうでなければ、データ統合や運用管理で問題が生じる可能性があるためだ。新しいクラウドシステムをサポートし、管理してくれるサービスパートナーの価値を過小評価してはならない。
SaaS ERPを調査する際、ビジネスリーダーやITリーダーは、トラブルが発生したときにすぐに相談できるサービスパートナーが近くに存在するかを確認すべきである。導入担当チームは、適切な助言、コンサルティング、実装、サポートサービスがそろっている、ベンダーの「地域パートナーエコシステム」にも注目する必要がある。
セキュリティ対応の必要性
ERPのセキュリティを最優先事項にすることを忘れている企業があまりにも多い。
主要なベンダーの製品は通常、優れたセキュリティを備えている。しかしヴァイド氏によれば、オンプレミスのERPと同様に、企業はセキュリティと可視性についての制御機能を自ら構築しなければならない。プロジェクトチームは、SaaSがどのパブリッククラウドでホストされているかを常に確認し、独自のデータセンターで稼働するERPシステムは避けるべきである。
また、保護が必要なバックアップの管理プロセスも評価する必要がある。
SaaS ERPは、ITチームが行うバックアップに加えて、自動的にデータをバックアップする場合がある。IT部門は、これら全てのバックアップデータが安全であり、プライバシー規制を順守していることを確認しなければならない。
これらの要因を全て考慮することで、クラウド移行を成功に導くことができるだろう。
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