企業向け量子AIは早くて2029年
「量子に乗り遅れるな」がAI予算を圧迫 Gartnerが説く投資判断3つ
Gartnerは、大規模な企業向けAI処理は2028年まで量子ハードウェア上で稼働せず、GPUなどを使う従来型コンピューティングが本番環境で優位を保つとの予測を発表した。その理由は。
量子コンピュータをAIの処理に活用する「量子AI」への期待が高まっている。しかし、少なくとも2028年までは、大規模な企業向けAIワークロードが量子ハードウェア上で稼働することはない――。
Gartnerは2026年8月4日、大規模な企業向けAIワークロードについて、2028年まで量子ハードウェア上では稼働せず、GPUなどを使う従来型のアクセラレーテッドコンピューティングが、全ての本番処理の評価指標で優位を維持するとの予測を発表した。その理由は。
企業向け「量子AI」は2028年まで実現しない?
Gartnerによると、本番環境のAIワークロードにおいて、従来型コンピュータに対する量子コンピュータの優位性を実証した査読済み研究は存在しない。企業がAI基盤に投資する際は、量子コンピューティングへの研究開発費と、本番AIの予算を分けて管理する必要があるという。
Gartnerのバイスプレジデントアナリスト、チラグ・デカテ氏は、ベンダーが「量子AI」を提供すると主張する場合でも、実態は量子ハードウェアを必要とする量子ネイティブAIではなく、量子技術の考え方を取り入れた従来型アルゴリズムや、量子コンピュータと従来型コンピュータを組み合わせた実験的な仕組みであることが多いと指摘する。
同氏は「量子コンピューティングは、どのような本番AIワークロードにも対応できる段階にはなく、少なくとも2020年代の残りの期間に実用化される可能性は低い」と述べる。
Gartnerが定義する量子AIとは、量子ハードウェア上で実行することによって、従来型コンピューティングよりも処理性能やコスト、機能面で優位性を得るAIまたは機械学習の技術を指す。
AI処理で測定可能な性能向上やコスト削減を実現するには、十分な規模のフォールトトレラント量子コンピュータが必要になる。その実現には、「ハードウェア」「誤り訂正」「ミドルウェア」「アルゴリズム」の4分野で技術的な進歩が必要だという。
Gartnerは、フォールトトレラント(誤り耐性)量子コンピューティングは2030年までAI分野における研究開発段階にとどまると予測する。経済的に成立するエンドツーエンドのAIアルゴリズムを実行するには、誤り訂正後の「論理量子ビット」が不足するためだ。
混同されやすい3種類のAI技術
Gartnerは、量子AIと混同されやすい技術を、次の3種類に分類している。
1.従来型AI
ディープラーニングやTransformer、強化学習などのAIモデルを、CPU、GPU、TPUといった従来型のハードウェアで実行する。既に企業の本番環境で利用され、投資対効果を測定できる段階にある。
2.量子着想型AI
量子アニーリングやテンソルネットワーク、振幅符号化など、量子力学や量子コンピューティングの考え方を取り入れたアルゴリズムを、従来型ハードウェア上で動かす。
量子着想型AIは量子ハードウェアを必要とせず、最適化、シミュレーション、サンプリングなどの処理で既に価値を生み出している。
3.量子・古典ハイブリッド手法
小規模な量子回路を、従来型AIやハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)と組み合わせる実験的な仕組みを指す。主な用途は研究や、ベンダーの支援を受けて実施する実証実験であり、本番AIへの導入には至っていない。
このように、企業向けに「量子AI」として紹介されている技術の多くは、量子着想型AIまたはハイブリッド手法であり、量子ハードウェア上で大規模に動作するAIではない。
「量子に乗り遅れるな」がAI投資を圧迫する恐れ
量子コンピューティングとAIの融合を強調するベンダーの動きは加速している。経営層が「量子技術に乗り遅れてはならない」という圧力を感じた結果、2030年より前には成果を見込めない研究開発に、本番AI向けの予算を振り向ける恐れがある。そこでGartnerは、「量子コンピューティングの研究開発予算」と、「本番AIのインフラ予算」を分離すべきだと提言する。
両者は、投資回収までの期間、コスト構造、ガバナンスの要件が異なるためだ。生成AIは、処理時間、精度、自動化率などの指標を通じて、12~18カ月で測定可能な価値を生み出せる可能性がある。
一方、量子AIは本番ワークロードで測定可能な価値を生み出した実績がなく、当面は投資効果を得られる見込みも低い。
デカテ氏は、2つの予算を一緒に管理すると、それぞれの投資に対する説明責任が曖昧になり、将来の可能性を確保するための量子研究が、本番AIの実装能力を圧迫すると指摘する。
CIO(最高情報責任者)が優先投資分野として挙げることが多いのは、生成AI、AIエージェント、サイバーセキュリティ、クラウドなどだ。量子コンピューティングは、現時点では最優先の投資項目に含まれておらず、投資規模も生成AIと比べて小さいという。
企業が量子技術を評価する3つのポイント
Gartnerは、企業が量子コンピューティング関連の技術を評価する際、3つのポイントを重視すべきだとしている。
1つ目は、既存のAI基盤で量子着想型アルゴリズムを活用することだ。現時点では量子ハードウェアを導入するより、既存のGPUインフラ上で動作する量子着想型アルゴリズムを優先すべきだという。
最適化、生成AI、線形代数、グラフ分析、強化学習などの分野では、従来型コンピューティングでも量子技術に近い考え方を取り入れた処理を実行できる。量子システムのコストや複雑さ、技術的な未成熟さを抱えることなく、同様の効果を得られる可能性がある。
2つ目は、実証実験を打ち切る条件を事前に決めることだ。量子コンピューティングの実証実験を始める際は、成功指標、比較対象となる従来型コンピューティングの基準値、実験を終了する条件を明確にする必要がある。
これにより、測定可能な成果が得られないまま、実験が長期化して予算を消費する事態を防ぎやすくなる。ベンダーによる将来性の訴求だけで判断せず、従来型技術と比較して優位性があるかどうかを検証することが重要だ。
3つ目は、企業価値につながる技術進歩を追跡することだ。量子コンピュータの進歩を判断する際、物理量子ビットの数だけを見ても、実用性を正確には評価できない。
企業が重視すべきなのは、実用的なエラー率で動作する論理量子ビットがどの程度利用可能になったかという点だ。誤り訂正、AIを使ったキャリブレーション、量子制御などの進歩も、大規模な量子プロセッサの発表より企業価値に直結しやすい指標になる。
量子コンピューティングの将来性を否定する必要はない。ただし、短期的な成果を求める本番AIへの投資と、長期的な研究開発である量子技術への投資を同じ基準で扱えば、AI導入の成果を損なう恐れがある。企業には、量子AIという名称ではなく、実際に使われるハードウェア、従来型技術との比較結果、投資回収までの期間を見極める姿勢が求められる。
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