「量子コンピュータ」の商用化はすぐそこ? “量子AI”で見えてきた活用例金融機関が熱い視線

驚異的な計算能力を持つ量子コンピュータは、さまざまな分野の複雑な課題を解決する能力を秘めており、AI技術との組み合わせによる強化事例も登場した。どのような場面での実用化が想定されるのか。

2025年06月28日 08時00分 公開
[Cliff SaranTechTarget]

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 ほとんどの組織にとって、量子コンピューティングはいまだに「一部の専門家が扱うニッチな技術」だ。だがそのビジネス活用が現実のものになる日は、着実に迫っている。

 2025年6月現在、実用レベルの指標となる「論理量子ビット」を実現可能なマシンを持つ企業はごく一部だ。論理量子ビットは、誤り訂正機能を備える安定的な量子ビットを指す。そうした中、2025年5月にロンドンで開催された、量子技術の商用利用について議論するイベント「4th annual Commercialising Quantum Global 2025」では、注目すべき見通しが示された。量子コンピュータが従来の高性能コンピュータ(HPC)の能力を上回り、新たなビジネス価値を生み出す世界はそこまで来ている。どのような革新が進んでいるのか。

AI×量子コンピュータで生まれる可能性とは

 量子コンピューティングソフトウェアベンダーQuantinuumでシニア量子エバンジェリストを務めるマーク・ジャクソン氏は、同社がすでに「量子生成AI」(GenQAI:Generative Quantum AI)を事業で活用していると明かした。量子生成AIは、量子コンピュータが生成したデータをAI(人工知能)モデルに学習させ、そのAIモデルが量子コンピュータの計算を改善するというループを構築し、複雑な課題の解決を目指す技術だ。ジャクソン氏はイベントの対談で、量子コンピューティングとAI技術の深い関係性を解説した。

 量子コンピューティングは、ビッグデータ分析のように、常に1つの決まった正答を導き出す用途には向かない。その真価は、機械学習との連携で発揮される。現在のコンピュータ(古典コンピュータ)の計算手法では見落としがちな微細なパターンを、膨大なデータの中から見つけ出す能力に長けている。

 この卓越したパターン認識能力は、サイバーセキュリティ分野に革新をもたらす可能性を秘めている。金融機関Barclaysでグローバルサイバーオペレーション部門を率いるベッキー・ピッカード氏はイベントに登壇し、日々12TBものデータを扱う現状に触れた。その中で、量子コンピューティングと機械学習の組み合わせが防御体制の最適化に貢献し、サイバーセキュリティの在り方を根本から再構築することへの期待を示した。

金融分野での展望

 金融機関HSBC Groupは、量子コンピューティングの研究開発に注力してきた組織の一つだ。同機関で量子技術のグローバル責任者を務めるフィル・インタルーラ氏は、「金融サービスこそが量子コンピューティングから最も大きな恩恵を受ける分野だ」と語った。銀行は常に、優れた金融モデル(株価や金利などの不確実な市場の動きをシミュレーションするための数理モデル)を求め続けているからだ。

 インタルーラ氏は、ビジネスにおける意思決定の重要性を次のように強調した。「金融機関の事業の成否を分けるのは『確信』だ。もし量子コンピューティングがHPCを超える結果を示せれば、経営陣は量子コンピューティングへの投資を惜しまないだろう」

 量子コンピューティングの応用例の一つは、従来の疑似的な乱数ではなく「真の乱数」を生成することだ。疑似的な乱数生成では、計算式とシード値(初期値)を使って一見ランダムな数字を生成するが、基になる計算式とシード値が分かればどの数字が算出されるのかを予測できてしまう問題点がある。一方で量子力学を応用した乱数生成は、物理的な不確実性を利用して、理論的に予測不可能な真の乱数を生成できる。この真の乱数が、金融モデルのシミュレーション精度を飛躍的に高める可能性がある。2025年3月には、金融サービス企業JP Morgan ChaseやQuantinuumなどの組織から成る共同研究チームが、量子コンピュータが生成した乱数のランダム性を証明する論文を科学誌『Nature』で発表した。

 インタルーラ氏によれば、量子コンピュータによる乱数生成技術は、既存の金融モデルの仕組みを変えることなく導入可能だ。「シミュレーションで使う乱数の発生源を、従来の発生器から量子乱数に切り替えるだけで、金融モデルを変えずに予測精度だけを高めることができる」と同氏は説明した。

暗号技術の未来

 規制当局からの要請と金融取引の安全確保という2つの視点が、金融機関の量子技術活用を後押ししているとインタルーラ氏は分析する。

 量子コンピュータが普及すれば、2048ビット長の暗号鍵を使った「RSA」(Rivest-Shamir-Adleman)など、現在オンライン取引で主流の暗号化方式は、容易に突破されてしまう恐れがある。この脅威に備えるため、米国立標準技術研究所(NIST)は、量子コンピュータでも解読が困難な新たな暗号「耐量子暗号」(PQC)の複数の規格を承認済みだ。これを受けて、NISTは金融機関に対して、現行の2048ビットRSA暗号を2035年までに廃止し、全面的にPQCへ移行するよう求めている。

 金融機関Santanderの技術分野を担うSantander Digital Servicesで、量子サイバーセキュリティ研究を率いるマーク・カーニー氏は、PQCの実用化に向けた課題を指摘する。PQCは現在の暗号化技術よりも複雑な計算を要求するため、暗号化や複合のためのソフトウェアの改良だけではなく、それを稼働させるための専用ハードウェアによる処理の高速化が不可欠だという。

 「規制の順守はもちろん、顧客に確かな安心感を届けるため、決済カードリーダーなどの端末でPQCを高速に動作させたい」とカーニー氏はその意義を語った。

 量子コンピュータ開発を手掛けるOxford Quantum Circuitsの暫定CEO、ジェラルド・マラリー氏も、量子コンピューティングを既存の業務システムに組み込むことの重要性を強調した。「AIモデルが自律的に業務を実行できるようにするには、量子コンピュータも業務システムの一部に組み込むことを想定しなければならない」と同氏は述べた。

 現実の問題を解決できる実用的な量子コンピュータが登場し、普及するにつれ、企業は「組合せ最適化問題」のような複雑な課題の解決に量子コンピューティングを活用し始めるはずだ。それを実現するためには、量子コンピュータと既存の古典コンピュータの連携や、PQCによる暗号化技術の強化が欠かせない。

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