商用化に向けて今後大きな進化を遂げるとみられる「量子コンピューティング」。この技術はどのようなもので、何ができるのか。物理学から学んで理解を深めよう。
量子力学を用いて複雑なデータ処理を実施する技術を量子コンピューティングと呼ぶ。量子(quantum)とは、物理学の言葉だ。量子コンピューティングを理解するには、まずは物理学における量子について知る必要がある。本稿は物理学的な量子の説明を踏まえ、量子コンピューティングは何かを解説する。
量子は、物理的実体の最小の離散単位を指す。例えば、光の量子は光子で、電気の量子は電子になる。
ドイツの物理学者マックス・プランクは、1900年に量子の概念を物理学に取り入れた。量子の概念によって、黒体放射と、物体が熱せられた後に色が変わる仕組みを説明することを目指していた。プランクは、熱からのエネルギーが一定の波として放出されるのではなく、離散的なパケットや束として放出されると提起。これらはエネルギーの量子と呼ばれた。これが「プランク定数」という普遍的な基本定数の発見につながる。
プランク定数は「h」と記号化され、光子1つのエネルギーとその光子の周波数とを関連付けている。プランク定数からはさらに、「プランク長」と「プランク時間」という単位が派生した。これらは理論的に最も短い距離単位と、最も短い時間単位を表す。これより小さなスケールにおいては、物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクが提唱した「不確定性原理」が適用される。不確定性原理によれば、粒子の位置と運動量には本質的な不確実性がある。そのため、両方を同時に正確に測定することはできない。
量子と、量子論(量子力学)における「亜原子粒子」(原子よりも小さい粒子)の性質の発見は物理学に革命をもたらし、量子物理学の誕生につながった。量子が発見される前、物理学ではアルベルト・アインシュタインの相対性理論が中心になっていた。相対性理論は、巨視的なものの振る舞いを記述するものだった。対照的に、量子論は微視的な粒子の振る舞いを説明するものだ。相対性理論と量子論は、現代物理学を支える2つの理論となった。
1801年、イギリスの物理学者トーマス・ヤングは二重スリット実験で光の量子的性質を明らかにした。同氏の実験では、波が2つの別々の波に分割されてスクリーンに投影。これにより、光が波と粒子の両方としての振る舞いをすることが実証された。
亜原子粒子は直感に反する振る舞いをする。ヤングの二重スリット実験で示されているように、1つの光子は1つの物質の2つのスリットを同時に通過することができる。
「シュレーディンガーの猫」は、量子粒子が重ね合わせ状態にあることを説明する有名な思考実験だ。この状態では、確率波形が崩壊しておらず、複数の状態や確率が同時に存在できる。粒子は量子もつれになり、距離を超えて瞬時に相互作用することもある。
量子技術は、従来のコンピューティングのように電気信号を使うのではなく、亜原子粒子の性質を利用して計算をする。量子コンピュータは2進法のビットの代わりに、量子ビット(キュービット)を使用する。キュービットの初期条件をプログラミングすることで、重ね合わせ状態が崩壊して、共存する複数の確率が単一の結果に収束する。これにより、従来のコンピューティングの電気的処理では処理できないほど計算量の多い、複雑な人工知能(AI)アルゴリズムの処理ができるようになる。
ITベンダーとして量子コンピューティングの開発に携わっているのは、GoogleやIBM、Microsoftなどだ。開発中の量子システムは、量子コンピュータの性能を評価するために、「量子ボリューム」の指標を用いる。量子ボリュームとは、正確な結果を返すことができる状態で、処理できる計算空間の量を意味する。
量子ボリュームの測定によって、量子コンピュータは特定の計算を従来のコンピュータよりはるかに速く実行できることが確認されている。従来のコンピュータは一度に1つずつ処理を実施しなければならないため、問題の種類によっては、全ての解決方法を試すのに時間がかかる。量子コンピュータは解決方法を1つ1つ試す必要がなく、ほぼ瞬時に答えにたどり着く。
量子コンピュータが従来のコンピュータよりも速く解決できる問題には、素因数分解や「巡回セールスマン問題」がある。巡回セールスマン問題とは、複数の地点を訪問する際の最短経路を求めるアルゴリズムを処理する問題のことだ。量子コンピュータがこれらの問題を従来のコンピュータよりも速く解決できると証明されれば、「量子優位性」が達成されたとみなされる。
今後、量子コンピューティングが実用化されれば、各分野でどのようなことが可能になるのか。以下で見てみよう。
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