堅牢なはずの仕組みに潜むリスク
AppleのMシリーズチップからSafariの閲覧履歴を暴く「TIDE」攻撃とは?
AppleのMシリーズチップは堅牢なセキュリティを備え、サイドチャネル攻撃のリスクは低いと考えられてきた。しかし、タイマーを使わずに閲覧サイトを高精度で特定する手法が登場した。その仕組みとは。
Appleの「macOS」とSoC(統合型プロセッサ)「M」シリーズの組み合わせは、OS内部の挙動を監視するインタフェースを持たないなど、独自の堅牢(けんろう)な仕組みを備えている。ハードウェアの物理的な挙動や処理状態から間接的に情報を盗み出す「サイドチャネル攻撃」に対しても、タイマー(時間の計測)の利用を制限するなどのセキュリティ対策が働いており、情報漏えいリスクは低いと考えられてきた。
これに対して北京大学のシン・ジャン氏らの研究チームは、対策の壁となっていた「タイマーによる時間の計測」を必要としない情報取得手法「TIDE」(Timeless Interrupt Detection Method)を発表した。この手法を用いて、エンドユーザーが「Safari」でどのWebサイトを閲覧しているかを特定する実験をした結果、アクセス先のWebサイトを最大約94%の精度で特定できることを実証した。動画ストリーミングの特定検証においても、約78%の精度を達成している。独自のアーキテクチャを持つApple製チップにおいて、なぜこのような高精度な攻撃が可能になったのか。
堅牢な権限分離の陰に潜む「割り込み処理」のリスク
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Apple製品の脆弱性
本稿は、2026年4月に開催されたセキュリティカンファレンス「Black Hat Asia 2026」におけるセッション「Silicon Valley's Quiet Leak: Revealing User Activity on macOS for Apple Silicon」の内容に基づいている。セッションではジャン氏が登壇し、タイマーレスのサイドチャネル攻撃手法について解説した。
サイドチャネル攻撃は、1996年ごろに暗号鍵を推測する手法として注目され、2018年に「Spectre」や「Meltdown」といった脆弱性が発見されたことによって、プロセッサの最適化機能に起因する深刻な脅威としての認識が広まった。
MシリーズチップはARMアーキテクチャの権限モデルを採用している。Safariなどのアプリケーションは制限された権限レベル「EL0」(Exception Level 0)で動作し、OSであるmacOSは上位の権限レベル「EL1」で動作する。EL0のアプリケーションは他のプロセスが持つデータに直接アクセスできないように分離されているが、同じCPUコアなどのハードウェアリソースを共有しているため、割り込み処理の過程で情報が漏えいするリスクを抱えている。
研究チームが開発したTIDEは、「X18」レジスタというシステム内部の特定領域を悪用する。macOSは、プロセッサの脆弱性であるMeltdownへの対策として「Double Map」と呼ばれる緩和策を実装している。これは、カーネルアドレスのマッピングを保持しつつ、EL0実行時にはアクセス不可にすることで、コンテキストスイッチ(権限レベルの切り替え)の負荷を低減する設計だ。
この処理の過程において、X18レジスタは一時的な処理に用いられる「スクラッチレジスタ」として扱われる。その結果、ユーザー空間(一般のアプリケーションやプロセスが動作する領域)で設定したX18レジスタの値が上書きされる仕組みだ。攻撃者は、ユーザー空間でX18レジスタに0以外の値を設定し、その値の変化をソフトウェアのカウンターを用いて監視を継続する。値が予期せず変更された場合、OSによる割り込みが発生したことを意味している。研究チームはこれをシステムの「心音」と表現しており、タイマーを用いることなく割り込みの発生タイミングを正確に記録可能だ。
Apple独自の仕様があだになる?
従来の「Linux」ベースのシステムでは、特定の処理や割り込みが特定のCPUコアに結び付いていることがほとんどだ。そのため、サイドチャネル攻撃を成功させるには、対象と同じコアで悪意あるプロセスを実行する必要があった。
これに対し、研究チームがApple独自の割り込みコントローラーをリバースエンジニアリングして分析した結果、Mシリーズチップはネットワーク通信などの共有周辺機器の処理割り込みを、全てのアクティブなコアに均等に分散する仕様であることが判明した。アイドル状態(休止状態)のコアは無視されるが、稼働中のコアには等しく割り込みが配分される。これによって、攻撃者は特定のコアを狙ってプロセスを配置する必要がなくなり、任意の稼働中コアから間接的な情報漏えいを観測できるようになった。
画面や通信を見ずにエンドユーザーの行動を暴く
TIDEによって抽出された割り込みのタイミングデータは、機械学習モデルに入力される。Webサイトへのアクセスや動画のストリーミング再生といったエンドユーザーのアクティビティーは、それぞれ特徴的なネットワークパケットを送受信するため、固有の割り込みパターンを生成する。
攻撃者は事前に収集したパターンを学習させた機械学習モデルを使用し、リアルタイムで観測したタイミングデータと照合する。画面やネットワーク通信のコンテンツを直接監視することなく、高い精度でエンドユーザーの行動を推測できる。
Webサイトの特定実験ではあらかじめ設定した100の主要Webサイトに対する検証で約94%(第1候補が正解だった割合)、未知のWebサイトを含むより現実的な環境でも約91%の精度を達成した。「YouTube」の人気動画20本を対象とした検証においても、約78%の確率で視聴中の動画を正確に特定し、上位5候補まで含めると約98%の精度に達した。この攻撃はCPUの処理速度の変化による影響を受けず、影響範囲は「M1」から「M5」のチップを搭載する「MacBook」や「Mac mini」に加え、「iPhone 16 Pro」にも及ぶことが確認されている。
研究チームは、これらの調査結果をAppleのハードウェアセキュリティチームおよびmacOSセキュリティチームに報告した。しかし、講演時点においてAppleは当該の事象を脅威モデルにおける「対象外」と分類しており、問題を軽減するための具体的な計画は示されていなかったという。
根本的対策の難しさ
OSのパッチによってX18レジスタの元の値を保存・復元することは、技術的に難しい。研究チームの検証において、Linuxでは同様のシグナルは観測されなかった。そのため、完全な緩和策を実装するには、Double Map緩和策の根本的な再設計が必要になる可能性が残ると研究チームは推測する。
エンドユーザーが導入可能な回避策としてジャン氏は、ランダムな間隔で数千のネットワーク要求を発行し、偽のネットワーク割り込みを発生させる手法を提示した。検証によれば、システムに約10%のオーバーヘッドが生じるものの、攻撃の精度を約60%まで低下させることができるという。
タイマーの精度制限といった防御策だけでは、タイムレスなサイドチャネル攻撃を完全に防ぐことはできない。独自のアーキテクチャを持つ閉鎖的なシステムであっても隠れた漏えい経路が存在する可能性はあり、多様な観点からの継続的なセキュリティ評価が求められている。
本稿は、Black Hatが2026年8月31日に公開した動画「Black Hat Asia 2026 | Revealing User Activity on macOS for Apple Silicon」を基に作成しました。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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