クラウド運用管理ツール製品紹介:クリエーションライン
複数クラウドをまたぐ未来へのステップストーン「Scalr」の可能性
クラウドの便利さは多くの人が知るところとなったが、今はまだ1つのクラウドから動きたいと思っても動けない、クラウドのシームレスな移行先が無い状態だ。Scalrはそうした状況を打破する1つのトリガーになりそうだ。
クラウドの普及に伴い、聞く機会が増えたキーワードが「ハイブリッドクラウド」だ。文字通り、複数のクラウドを連携させることを理想とし、データの種類やアクセス頻度、使われ方に応じてデータを最適な環境に配置するという考え方で、国内企業の関心も少しずつ高まってきている。もっとも、実際には複数のクラウドをシームレスに接続するというのはそれほどたやすいことではなく、技術的にも、そして企業文化的にも、ハイブリッドクラウドが国内企業の間で普及するのはまだ先のことのように思える。
だが、クラウドへのシフトが緩やかといわれる日本市場にあっても、「複数のクラウドをまたぐ未来はすぐそこまで来ている。だからこそ、それらを効率的に管理できるシステムを整えるべき」というポリシーの下、IaaSクラウド基盤「CloudStack」の他、クラウド構成管理フレームワーク「Chef」、マルチクラウド連携ツール「Scalr」など、オープンソースのクラウドプロダクトを多数扱っているのがクリエーションラインだ。まだはっきりとしたニーズが見えてこないハイブリッドクラウド市場において、同社はそこにどんな未来を見ているのか。現在、クリエーションラインが最も注力するプロダクトの1つScalrを取り上げながら、日本市場におけるハイブリッドクラウドの可能性について見ていきたい。
FarmとRoleでクラウドデザインパターンを作るScalr
冒頭でも触れたように、ScalrはApache License 2.0の下で開発が行われているオープンソースのハイブリッドクラウド管理プラットフォーム(CMP:Cloud Management Plartform)だ。開発元となっているのはプロダクト名と同じ社名の米Scalrで、2007年にセバスチャン・スタディール(Sebastian Stadil)氏らによって創立された。スタディール氏は現在も同社のCEOを務めている。
Scalrの最大の特徴は名前の通り、クラウドのオートスケールを簡単に行える点にある。例えば、ソーシャルゲームなど、顧客にサービスを提供するフロントエンドのWebサーバを大量に抱えている場合、負荷の状況に応じて割り当てるサーバを自動的に増減できれば、管理者の手間は大幅に低減される。Scalrはこうしたアドホックなニーズに対応したスケーリングを、使いやすいUI(ユーザーインタフェース)を通して簡単に設定できる。加えて、複数のクラウド環境をまたいで一括して管理できる点においても市場から高い評価を得ている。
“Farm”と“Role”で構成されたScalrの仕組み
大まかな仕組みはこうだ。Scalrではまず、「ゲームAのフロントエンドサーバ」「企業BのWebページ」「データベースCのフェイルオーバー先」といった具合に機能や目的に応じて“Farm”という箱を作る。そして、管理対象のサーバの中から、Farmに放り込むサーバをクリックして選んでいく。このサーバは同じ場所(クラウド)にある必要はなく、どこのサーバでも構わない。Farmにサーバを入れ終わったら、サーバの機能をテンプレートとして記述した“Role”を設定する。WebサーバであればApacheやNginxを、データベースであればMySQLやMongoDBなどを設定すればいい。Roleの部分は自分でスクリプトを記述して適用させることも可能だ。そしてRoleをFarmに登録し、スケールさせる場合の閾値などを設定した後、Farmを起動すればScalrによるオートスケール環境の完成だ。言い換えれば、Farmを使ってクラウドデザインパターンを構成すると言ってもいいかもしれない。人気の高いオープンソースのサーバ設定ツール「Chef」を使ってサーバの構成管理を行うことも可能だ。
「Scalrは設定画面のUIが使いやすいので、オートスケールのメリットを体感しやすい。『Amazon Web Services』(AWS)の監視サービスであるCloudWatchなどと併用しても高い効果を発揮する」と語るのはクリエーションラインでマーケティングおよび営業を担当する近藤和成氏。「クラウドのスケーリングというとスケールアウトに注目が集まりがちだが、同じくらい大切なのがスケールイン。Scalrは閾値さえ設定しておけばスケールインも容易に行える。Farmの設定は幾つでもコピーできるので、同一環境を複数構築したいケースにも適している」(近藤氏)
もう1つ、Sclarのオートスケーリングが優れている点として、ユーザーが独自のスクリプトを設定し、運用をカスタマイズしやすくできることが挙げられる。「スクリプトを流すタイミングさえも自動化すれば、クラウドの運用はよりスマートになる。選択したアプリケーションのパッケージをスクリプトによって自動的にインストールして展開するといったデプロイ作業も、自動運用することが可能」と近藤氏も指摘する通り、自動化こそがマルチクラウド運用のカギだとすれば、Scalrはその理にかなったクラウド管理プラットフォームだ。
“シームレスなマルチクラウド管理”は本当に実現するのか
マルチクラウド管理をうたうだけあって、Scalrで扱えるクラウドプラットフォームの数は多く、AWS、「Google Compute Engine」「Rackspace Open Cloud」といったメジャーなパブリッククラウドに加え、CloudStack、「OpenStack」「Eucalyptus」「Nebula」などのOSSのプラットフォームも軒並みサポートしている。
ここで気になるのが、Scalrが本当に複数のクラウドをまたいだシームレスな連携を実現するのかという点だ。これについて近藤氏は「理論的には可能だが、実際にクラウド間をスムースに連携するのはかなり難しい。オンプレミス、クラウドに限らず、そもそもベースとなるインフラが一元化されていないところも多く、その未整備な状態でクラウド間をシームレスにつなぐことは技術的にかなり困難」と正直に回答する。少なくともScalrを使えば管理画面は統一することができるので、クラウドサービスごとにインタフェースが異なるという苦労からは解放されるが、問題はやはり、各クラウド間で構成情報を引き継げない点だろう。クラウドのベンダーロックインともいわれる問題のゆえんはここにある。AWSの場合、AMI(Amazon Machine Image)と呼ばれる仮想マシンの構成情報ファイルをコピーすれば簡単にサーバを複製できるため、API経由でこれを利用できるようにしているクラウドサービスもあるが、基本的にはやはり、クラウドをまたいだスムースな移行はまだ難しいというのが現状である。
こうした状況について、クリエーションライン 執行役員 上村 譲氏は「今はクラウドの過渡期である。クラウドの便利さは多くの人が知るところとなったが、1つのクラウドから動きたいと思っても動けない。クラウドを移行する先があってもマイグレーションに手間と時間がかかり現実的でない」と指摘する。Scalrのような技術はそうした状況を打破する1つのトリガーになりそうだが、ここでクリエーションライン テクノロジー・エバンジェリスト 前佛雅人氏は「例えばScalrが今話題のコンテナ技術をサポートできるようになったりすると、インフラ管理の世界は大きく変わるかもしれない」と語る。コンテナ技術としては現在オープンソースの「Docker」に注目が集まっているが、ハイパーバイザーよりはるかに軽量なDockerのようなコンテナを幾つもScalr上で扱うことができれば、さまざまなクラウド環境やオンプレミス環境で動かせるアプリケーションも増えていくはずだ。「アプリケーションやサービスのコンテナ化が今より一般的になれば、さまざまなインフラの組み合わせが実現できるので、一段進んだ自律的なクラウドマネジメントが可能になる。例えば、データセンター内の個々のサーバを監視しているシステムも、コンテナ化された環境が混在すると、そのままでは監視できないかもしれない。そうなったときにScalrが、コンテナを含む環境の監視も自動的に行えれば、クラウドオーケストレーターとして機能するはず」(前佛氏)
日本市場での展望 ~大企業にこそScalr
「クラウドの理想形は、ユーザーが好きなときに好きなサービスを好きなように使えること。価格だけでなく、パフォーマンスを比較しながら、その都度、データに応じて利用するクラウドを変えたいというユーザーは多い。クラウドをまたいだデータのやりとりがスムースに行かない理由の1つは、ユーザーもベンダーもまだオンプレミス時代のやり方に捉われている部分があるから。考え方を“クラウドネイティブ”に変えていくことがこれからは求められている」と上村氏は言う。ユーザーがクラウド上のリソースを気軽に買える文化がやってくるとき、初めてクラウドネイティブな時代になったといえるのかもしれない。Scalrのような技術はそうした新しい未来を作っていくために生まれたのだろう。
複数のクラウドを共通のUIで一元的に管理したいというニーズは既に米国市場では相当高くなっており、Scalrの導入先にも米Walt Disney、米Oracle、フィンランドのNokia、米CBSといった大企業が並んでいる。一方、日本ではまだ大きな導入事例の発表はないものの、AWSやGoogleと並んで、IDCフロンティアがScalr対応サービスを発表したことはちょっとした話題となった。
「日本企業のScalrに対する関心は、米国とはやや方向性が異なるように思える」と上村氏は指摘する。米国では一元的な管理という面が強調されるが、日本企業はオンプレミス環境におけるリソース管理や、「ニフティクラウド」など国内だけで展開するクラウドサービスとの連携について興味を持つ傾向にあるという。オンプレミスのレガシーが多い日本企業の場合、これらのリソースを効率よく管理し、徐々にクラウドへの移行を検討するのはTCO的にも大きな課題であり、Scalrのようなプロダクトを使ってアドホックに対応しようと考えても不思議ではない。「日本企業は、クラウドを2つ以上併用するようなところは少なく、仮想化で十分、プライベートクラウドすら必要と思っていない企業も多い。ごく一部のサービスだけパブリッククラウドを使っているが、オンプレミスやデータセンターと連携させる必要性をあまり感じていないのではないか」(上村氏)
だが上村氏は「Scalrのようなサービスを日本企業に広く知ってもらうには、効果の大きさを考えても、やはり人員もITリソースも多い大企業から使ってみてほしいと思っている。一元的にユーザーやリソースを管理し、自動運用に近づけることで、どれだけインフラ管理が変わるか、ぜひとも実感してみてほしい」と強調する。こうした新しい概念をもたらすツールは、技術的な障害だけでなく、文化的な障害もその普及に大きく立ちはだかる。だが「複数のデータセンター、複数のクラウドをまたぐ未来はすぐそこに来ている」と前佛氏が言うように、クラウド以前の世界、そして1つのクラウドベンダーにロックインされた世界はそろそろ終了のお知らせが来るころだ。クラウドネイティブ――はじめにクラウドありき、という時代がきても慌てないよう、Scalrのようなツールで十分なウォーミングアップはしておきたい。
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