いまさら聞けないハイブリッドクラウド【第1回】
ハイブリッドクラウドってどんな技術? 全体像を把握しよう
クラウド活用のメリットを最大化するためのアプローチとして「ハイブリッドクラウド」が注目されている。ハイブリッドクラウドとは何か、なぜ必要とされ、どんなメリットがもたらされるのかを整理した。
企業におけるクラウド活用は広く普及し、オンラインゲームや広告配信などインターネットサービスのインフラだけでなく、企業内の業務系システムや基幹系システムにおいても急速に広がっている。多種多様なシステムでクラウド活用が進むに伴い、独自に構築されたプライベートクラウドの限界や、単一のクラウドサービスの利用だけでは最適化が図れないといった問題もまた認識されつつある。そうした中、クラウド活用のメリットを最大化するためのアプローチとして「ハイブリッドクラウド」が注目されている。
ここでは、ハイブリッドクラウドとは何か、なぜ必要とされ、何がもたらされるのかについて整理していく。
クラウド活用に期待するメリット
そもそもクラウドを活用するメリットは何だろうか? オンプレミスよりもコストが削減できる、システム調達のリードタイムが短縮できる、運用管理負荷が軽減できる点などが挙げられるとともに、クラウドが“あらゆる”IT課題を解決するかのように表現されることさえある。しかしながら、実際のクラウド活用の場面では、さまざまな問題に直面していることも事実だ。
表1では、クラウド活用で期待されるメリットをパブリッククラウドとプライベートクラウドに分け、留意点を含めて整理した。
| パブリッククラウド | |
|---|---|
| メリット | ・システム規模が小さい時に絶対的なコストを小さく抑えられる ・スモールスタートができる ・調達リードタイムが短縮できる ・イニシャルコストが小さくなる ・スケーラブルである ・エラスティック(伸縮自在)である ・使った分だけの課金(従量課金)で済む ・運用負担が軽減される(ある一定レイヤーまでの運用から開放される) ・定期的に機能が向上、追加される |
| 留意点 | ・プロバイダーが定めた機能やサービス仕様などに利用方法は制限される ・基本的に共用サービスであり、性能の高さや安定性などはベストエフォートが一般的である ・運用管理の柔軟性は限定される ・一般的に、一定規模以上で固定的に利用する場合、従量課金はコストパフォーマンスが悪くなる |
| プライベートクラウド | |
| メリット | ・効率的なリソース活用、集約効果により過剰な投資を抑制できる ・企業内、グループ内へのエンドユーザーへのリソースやアプリケーションなどのサービス提供リードタイムが短縮できる ・パフォーマンス、セキュリティなどの管理性が高い ・運用管理の一元化、効率化によって運用負荷が軽減できる |
| 留意点 | ・リソースプールには限界があり、それを超える場合は拡張にリードタイムが必要となる ・キャパシティーやパフォーマンス限界の予測・想定が難しい ・専用環境であるため、初期コスト、運用コストともに絶対値は高めとなる ・運用管理は基本的に自前で実施する(ホステッドプライベートクラウドの場合は、プロバイダーにアウトソーシングが可能) |
クラウド活用で直面する問題
表1のように整理すると、クラウド活用における問題が見えてくる。システムごとにさまざまなワークロード特性があり(図1)、ライフサイクルが違い、セキュリティ、パフォーマンス、可用性、拡張性などの要件も異なる(表2)。
| 利用特性 | 長期利用、短期利用、周期的・季節性のある利用、継続的な利用拡張 |
|---|---|
| システム要件 | パフォーマンス、可用性、セキュリティ、拡張性、データ連係など |
使い方を誤れば、クラウドを活用しても想定したメリットが得られない。ビジネスの変化が激しく、それを支えるサービスやシステムの変化が予測しづらくなっているとはいえ、短期的かつ限定的な視点でクラウド活用の方法を判断すると、新たに発生するビジネス要件に対応できなかったり、見込んでいた以上のコストや運用負担を被る恐れもある。
クラウド活用で起こる代表的な問題としては、
- 構成、機能が制限されて要件が満たせない
- 求めるパフォーマンスが出ない、パフォーマンスが安定しない
- 上記2点の要因により運用負荷が増える
- 想定よりもコストが高くつく
- 特定のクラウドサービスにロックインされる
などが挙げられる(具体的な例は、表3を参照)。
| パブリッククラウドでの問題例 | ・想定していないトラフィックが発生しており、従量課金により、コストが膨大になる ・パフォーマンスが安定せず、当初の見込みより多くのインスタンスが必要となり、コスト高になる ・パフォーマンスが足りず、ユーザー体験低下や処理遅延が頻発する ・セキュリティのコントロールに労力を要する ・別クラウドサービスの機能を活用したいが、現在使っているサービスに運用が固定化されて、要件が満たせない など |
|---|---|
| プラベートクラウドでの問題例 | ・システム拡張要求が想定より大きく、リソースが足りなくなる ・想定より利用が進まず、結果的に大幅にコスト高になる ・機能拡張ができず、追加のシステム要件を満たせない など |
クラウド活用のメリットを最大化するには
クラウドのメリットを最大限に享受するには、個々のシステムの特性やライフサイクルに合わせた最適化が欠かせない。そのためには、複数のクラウド形態を「組み合わせる」ことで、それぞれの短所を補完し、長所を生かす「ハイブリッドクラウド」の考え方が重要となる。
ハイブリッドクラウドの形態とそれぞれのメリット
ハイブリッドクラウドの形態を大きく分けると、(1)物理環境とクラウドサービス、(2)プライベートクラウドとクラウドサービス、(3)マルチクラウドと専用環境の3つに分類できる。以下に、代表的なハイブリッドクラウドのパターンと実際のハイブリッドクラウド活用例について触れる。
(1)物理環境とクラウドサービス
物理環境とクラウドサービスの組み合わせは、クラウドへの移行過程でよく見られるパターンだ。クラウドサービスをバックアップ、DR(災害対策)で活用するケースが多い。物理環境で厳格にセキュリティを管理しつつ、安定的かつハイパフォーマンスなリソースを構築し、クラウドサービスでリソースの拡張性や柔軟性を確保することが狙いとなる。
(2)プライベートクラウドとクラウドサービス
プライベートクラウドとクラウドサービスの組み合わせでは、プライベートクラウドで安定的なパフォーマンスとセキュリティ、高い管理性を担保し、クラウドサービスでリソースの拡張性や柔軟性を確保する。こちらもバックアップ、DR用途が多い。
(3)マルチクラウドと専用環境
マルチクラウドと専用環境(プライベートクラウド、物理環境)の組み合わせでは、管理性、拡張性、柔軟性の高い基盤の構築が可能となる。多様なワークロードやパフォーマンス要件、グローバルに対応すべく、クラウドサービスを機能別に使い分けることとなる。
ハイブリッドクラウドへの移行シナリオ
企業ITがハイブリッドクラウドに至るシナリオとしては、以下の3つが想定される。
(1)既存システムのクラウド移行
1つ目は、従来運用しているシステム基盤をIaaSなどへ移行する過程でハイブリッドクラウドに至るケースだ。
運用している既存アプリケーションの中には、OSのバージョンやソフトウェアライセンスの問題でクラウドへ移行できない場合もある。一部のシステムでIaaSやSaaSを活用し、既存のオンプレミスのシステムと連係するような運用が考えられる。
(2)パブリッククラウド利用からハイブリッドへ
2つ目は、パブリッククラウドを利用してシステムを小規模にスタートしたが、トランザクションやアクセスの増大に対応するために物理リソースを利用するケースだ。
この場合、固定的な部分をプライベートクラウド、変動する部分をパブリッククラウドへと振り分けることでハイブリッドクラウドを実現するケースもある。
(3)当初からハイブリッドを想定したシステム
3つ目は、各クラウドサービスの特徴的な機能を組み合わせ、「良いとこどり」をしてシステム全体を設計するケースだ。
システムやアーキテクチャ上、安定的にハイパフォーマンスが必要な部分は自社専用環境で、短期的な処理対応のためのスケーラビリティやエラスティックなリソースが必要な部分はパブリッククラウドで構成する。また、セキュリティマネジメントの観点から、重要なデータベースを専用環境で管理し、アプリケーションサーバなどはクラウドサービスを利用する場合もある。
ハイブリッドクラウド活用例
以下では、代表的なハイブリッドクラウドの活用例を2つ挙げる。
例1:「データ分析基盤」での活用
当初はオンプレミスでデータ分析基盤を構築していたが、バッチ処理およびフロントエンドは柔軟性を確保するためにパブリッククラウドへ移行するといった活用例。
強固なセキュリティ管理が必要なバックエンドシステムのみオンプレミスで継続運用する。安定したパフォーマンスの確保、高度なセキュリティ管理、一時的な処理に関わるリソース調達の柔軟性、コスト最適化といったメリットが期待できる。
例2:「広告配信サービスプラットフォーム」での活用
パブリッククラウドで小規模にスタートした広告配信サービスをハイブリッドクラウドに移行する活用例。
リアルタイムで高速処理が必要なリソースおよび高度なセキュリティ管理が必要なデータはオンプレミスで運用し、比較的小さなバッチ処理やスケーラビリティが必要となるアプリケーションサーバはパブリッククラウドで継続運用する。
ハイパフォーマンスを安定性に確保、セキュリティ管理、サービス拡大への柔軟な対応、コスト最適化といったメリットが期待できる。
ハイブリッドクラウド活用のポイント
詳細解説は次回以降に譲るが、ハイブリッドクラウドをフルに活用するための検討すべきポイントを挙げる。
- ネットワーク接続
ハイブリッドクラウドでは、自社環境とクラウドサービス間で多くの通信が発生する。データの秘匿性が高い、転送量が多い場合などは、インターネットを経由した通信ではなく、専用線による接続が必要となるケースがある。特に転送量が多い場合、クラウドサービスによっては、インターネットを経由した転送で、従量課金によって非常に大きなコストが掛かる場合があり、専用線の活用が大きなメリットをもたらす。
- 運用管理
ハイブリッドクラウド環境では、複数のインフラやサービスにシステムが点在して連係することとなる。個々の運用管理の最適化だけではなく、複数環境の監視や障害対応などを統合的に最適化しなければ、安定的な運用が実現できず、ハイブリッドクラウドのメリットが享受できないことがある。
- ユーザー管理、ユーザー認証
エンドユーザーにとっては、提供されるアプリケーションがSaaSであるか、自社開発システムであるかは重要ではない。ビジネスで必要となるシステムや業務効率を上げるツールやアプリケーションなどを素早く調達し、業務に組み込み成果を上げることが目的であり重要である。複数のSaaSや自社開発システムに、セキュリティを確保して透過的にアクセスするためには、効率的なユーザー管理やSSO(シングルサインオン)などの認証の仕組みが必須となるだろう。
- データ連係
複数のシステム間データ連係が重要であることは、クラウド活用においても変わりはない。ハイブリッドクラウドが進展すると、自社開発のアプリケーション、パッケージソフトウェア、SaaSなどのアプリケーションサービス間のデータ連係を業務プロセスに合わせて柔軟に行う必要がある。また、SaaS活用が進むことで必要となるアプリケーションを容易に調達できるようになる一方、他のシステムとのデータ連係に大きな工数と時間を要することは、クラウド活用のメリットを損なわないために意識する必要がある。
- ストレージ連係
クラウドサービス活用のメリットの1つには、スケーラブルなリソースをオンデマンドで調達できることがある。特にストレージに関しては、調達、運用管理における困難を克服することが期待できる。しかしながら、I/Oやセキュリティ、格納されるデータの利用頻度などの要件を満足させるためには、ストレージサービスと自社専用環境を適材適所に利用し連係することが重要となる。
ハイブリッドクラウドは、激変するビジネス環境にITが対応するための極めて有力な手段だ。短期的なコストやトレンドに振り回されることのないよう、ハイブリッドクラウドを前提にしたクラウド活用の検討をお薦めしたい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
いまさら聞けないハイブリッドクラウド
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣 -
製品資料
[サイボウズ株式会社] AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
4
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
5
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
-
6
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
7
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
8
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
9
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
10
【漫画付き】ひとり情シス協会が明かす、RAG導入でしくじる企業「2つの共通点」
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー