国内金融機関が直面するレガシーの課題
詳報:ジャパンネット銀行はいかにしてAWSを導入できたのか(2/2 ページ)
AWS導入の際に工夫した「レスポンス対策」と「セキュリティ対策」
――AWS導入決定後、このOAシステムの移行プロジェクトでどんなゴールを描いたのでしょうか。
出口氏 一般的なクラウドの特性である「短期構築」「コスト抑制」「規模変化への柔軟な対応」「災害対策の実現」といった点を生かしたシステムにすることはもちろん、加えて「従来通り、またはそれ以上の使い勝手とレスポンス」「重要情報を置くための高いセキュリティの確保」が求められました。特にセキュリティの確保に関しては、開発開始の直前(2015年5月)に日本年金機構の個人情報漏えい事件が起こり、セキュリティの確保に対するハードルが大きく上がったといえます。
――具体的にはどういう対策を取られたのでしょうか。
二宮氏 レスポンス対策では当初、「Amazon EC2(Elastic Compute Cloud)」および「Amazon EBS(Elastic Block Store)」を活用したファイルサーバと、各地の事務拠点を結ぶ通信プロトコルとしてCIFS(Windowsのファイル共有プロトコル)を採用することを考えていました。しかしこれではWANを経由する際にどうしてもレスポンスが劣化してしまいます。そこで各拠点にキャッシュ製品「Panzura」を導入しました。これによってLAN内はCIFS通信ですが、インターネットに出てからはHTTPSで通信するため、回線遅延の影響を受けにくくなります。またAWS側のファイルサーバを構成するストレージサービスにはPanzuraと相性が良くて安価な「Amazon S3(Simple Storage Service)」を選び、コストの軽減も同時に実現しています。
セキュリティに関してはさらに強固な対策を取りました。具体的には
- アクセス時の認証強化(マルウェア感染も意識)
- バックアップの高頻度化(万一の情報漏えい時の対象明確化、ランサムウェア対策)
- 操作ログ取得の充実
- 情報が適切な場所に置かれていることのチェック強化
といった部分に力を入れました。バックアップの高頻度化ではレスポンス対策で導入したPanzuraのキャッシュ機能を使っています。また専任のチェック体制と専用ツールによって、情報を適切な場所に置くことに万全を期しています。金融機関の場合、個人情報と一般情報は必ず分けて保存しなければなりません。正しい場所に正しい情報が置かれていることを徹底するためにも、専任のチェック体制を取り、専用ツールを使うことは欠かせませんでした。もちろん、AWSのセキュリティ機能も十分に活用しています。
――開発期間中に予想外に苦労したことは何ですか。
二宮氏 予想外という意味でいえば、初めての本格クラウド導入だったので、オンプレミスとは異なるクラウドの専門用語には戸惑いがありました。「インスタンス」や「リージョン」といったAWSでは基本的な用語もオンプレミスの世界にはありません。
当然ながら、開発パートナーとユーザー企業の間で言葉が通じないとプロジェクトが進めにくくなります。やはり開発初期の段階で言葉を標準化しておくことをおすすめします。クラウドの場合、言葉の定義を双方で共通化しておく作業はかなり重要なポイントだと今では思います。当行はTOKAIコミュニケーションズがパートナー企業でしたが、AWSを熟知しているパートナーを選ぶこともプロジェクトの成功には欠かせない要素ですね。
国内金融機関のクラウド化を阻む全銀システムの存在
――2016年4月に開発期間を終え、無事にAWSでOAシステムが稼働したと聞いています。当初の狙いであった短期構築やコスト抑制などのゴールはどの程度達成できたと思いますか。
出口氏 短期構築に関しては期待通りでした。コストに関しては、初期コストの抑制は十分に満足できるものでしたが、運用コストを含むトータルでの抑制は今後に期待しています。まだ稼働したばかりなので、規模変化への柔軟な対応も今後に期待するところです。以前からの課題だった災害対策は、物理的に離れた複数のデータセンター(AZ:アベイラビリティゾーン)でデータを同期する「マルチAZ」の採用で実現できました。もっとも導入してから時間がそれほどたっていないので、AWSの真の効果を評価するのはこれからだと思っています。
――現時点でのAWSの使い心地についての感想をください。
二宮氏 何かやりたいと思ったとき、大抵の機能はAWSに既に用意されていて、仮に足りない場合でも対応ソフトが数多く存在します。課金対象や課金モデルがきちんと管理されている点も透明性という意味で評価しています。
もう1つ、これは分かっていたものの、あらためて強く実感した点ですが、「クラウドとは何事もインターネット接続が前提のシステムだ」ということです。この事実は、日本の銀行ネットワークのベースとなっている「全国銀行データ通信システム」(全銀システム)とは相入れない部分が多く、金融機関のクラウド利用を進める上での課題となっています。全銀システムは専用機器での接続が必須なので、インターネットに出て行くことが難しい。このため、インターネット前提のクラウドは部分的な利用に制限されてしまいます。
――全銀システムというレガシーが国内金融機関のIT化をストップしているということでしょうか。
出口氏 全銀システムは、作られた当時(第1次システムは1973年に稼働)は世の中でも最先端の金融システムでした。その完成度があまりにも高過ぎたために、現在も日本の銀行を支える重要なシステムであり続けているわけです。一方で全銀システムにひもづいたレガシーなIT資産が金融機関には多く存在します。“昭和40年代”のインフラが今も安定して動き続けているのです。膨大なレガシーをいかに巻き取っていくか、これは当行にとってだけでなく、日本の金融業界における重要なテーマだと思います。銀行システムを手掛けている大手ベンダーも含めて、業界全体で変わろうとする姿勢が必要なのかもしれません。
――ジャパンネット銀行は、国内初のインターネット専業銀行として創業時から注目を集めました。それでもやはりレガシーの重みを感じるものでしょうか。
出口氏 他の銀行よりはレガシーに足を引っ張られることは少ないかもしれません。しかしその分、当行のミッションステートメントの中にある「いままでのカタチにとらわれず、世の中に役立つ新しい日本の銀行を創る」(※)という目標を実現するためにも、当行はより新しいことに挑戦していく使命があると思っています。パブリッククラウドの導入もその一環といえます。
※ ジャパンネット銀行のミッションステートメント全文は「これまでの銀行のあたりまえをなくし、ジャパンネット銀行だからできる安心、便利さと価値で、暮らしを快適にします。いままでのカタチにとらわれず、世の中に役立つ新しい日本の銀行を創ります」。
話は変わりますが、当行には住宅ローンというサービスはありません。住宅ローンのようなストック型のサービスよりも、ネットによる決済サービスなどフロー型のビジネスを重視している側面があるからです。そしてフロー型ビジネスの場合、API公開や他社とのAPI連係などを積極的に進めていけば、新しい取り組みを次々と進める下地ができます。試してみて売れればOK、失敗したらすぐにやめればいい。クラウドはそうしたビジネスモデル、つまりスパイクを検証しながら実践するというモデルに非常に適しています。
2016年6月、クラウド会計ソフトの「freee」と、当行の「ワンタイム口座サービス」の連係を開始し、入金確認・消込業務の自動化を実現しました。今後は自社でサービスを開発するだけでなく、APIやクラウドをベースにした、B2B2B(他の企業の法人・事業主会員向け事業を支援する事業)につながるパートナーシップも進めていきたい。そうした一つ一つの取り組みが金融機関における「新しいものづくりのカタチ」になると期待しています。
――今後のクラウド活用の方向性についてお聞かせください。
出口氏 まずは現在稼働中のOAシステムの利用を拡大しつつ、基幹系の一部チャネル系システム(決済ゲートウェイ、顧客向けメール送信など)のクラウド移行を検討しています。もともとチャネル系のクラウド適用は検討項目だったので、今回のOAシステムでの事例を踏まえて、適用の方向に持っていきたいですね。
AWSのような海外のベンダーに顧客情報を出すことに抵抗がある金融機関が多いことは、現状では仕方がないといえます。これを解決するためにもパブリッククラウドの国際的な法整備を進めていくことが期待されています。しかし、もはや金融機関においてもパブリッククラウドは活用すべきインフラに成長したことは間違いありません。当行では今後もシステム更改や新システム導入時は、常にクラウドを選択肢に入れていくつもりです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Excel至上主義」の終わらせ方 丸2日の手作業地獄から情シスと現場を救うには
-
2
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
3
「Microsoft 365のセキュリティ運用」に関するアンケート
-
4
急増する「AIはこう言ってる」マン 判断を狂わせる「AI忖度」を防ぐには?
-
5
221人調査で分かった「情シス最大のストレス」は?
-
6
「Salesforceのテスト自動化ツール」に関するアンケート
-
7
IT製品の導入に関するアンケート「サーバ&ストレージ」編
-
8
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
9
「AI時代の統合基盤・エンタープライズAI管理」に関するアンケート
-
10
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
年収2000万「クラウドセキュリティのプロ」になれる資格とは
-
2
セキュリティソフトをすり抜ける標的型攻撃メール、不審メールの見破り方とは?
-
3
Windows Updateの通信集中で回線が逼迫、ネットワーク刷新事例に学ぶ解決策
-
4
財務を戦略的組織へ進化させるAI活用術、4つの主要な障壁と解消方法
-
5
「NAS」「SAN」「DAS」は何が違う? いまさら聞けないストレージの基礎
-
6
“あのファイル転送”で暗躍するノーウェアランサム
-
7
標的型攻撃メールを見破るには? サンプル文面を例に傾向を解説
-
8
商用利用の安全性を確保し大量のコンテンツを高速で生成する、AI活用の秘訣
-
9
マンガで解説、1日で生成AI環境を構築できるワークショップの中身とは?
-
10
Dark AIが台頭する時代の新発想、「より高度なAIで対抗する」具体的方法とは?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー