「佐賀県情報漏えい事件」で再考する学校セキュリティ【中編】
佐賀県教育システム「SEI-Net」を情報漏えいの舞台に変えた“真犯人”とは?(2/3 ページ)
事件を左右した4つのポイント
今回の事件で佐賀県が取った対応内容のうち、重要な4点は以下の通りだ。
- 不正アクセス対策はパスワード変更のみ
- 2015年6月、佐賀県立致遠館中学校・高等学校で校内LANへ正規のアクセスができないことが発覚。ネットワーク管理会社も不正アクセスを確認し、即日パスワードを変更したという(朝日新聞「佐賀)不正アクセス、昨年6月も被害 情報共有されず」)。外部の指摘ではなく、システム運用の中で不正アクセスの事実を確認できたにもかかわらず、原因究明や対策のための協議を怠り「パスワード変更」という場当たり的な対応のみを実施し、それをもって「対処済み」としてしまった
- 行政監査の指摘後も内部監査を未実施
- 佐賀新聞などの報道によると、2015年8月からの佐賀県監査委員による行政監査で、「佐賀県情報セキュリティ基本方針」で規定されている内部監査が、SEI-Netや校内LANで未実施だったことが明らかになっている。つまり違反状態の指摘があったにもかかわらず放置してしまったことになる
- 警察からの連絡後も対策はパスワード変更のみ
- 警察の捜査の過程で押収したクライアントPCという、明確な証拠に基づく連絡があったにもかかわらず、佐賀県は数カ月にわたって具体的な是正処置ができなかった。そして2016年5月には、別の16歳少年による不正アクセスをさらに許す結果となってしまった(佐賀新聞「不正アクセス 17歳少年の審判開始」)
- 少年逮捕で初めて事件を公表
- 2016年6月27日に17歳少年が不正アクセス禁止法違反の容疑で再逮捕されるまで、佐賀県は不正アクセスの事案自体を公表しなかった
この一連の流れで筆者が一番気になったのは、不正アクセスがあったことが分かった機会が2度もあったにもかかわらず、その2度とも「パスワード変更」のみで対処済みとしてしまったことだ。もちろん、不正アクセスの原因としてパスワード情報の漏えいを疑うことは当然のことで、パスワード変更は暫定的な対策としては全く間違っていない。だが、そこまでは迅速に対処できているにもかかわらず、その後の原因究明はもちろん、協議もしていないというのはどういうことだろう。
なぜ、原因究明もせずにパスワードを変更したのか。あくまでも推測になるが、システム設計の段階で、今回の不正アクセスのような事態を想定していなかったのだろう。だから、そのための対策はもちろん、予算も計上していない。システム運用の範囲内で実行でき、かつ予算の掛からない対策がパスワード変更だったのだと考えられる。
システムの運用とセキュリティの運用は、そのシステムを適正に動かすという目的は同じだが、その対応や手法は全く異なる。SEI-Netや校内LANには、残念ながらシステムの運用者はいても、セキュリティの運用者はいなかったのだろう。そのことを踏まえると、システム運用者は精いっぱいの対応をしたのではないかと考える。しかしながら、システムの運用はできてもセキュリティの対策は専門外だったのだ。だから、どれだけ効果があるか疑問を持ちながら、自らにできるほぼ唯一の対策であるパスワード変更を繰り返したのだろう。
本来であればパスワード変更の後に、システムを運営している佐賀県教育委員会自身が、その問題を「問題だ」と認識して対処すべきだった。それをせずに放置してしまったのが、今回の事件における最大の問題だということだ。
「2015年6月の時点の不正アクセスで対策ができていたら」「内部監査を実施していたら」と強く感じる人は少なくないだろう。予算の関係で十分なセキュリティ対策ができないという“大人の事情”があったとしても、少なくとも2015年6月時点から状況を少しずつ是正していけば、2016年春には具体的な対策を取ることができていたはずだ。だからといって17歳少年の不正アクセス禁止法違反の事実をなくすことはできないものの、1万4355人分の情報漏えい(2016年8月9日佐賀県発表)という実害を阻止できる可能性は高まったと考えられる。
対策や是正の機会と時間が何度もあったにもかかわらず、佐賀県は状況を改善できなかった。このことは、佐賀県教育委員会にセキュリティインシデントに対処できる人材がいなかったとしても見逃すことはできない。このシステムで扱う情報の重要性を理解していれば、このようなずさんな管理にはならないはずだからだ。
いずれにせよ、このようにして教育システムを舞台とした日本最大の情報漏えい事件が発生してしまった。
17歳少年のハッキング技術は称賛に値しないし、すべきではない
佐賀県の不正アクセス事件で、一部では17歳少年のハッキング技術を称賛するような意見も見られる。この少年はシステムに関する一定の知識を持っていたことは確かだったが、天才的なハッキングスキルを持ったまれな人材であるとまでは考えられない。なぜならこの少年の目的は、数人の仲間内で自慢することだけだったとみられるからだ。
本格的にハッカーとしての技術を研鎖して、その道に進む天才的な技術者であれば、友人に自慢したりはしないだろう。つまり、今回の犯行はただの愉快犯でしかなく、現在世界中で猛威を振るう組織的なサイバー攻撃や、より高度な攻撃を仕掛ける攻撃者を目指しているとは考えにくい。
この少年はまだ17歳なので、3年や5年もすれば、上記のような存在になる可能性はゼロではない。だが現時点では、それほど特別な存在として取り上げるレベルの人材ではないと考えられる。攻撃手法の詳細は不明ながら、少なくとも「SECCON」などのセキュリティコンテストの本選に出場できるレベルの技術力を持った、同年代の“未来のセキュリティ人材”の中でも抜きんでているわけではないと推測する。
警察関係者によると、ITに関する一定のスキルを持って不正アクセスや情報漏えい事件を起こす可能性がある人は、この少年にとどまらないということだ。検挙には至らないものの、全国各地に厳重注意を受けた人や、その予備軍としてリストアップされている人が数多くいるという。
万が一、この少年の行為が称賛されるようなことがあれば、これらの人々が一気に犯罪に傾いてしまうかもしれない。そうなればサイバー攻撃のリスクは一気に高まり、被害者はもちろん、加害者にならなかったはずの少年が犯罪に手を染めるのを助長することになることを忘れてはならない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[LRM株式会社] 「標的型攻撃メール」事例・サンプル集 -
製品資料
[LRM株式会社] セキュリティ教育はなぜ「年間計画」を立てる必要があるのか? -
製品資料
[LRM株式会社] セキュリティの重要性が伝わらない…… 効果がない社員教育から脱却する方法 -
製品資料
[LRM株式会社] 「標的型攻撃メール訓練」導入ガイド 社員の意識を確実に高める仕組みの作り方 -
事例
[株式会社マクニカ] アイカ工業に学ぶ脆弱性対策 情シスが把握できずにいたアセットも正確に把握
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
100億円の「Linux更新」を回避 みずほ銀行が選んだ“おきて破り”のRHEL延命策
-
2
「VMware離れ」は本当か 3000社がVCF 9にかじを切った現実的な理由
-
3
Oracle巨大ITプロジェクトはなぜつまずいたのか 8年で導入1割、追加で170億ドル
-
4
Microsoft製品でここまで自動化できる 情シスがやめられる手作業10選
-
5
「Microsoft 365」が乗っ取られる 跡形もなくMFAを破る手口
-
6
ISMSの“コンサル丸投げ”が招く数千万円の無駄 NTTドコモビジネスの脱出劇
-
7
AI全部入り「Microsoft 365 E7」に企業が二の足を踏む訳 移行意向はわずか4%
-
8
自宅のWi-Fiが「遅い」「途切れる」本当の原因は? Dellが推奨する鉄則
-
9
なぜOpenAIやAnthropicのAIは「脱走」したのか 情シスが迫られるエージェント統制
-
10
エンジニアが選考を辞退する本当の理由 7割が隠す“面接の違和感”とは
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
AIエージェントで多様な日常業務を効率化するための入門ガイド
-
2
AIが「わざわざ使うツール」になっていない? 業務で自然に使う導線にする秘訣
-
3
5回聞くだけじゃ足りない? トヨタ式「なぜなぜ分析」の正しい実践方法
-
4
JR西日本ITソリューションズが「監視業務の属人化」を解消した方法とは?
-
5
「脱Excel」か「Excel快適化」か? 現場にやさしい業務改善の進め方
-
6
インシデント対応工数を約3割削減、東京ガスの事例に学ぶ監視体制刷新のコツ
-
7
PostgreSQLの「機能」「性能」「運用」「拡張性」に関する悩みの解消法
-
8
5分で分かる「セキュア大容量ファイル転送サービス」の機能とメリット
-
9
Macの安全神話は崩壊? 最新の脅威動向から見えた攻撃のトレンドと有効な対策
-
10
情報セキュリティ対策早分かりガイド:25の自社診断で弱点と解決策を理解
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー