佐賀県が取り組む教育IT化の実態【後編】
タブレットだけではない、佐賀県学校IT化の要「教育クラウド」とは
全県立高校へのBYOD採用が注目を集める佐賀県だが、同県が取り組む教育IT化の取り組みは多岐にわたる。佐賀県教育庁の福田孝義氏の話から、その実態を探る。
前編「佐賀県立高校の『Windowsタブレット5万円自腹購入』はどう決まったのか」では、佐賀県が県立高等学校の学習用標準端末をWindowsタブレットにした理由と、端末購入を生徒の自己負担にし、その額を5万円にした背景を説明した。後編では、佐賀県が整備を進める教育クラウドや教員研修について、2013年10月に開催された「ITpro EXPO 2013」で佐賀県教育庁 教育情報化推進室 室長の福田孝義氏が講演した内容を基に紹介する。
佐賀県の教育クラウド「SEI-Net」とは
佐賀県は、教育関連システムをクラウド環境に集約する教育クラウド「SEI-Net」を構築。2013年4月から順次稼働させている。共通のシステムを佐賀県内の複数の学校が利用する仕組みにすることで、学校単位での構築と比べて構築コストの削減や学校間でのシステム標準化をしやすくする。
ネットワーク経由で利用できるSEI-Netは、入院や不登校といった理由で学校に通学できない児童/生徒でも利用できる利点がある。「SEI-Netを利用し、児童や生徒は家庭にいながらにして遠隔授業を受けることができる」(福田氏)
SEI-Netの根幹をなすシステムは、以下の3種だ(図)。
- 校務管理(支援)システム
- 学習管理システム
- 教材管理システム
SEI-Net構築の背景:学校が持つ“3つの顔”をシステム化
上記3種のシステムは、「学校が持つ3つの顔を反映した」と福田氏は語る。具体的には、以下の3つのシーンを想定。「この3つをITでカバーしようとしたときに、どうしても必要な仕組みとしてSEI-Netの構築を決めた」
- 教員と児童/生徒が相互にやりとりしながら学ぶ、伝統的な教育
- 教員が職員室などでするデスクワーク、つまり校務
- 児童/生徒同士が互いに学ぶ、いわゆる共同学習
SEI-Net構築に向けて研究を進めたという福田氏。だが学習管理システムだけでなく、校務管理システムなどを組み合わせた教育クラウドの構築は「国内を見ても前例がなかった」。そのため、校務管理システムの構築で先行するイギリスなどの情報を収集し、SEI-Netの構築プロジェクトを進行。まず2011年度にプロトタイプを開発し、2012年度に本格的な構築作業を開始。そして上述の通り2013年4月に稼働を開始した。
SEI-Netの仕組み:スケジュール確認や小テストを効率化
SEI-Netは、教員用と児童/生徒用に2種類のポータル画面を用意している。教員用のポータル画面では、その日に担当する授業などのスケジュールを一覧できる他、出欠管理機能を使って児童/生徒の出欠状況を登録したり、各種報告文書の作成状況なども把握できる(画面1)。
生徒用のポータル画面では、当日を含む1週間の時間割を表示する(画面2)。各時限をタップすると、その時限の授業で使う教材などを表示する仕組みだ。あらかじめ登録しておいた教員や児童/生徒間でメッセージをやりとりするメッセージ機能も搭載。生徒は授業の内容に関する質問や進路相談をしたいと思ったとき、メッセージ機能を利用して教員にメッセージを送ることができる。
SEI-Netにはデジタル小テストの機能もあり、端末を使って授業の理解度を確認するための小テストができる(画面3)。「今までは5~10分程度の小テストをするごとに、紙のプリントを印刷する手間が掛かっていた。端末を使うことで、小テストが瞬時にできるようになった」。自動採点機能も備え、児童/生徒は回答したその場で採点結果を確認できる。
佐賀県が教育IT化を推進する理由:学力向上だけでなく災害対応も視野
タブレット導入や教育クラウドの構築など、教育IT化施策を積極的に進める佐賀県。福田氏は、佐賀県が教育IT化を推進する理由として以下の3点を挙げる。
- 高度情報化社会への対応:IT機器の整備、普及に伴い、教育のIT化は必至
- 学力向上の取り組み強化:知識や経験の応用を中心とした学力である「PISA型学力」の点で、韓国やシンガポールといった教育IT化の先進国とされる国との格差拡大の防止が必要
- 校外でも質の高い教育を確保してほしいという要望への対処:自然災害や不登校者、特別支援教育対象者への対処が不可欠
特に3点目については、2007年に宮崎県で鳥インフルエンザ、2005年に福岡県で福岡県西方沖地震が発生した経緯があり、佐賀県やその周辺で発生した自然災害などで通学ができなくなった場合でも、「教育を継続実施する上で、ICTは非常に大きな可能性を秘めていると考えていた」と福田氏は語る。SEI-Netの提供形態をネットワーク経由で利用可能なクラウドとしたのも、こうした考えを反映した結果だといえる。
加えて、2001年1月策定の「e-Japan戦略」や2006年1月策定の「IT新改革戦略」、2011年4月策定の「教育の情報化ビジョン」など、国主導のIT活用施策動向も踏まえつつ、佐賀県は2011年、教育IT化を本格的に推進するために「先進的ICT利活用教育推進事業」を開始した。これは、佐賀県知事が4年の任期間に実行する施策を記した「佐賀県総合計画2011」において最重点施策として位置付けている。
IT活用の人材育成:4つのステップで教員研修
端末やシステムを導入しただけでは、ITを活用した教育を効果的に進めることはできない。先進的ICT利活用教育推進事業ではこの点を踏まえ、端末配備とSEI-Netの構築・運用に加え、ITを利用する人材の育成も同時に進めている。
教員は、ITを使った教育方法に必ずしも慣れているわけではない。自身も高校教員である福田氏は、「端末を使った授業を受けたこともしたこともないし、大学でもこうした授業について勉強していない」と語るが、状況は他の多くの教員も同じであるはずだ。佐賀県が人材育成に力を入れるのは、こうした背景がある。
人材育成の一環として教員研修を進める佐賀県。同県の教員研修は、大きく以下の4ステップで構成される。
ステップ1:IT利活用場面のイメージ
佐賀県が先進的ICT利活用教育推進事業を開始した2011年度当時は、「『電子黒板とは何か』『どう使うのか』など、ITを教育にどう利活用するかをイメージできない教員が多数いた」と福田氏は明かす。タブレットに至っては、「『どう授業に使うべきか全く想像ができない』と話す教員も多かった」という。
とはいえ、佐賀県は上記の理由から先進的ICT利活用教育推進事業を進めることを明確にしており、佐賀県の教員である以上は、IT活用を受け入れる必要がある。そこでまずは、自分の目の前に機器があるかどうかにかかわらず、ITを活用するシーンをイメージしてもらうことから始めたという。
ステップ2:学校のIT環境のチェック
次は校長などの管理職を集めて、所属する学校のIT機器の整備状況をチェックさせた。IT活用の現状を再認識するためのステップだ。「恥ずかしい話だが、電子黒板を導入したものの、使わないままで倉庫に置いていたという例もたくさんあった」と福田氏は明かす。
ステップ3:学習目標の設定
本格的な教員研修は、このステップ3から始まった。具体的には、
- 児童/生徒に何を学ばせ、どんな力をつけさせたいか
- なぜそれを学ばせたいのか、それは重要なことか
- 目標達成のために、ITをどのように活用するか
の3点を各教員に整理させた。
教育現場でのIT活用の推進は、佐賀県の方針として決まっている。ただし、単に方針に従ってITを活用するだけでは、個別の教員にとってはIT活用自体が目的となってしまいかねない。こうした事態を避けるためには、教員レベルでの教育目標の設定が不可欠だ。その点で、このステップ3は重要なステップだといえる。
各教員はかなり真剣に悩み、「この内容は口で説明するよりも、図を見せた方がはるかに分かりやすい」など、IT活用に限らず「自分の教育方法をもう1回見直す機会ができた」と話す教員も多かったという。
ステップ4:IT利活用教育の実践
以上のステップを踏んで初めて、IT機器を実際に使ってもらいながら、教員自身が考える教育方法を実践してもらった。
リーダー指名で人材育成を効率的に
先進的ICT利活用教育推進事業が始まる前の2008~2010年には、佐賀県全体の学力向上を担当したという福田氏。当時から学力向上の手段としてIT活用に注目していたという福田氏は、人材育成が急務だと考え、2010年に「指導に当たる人材」の発掘と育成に力を入れた。学校教育課の職員や現場の教員の中から、「この人はこれから佐賀県を引っ張っていくのに適する」という人に指導主事をお願いした。
2011年には、校長対象の研修を優先的に実施した。2012年には、教務主任や生徒指導主事と同レベルの能力を持ち、校長が「この人は信頼できる」と認めた教員を「情報化推進リーダー」として指定した。その教員の研修は、佐賀県教育庁が担う。情報化推進リーダーは半年の研修を受け、さらに半年かけて、研修で得た知識を自らが所属する学校の全教員に伝える役割を負う。
全ての教員を集めて研修することも検討したというが、「そうすると学校の教員が手薄になって自習が増え、かえって学力が低下すると考えた」。校長の指導の下、情報化リーダーが、各学校におけるIT活用をけん引する形となる。
新たな教員のIT活用能力育成にも力を入れる。佐賀県では2013年度から、教員採用試験で電子黒板の使用を義務化しているという。模擬授業で、電子黒板を使った授業をしないと教員になれない仕組みだ。
教育IT化への懸念:IT化推進で教員は多忙になる?
教育へのIT活用は、機器の操作方法を覚えたり、教材の活用方法を考えたりする必要があるなど、教員に負担を強いることになる。実際に福田氏は、「県議会の議員から、『IT化で教員が多忙になるのではないか』という声をたくさんいただいた」と話す。
教員の反応はどうか。「佐賀県教職員組合とも協議をしているが、現時点では教員からの反対はない」という。この背景には、SEI-Netを構成する3大要素の1つである校務管理システムにより、校務処理の負担を軽減できるという教員の期待がある。「校務管理を含めてシステムを整備しているので、ある場面は忙しくなるかもしれないが、他の場面ではこれまで以上に効率化できることを体系的に示している」
それでも一部の教員からは、「どうしてもITを使わないといけないのか」という意見もあると福田氏は認める。こうした教員に対して、福田氏は無理にIT活用を押し付けることはせず、こう話しているという。「これまでの教育方法を否定はしないし、自分が『良い』と考えるのであれば続けてほしい。ただし、あなたの教育で満足できる児童/生徒がもしいなければ、教育方法を変えてほしい」
IT活用の実例:特別支援学校で成功事例も
IT活用の効果は既に現れ始めている。特に取り組みが進んでいるのが、既に全校にiPadやAndroid端末、Windows端末といった端末の導入を終えている特別支援学校だ。
特別支援学校の一部では、病気の影響で週2日しか学校に登校できない生徒が週3回、Web会議システムを通じて英語科の教員の授業を受けているという。学習内容の漏れがなくなるため、「登校したときにもスムーズに授業を受けることができる」。
肢体に重度の障害がある生徒の学習支援にも、ITを役立てている。生徒にiPadを持たせ、頭部に取り付けた電子ペンでiPadの画面をタップすると、画面の色が変わって音が出る仕組みを構築。教員からの呼びかけに応えやすくした。
IT活用の効果:コミュニケーション能力向上に効果
総務省の「フューチャースクール推進事業」および文部科学省の「学びのイノベーション事業」という、国主導の教育IT化推進事業の実証校20校のうち、佐賀県は佐賀県立武雄青陵中学校と佐賀市立西与賀小学校の2校がある。武雄青陵中学校については、文部科学省が生徒や教員へのアンケート調査を実施した。
生徒へのアンケートでは、ITの活用で「集中して学習に取り組むことができたと思う」との回答は、41.5%が「肯定」、49.3%が「やや肯定」と、90.8%が肯定的な意見を示した。また「自分の考えや意見を分かりやすく伝えることができたと思う」との問いには、16.4%が肯定、54.2%がやや肯定と、肯定的な意見は70.6%に上った。「自分の考えや意見を分かりやすく伝える力、つまりコミュニケーション能力は社会で求められる力。ITによるコミュニケーション能力向上を、生徒は非常に肯定的に考えている」
一方の教員に対するアンケートで特徴的だったのは、「生徒の思考力・判断力が高まる」との問いへの答えだ。実証前では、肯定4.2%、やや肯定41.7%と、肯定的な意見は45.9%にとどまった。「画面だけを見ていると、逆に考えなくなるのではないかと思われていた」のが理由だと福田氏は指摘する。実証後は、92.3%と圧倒的多数が肯定的な意見を表明。思考力や判断力の強化に、ITが効果的だと考える教員は多いようだ。
点数の伸びはあえて指標にしない
ITの導入効果を知る上で、最も分かりやすいのが定量的な基準と評価指標だ。教育機関の場合、テストの成績がその代表例となる。「『ITで成績は伸びるのか』とよく聞かれる」と話す福田氏。だがテストの成績は、あえて評価指標にはしていないという。「点数が5点伸びた、10点伸びたといっても、ITを導入したから伸びたのか、教員の教え方が変わったから伸びたのかは分からない」のが理由だ。
佐賀県が評価指標にしているのは、「授業が分かりやすくなった」という児童/生徒の声の割合だ。「私は教員なので肌で実感しているが、『授業が分かりやすくなった』と感じる生徒は、成績も絶対に伸びる」
先の武雄青陵中学校へのアンケートでは、主要5教科についてIT活用で授業が分かりやすくなったかどうかも聞いている。例えば数学の場合、55.9%が「大変分かりやすくなった」、36.7%が「少し分かりやすくなった」と、92.6%が分かりやすくなったと回答。5教科中で分かりやすくなったとの回答が少ない英語でも、分かりやすくなったとの回答は87.3%に達した。
2014年に全県立高校で始まるWindowsタブレットの授業利用では、「授業が分かりやすくなった」と感じる生徒がどれだけ出てくるか。その割合に注目が集まる。
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佐賀県が取り組む教育IT化の実態
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